17:たまにはキレることもあります?
「封印が壊れるって…どういうこと?」
リアンが恐る恐る尋ねると、ラスが低く喉の奥で唸った。
「言葉通りの意味だ。このままだと近いうちにこの扉を破って、迷宮内の魔物が地上に溢れ出てくる」
「ウ、ウソでしょぉ…!?」
「嘘言ってどうする」
ラスは前髪をかき上げると、そのまま面倒臭げに頭をわしわしとかいた。はぁとため息をついて、
「これは一旦戻って出直しだな。封印を元に戻すには準備が足りてねぇし、村にも警告しとかねぇと」
「そ、そう…。大変だね? ラスも」
「何言ってんだ、お前も来るんだよ」
「……」
なんだかとんでもない事態になってしまったようだ。
魔方陣には先ほどラスに魔法を打ち消された時のように、深い亀裂が走っている。細かい破片と魔素がこの魔方陣から出尽くした時、恐らく封印は解かれるのだろう。
せめてラスが出直すというその時まで、持ちこたえれば良いのだが…。
封印扉の確認も終え、ラスとリアンは元来た道を引き返すことにした。
既に道がわかっている分、帰路にそう時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
迷宮を出ると、木々の合間から覗く空が蒼く陰っていた。そろそろ夕刻なのだろう。
入口で待っていた様子のルシアは、二人の姿を見つけると労いの言葉と笑みをかけた。そしてフードを外したリアンの姿に、意味ありげな視線を送る。「良かったですね」とでも言いたげなその表情に、リアンは少々照れくさい気持ちで微笑んだ。
「二人ともおかえりなさい。中はどうでした?」
「どうもこうもないな。ありゃもう持たないぞ」
「…やはり見に来て正解でしたか」
「ああ。――明日はお前も一緒に潜るぞ。面倒が起きる前に、早くアイツを叩きおこさねぇと…」
ルシアも合流し、一行はその足で冒険者ギルドへと向かうこととなった。緊急事態のため、急ぎクエストの結果を報告しなければならないらしい。リアンは出来ることならギルドに顔など出したくはなかったが、ラスにお前もパーティメンバーだろうと言われてしまえば無下にも出来ない。報酬の分配もあるとのことで、渋々二人の後について行った。
『おい、…見ろよ、あれ』
『S級といるの、例の薬草のガキじゃねぇか』
『マジか、アイツあんな顔してたのか』
『あの見た目ヤバくないか?』
冒険者ギルドに踏み入れた瞬間、じろじろと無遠慮な視線が突き刺さる。が、既に想定済みだったリアンは動じない。元々ここは刺激の少ない田舎の村だ。こういうちょっとした話題に、冒険者も村人も飢えているのだろう。
それに、今はフードを被らずに済む開放感の方が勝る。
ラスとルシアが報告する間、リアンは入り口脇の壁に寄りかかって待つことにした。出来れば椅子に座りたかったが、うかつに腰を落ち着かせれば誰が話しかけてくるかわかったものではない。
「一人で待ってられるか?」
揶揄するようなラスの言葉にリアンはつーんと顎を上げる。これがルシアの言葉なら「やっぱルシアさん優しい!」と感激するところだが、相手は他でもないラスだ。「子供扱いしないでクダサイ」と言うとじとっと睨んで返した。
「すぐ終わりますから、少し待っていてくださいね」
「はい」
二人の姿が離れると視線はより強くなる。ひそひそと耳に聞こえてくる会話は、果たして隠す気があるのかどうか…。
(早く手続き終わらないかな…)
S級冒険者であるラス達と一緒に入ってきたからだろう。幸いにも冒険者達はリアンを遠巻きにしており話しかけてくることはない。
――だがその中にも例外はいた。
「君、こないだの薬草の子だよね? …確か、リアンとか言ったっけ?」
「ち、ちょっと!」
(ああ、…なんで今ここに、この二人がいるかな)
リアンは舌打ちしたい気分になった。
今日は初めて迷宮に入った日で、ラスからたくさんの魔法を教えてもらった日で、…そしてフードを被る必要がなくなった日で。いい事がたくさんあった日なのに、それら全てを台無しにされたみたいだ。
リアンは無言を貫き通したかったが、それも流石に大人げない。仕方なく目線だけを動かしてそちらをちらと見やった。
