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05:バックアップはないんですか?

「は? 王女殿下…?」


 お茶落としましたよ、と言いかけたリアンだったが、神父の口から出た言葉があまりに意外なもので、思わずオウム返しに聞き返す。その言葉に神父ははっと我に返ったようだ。目を瞬くと慌てて転がった茶器を拾った。

 だが唇はふるえ未だその顔色を失ったまま。どうやらリアンの顔は、それほどまでの衝撃を彼に与えたらしい。


(間違っても、あまりに可愛いロリ美少女がやってきたから興奮して…とか、そういう理由じゃなさそうな)


 神父の様子を訝しく思いながらもリアンはひとまず床の掃除を手伝った。

 神父は改めて茶を入れ直すと、リアンの向かい側に座る。


「…まさかこんな日が来ようとは…」


 しばらくの間黙り込んでいた神父は目頭に手を当てると、やがて深いため息と共に絞り出すような声で言った。リアンはいい加減焦れて、神父に尋ねる。


「あの、話が見えないんですけど…。私は王女様とやらのそっくりさん、っていうことですか?」

「いいえ、違います。一体何をどこから話せばいいのやら…」

「はぁ」


 きょとんとした顔をするリアンに、神父は白髪交じりの頭を抑えて「んん…」と低く唸る。

 だがようやく切り出すことを決めたのか、背筋を伸ばすと真っ直ぐにリアンを見つめた。


「リアンさん、と言いましたね。貴女は他の世界から来た方でしょう」

「…えっ…なんで…それを」

「決まっています。貴女を召喚したその場に、…私も居合わせたからですよ」


 予想もしなかった話の内容に、今度はリアンが目を丸くする。


「………はいぃい!?」


 そして思い出す。自分のパソコン画面に『異世界へ召喚されています。承諾しますか』との文字列が出ていたことを。あの時は眠気が酷くて見間違いかと思っていたが、そうか。あれはそういう意味だったのか。…というか神父よ、お前が原因か。

 あの時NOを選択していればとリアンは後悔するが、今更もう遅い。


「召喚とか…できちゃう世界だったんですね、ここ」


 ため息まじりに言うと、神父が首を横に振った。


「いや、普通に出来ることではありませんよ。なにせ国中の魔術師と司祭を集めて、準備に丸一年かけたわけですから。しかも召喚の儀式を行ったのは今から半年も前のことです。まさか今になって貴女が現れるとは…」

「タイムラグがあった、ということですか…?」

「どうやらそのようですね。ここは王都からはだいぶ離れていますから、意図した召喚場所ともずれているようです。時間と場所に誤差が生じたのでしょう」

「な、なるほど…」


 リアンは口ごもった。

 となると今一番知るべきなのはその、『国中の魔術師と司祭を集めて、準備に丸一年』かけても自分が呼ばれた理由なのだが…。正直、神父のその表情を見れば見るほど聞きたくない。

 だが語りモードに入った神父は、静止する間も無く、今リアンが一番知りたくなかった事をあっさりと言ってのけた。


「貴女がこの世界に召喚された理由はただひとつ、…魔王への人身御供にするためです」


(はいきたー! やっぱりそうきたー!!)


 国ぐるみで他の世界から人を連れてくるなんて、ロクな理由じゃないと思ったが、予想通りすぎて泣けてくる。


(てか今、魔王って言いました!? 魔物と魔法と来て、次は魔王って! しかも人を生贄にするとか、この世界の倫理観は一体全体どおなってんの!!)


 叫びたい。叫び出してしまいたい、叫びながらこの神父を殴り飛ばしたい。…が、今この眼の前の神父を一発ぶん殴ったところで状況が改善されるわけでもない。リアンは思わず立ち上がって喉元まで出た怒声を「ぐぬぬぬ…」とお茶と共に飲み下し、再びソファに座った。

 兎にも角にも今は情報収集が先だ。この神父から聞き出せるだけ聞いておかなければ。


「ええと、さっき私の顔を見て王女って言いましたよね? その御本人は今どうしてるんですか…?」

「王女殿下は5年前、既に亡くなられております。まだそれを知る者は少ないですが、元々身体の弱い方で…」

「――とすると、私を呼んだ目的っていうのは…」

「…ええ。王女殿下の身代わりとして、魔王の元に赴いていただくことです」

「――国王に見つかれば…」

「問答無用で捕まるでしょうね」


 あはは、と思わず乾いた笑いが出る。


「ちなみに、私がこのまま見つからなければどうなります…?」

「わかりません。何も起こらないかもしれませんし、この国が滅ぶかもしれません」


 あはは、と更に笑うと、神父もつられたように笑う。

 人間、あまりに理解の追いつかないことを言われるとこうも笑いがこみ上げてくるものなんだなぁ、とリアンは人生で初めて知った。否、知りたくもなかったが。そうしてしばらくの間互いに笑いあっていたが、不意に、はあぁぁっとため息をつくとリアンは両手で頭を抱えた。


(異世界転移して一日目。――早くも完全に詰んだわ、これ…)