予想通り、そこにいたのは以前パーティに誘ってきた男女のペア。――リアンの常駐呪詛のことを村中に知れ渡らせた張本人達だ。出来ればもう二度と会いたくはなかったのだが、相手はそうでもないらしい。まるで旧知の間柄に話しかけるように、気安く近づいてきた。
「君凄いね、S級と迷宮に行ったなんて。そんな力があったなら、先に言ってくれれば良かったのに」
「自分の手の内は見せない主義なんです。下手に言って、村中に吹聴されても困りますしね」
「そ、それは…そうかもね」
男は皮肉交じりの言葉に少しだけ怯んだようだったが、口元の笑みは崩さない。そりゃそうだ。こういうのは、やられた方は覚えていても、やった側はすぐに忘れるものだ。
リアンはわざとらしくため息を吐くと、早くこの男との会話を切り上げるため単刀直入に尋ねることにした。
「私に何か御用ですか? 貴方達は一度、私のパーティ受け入れを拒否しているはずですが」
「いや、拒否って言う言い方は穏やかじゃないなぁ…、あの時はたまたまお互いの条件が合わなかっただけじゃないか」
「はぁ…、じゃあ今度はなんです?」
「正式にウチのパーティに君を誘いたいんだ。入りたかったんだろ? どこかのパーティに」
男は手を伸ばすとリアンの肩にぽんと置いた。そして身体を寄せると声を忍ばせて、後ろの女に聞こえないように囁く。
「――だからそれについて、ちょっとどこかで話さないか?二人で」
相手を懐柔するような、気味の悪い猫撫で声。
(ああ…、馬鹿ってやっぱ、どこまでいっても馬鹿なんだな…)
リアンの冷えた心が静かに絶対零度を超える。だがむしろクズでむしろ良かった。でなければこれからやる事に罪悪感を覚えてしまうかもしれなかったから。
「二人きりでね…」
「ああ、そう。二人きりで…、――ぐべっ…!!」
リアンは物理防御魔法を小さな立方体に形成すると、それを男の顎目掛けて下から勢いよく打ち上げた。鈍い音と共に、男の身体が回転しながら宙を舞う。そこに追加で3撃。突然のことに抵抗できない男の身体に、リアンは無言で防御魔法による打撃を打ち込んだ。
(そういえば格ゲーは得意だったんだよね、空中コンボとか決まるかな)
「あべっ、…やめっ! …がふっ…!!」
至る所から見えない壁に攻撃され宙を踊る男の姿を、周りは青ざめた顔でただ見ているだけだ。
よもやここまで目の前の子供が魔法を扱えるとは思っていなかったのだろう。その場にいる村の人間全員が、昨日まで馬鹿にしていたリアンを恐れ、言葉すら失っていた。そんな周囲のその様子をリアンは紫色の冷めた瞳で見つめる。
リアンの常駐呪詛、…血の穢れは、通常であれば人を傷つけることは出来ない。しかしそれは直接的に攻撃した場合と、魔法攻撃した場合にのみ発動する。――つまり防御魔法や補助魔法、回復魔法などによるダメージはカウントされないのである。
例えば、防御魔法に属する文字を組み込んでおけば、こうして魔法による攻撃も可能なように。
それがラスの教えてくれた、血の穢れの抜け道だった。
「や、やめて…、お願い…」
蚊の鳴くような声で女に懇願され、リアンはようやく攻撃をやめる。どさりと身体が床に倒れる音がすると、辺りに異様な静けさが漂った。…いや、正確には愉快そうなラスの口笛だけは、相変わらず空気を読まなかったのだが。
リアンは倒れた男の脇にしゃがみ込むと、わざと無邪気そうな声で周りに聞こえるように言う。
「ねぇお兄さん。『二人きりで会おう』なんて言われて、子供だからってほいほいついて行くと思ったの? そこまで馬鹿だと思った? それとも、後ろのお姉さんはそれでうまくいったの?」
「う…ぐ…」
「まぁこの見た目は確かに可愛いから、手を出したい気持ちもわからないではないですけどね? 残念ながらお兄さんみたいなの、タイプじゃないんで。わかったら、もう二度と私に近づかないでくださいね」
手の内に見せつけるように魔法陣を展開すると、恐怖に引きつった顔で男の首が縦に振られる。…ここまで大々的なパフォーマンスをすれば、今後興味本位でリアンに近づく輩も現れないだろう。
リアンは入口脇の壁際に戻ると、外套の両ポケットに手を入れて小さく嘆息した。
自分がやられた仕返しをしただけなのに、気分など晴れようもなかった。
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仕事が始まりましたね。日常への回帰、…とてもつらい。