 これはとどのつまり『国の礎として死んでください』という話だ。

 だが、どんなに社畜として心身を犠牲にしてきた自分であっても、流石に『命を差し出せ』と言われて、はいどうぞ☆とは言えない。


 だがそこに水を注したのは意外にも神父本人だった。「まぁ実は私はその計画、最初から乗り気ではなかったんですけどね」と言うと、お茶のカップに口をつけた。


「どうしてです?」

「リアンさんを生贄にするということは、貴女一人の肩に人類の未来がかかることになるわけですが…」

「人類の未来とかそういう言い方止めてください、重すぎます!」

「あっ、そうですね、すみません!」


 じとっとした目で言うと、慌てて神父が訂正する。

 もしかすると見た目よりもずっとおちゃめで気さくで、…そして無神経な人なのかもしれない。

 神父は少し考えあぐねると、お茶を飲んで思い出すように少し上の方を見上げた。


「今回の件は、国王と魔王が結んだ契約に端を発してます。――ですが肝心のその契約内容を、我々は誰一人として知らされていないんですよ。…王女の身柄が魔王に差し出されなければならないという、その一点を除いては」

「それって、こう言っちゃなんですが、…神父様が立場的に低かったから情報が降りてこなかった、とかではなくて?」

「失礼な。こう見えて貴女を召喚した当時、私は司祭として国の中枢にいたんですよ? それはないと思います」

「ほぁ…」


 どうやら目の前に座るこの神父は、思っていた以上に偉い人だったらしい。


「それに貴女一人の身を差し出したところで、魔王が人の言う事を聞くとも思えない」

「…魔王ってそんなにすごいんですか?」

「国中が束になっても勝てる相手ではありません。…それこそ神話の時代から神と戦っているくらいですからね。格が違うんですよ。――まぁそんなことを大声で言っていたら、こんなところに左遷されたワケなんですが」

「ええええ…」


 神と同格とも言える相手への生贄。

 確かに自分の身ひとつ差し出したところで、何が変わるんだ…、と思う気持ちもわかる。

 それに生贄にされてまで得たその対価がしょっぱい物だったりしたら、たまったものではない。


 なるほど、とリアンは心の中で呟いた。国王への不信感をこうも露わに言うということは、この神父…。

 リアンは神父の目を探るように見つめると、半ば確信をもって尋ねた。


「じゃあ神父様は、今すぐに私を国には差し出すつもりはない、と…。そういうことですね?」

「そういうことになりますね。状況次第ではありますが」


 リアンはほっと息をついた。

 偶然にも相談しに来た相手が話のわかる人間で良かった。

 完全にこちらの味方になってくれるかはわからないが、少なくとも後ろからだまし討ちをすることはないだろう。もしそのつもりがあるならとっくにやっているだろうし、わざわざこちらを警戒させるようなことは言わない。

 リアンはふと今の状況がどれほど深刻か知るために、神父に村について少し聞いてみた。


「私のこの髪を村の人が見たとして、国が私を探してるっていうことに一体どのくらいの人が気付くんでしょ?」

「この村は幸いなことに王都から相当離れています。冒険者も商人も比較的出入りが少ないので、すぐにばれることはないと思いますが、…それでも、油断は禁物ですね。貴女の銀髪は本当に目立ちますから」

「これね…」


 リアンは今は銀髪になった自分の髪の毛を指で弄ぶと、ため息をついた。元いた世界なら染めてしまえばいいが、ここではそれも難しいだろう。


「やっぱり銀髪って特殊なんですね」

「世が世なら見た目だけで王族か貴族の愛人を目指せるレベルです。…それにしても、本当に王女殿下そっくりですね…感慨深いです」

「あんた達のせいですけどね!?」


 となると、やはりフードは外せなさそうだ。

 今更ながらにタルマの機転をありがたく思う。この外套を貸してもらえてなければもしかすると騒ぎになっていたかもしれない。


 だが逆を言えば、今問題なのは銀髪のみ。つまりフードさえかぶっていれば、怪しいながらもこの村で普通に暮らしていくことが可能だということだ。国に見つかれば一大事だが神父も当面は黙っていてくれるという。

 リアンはしばらくの間、――少なくともこの世界の常識を学ぶまでは、この村で生活していくことを決めた。


 そしていずれは、その魔王とやらに関わらず人生を平和に生き抜いてやる。


「そういえば、ゴールボアを倒した人達はどうしましょう。たぶん私ばっちり見られてると思うんですケド…」

「彼等はいつもは農作業をしている村の男達です。気の良い若者達ですからそれとなく口止めをしておきますよ」

「それは助かります」


 そこまで話して、リアンは今更ながら重要なことを思いだした。

 日も暮れかかってきていたが、これを聞かずに帰ることはできない。なんせこれこそが当初の目的なのだから。


「あの助かるついでに、もうひとつ。最初の話に戻るんですけど…」

「なんでしょう?」


 リアンは神父を上目使いに見ると、ばっと深々と頭を下げた。


「――仕事、紹介してください!」



お読みいただきありがとうございました。

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