14:回線がこじれまくっています?
ラスは、リアンがにべもなく辞退すると「ああ?」とあからさまに黒い瞳に不機嫌な色を浮かべた。
その迫力に、思わずリアンは気圧される。
「お前、即答で俺の誘いを断るとかいい度胸だな? …なんで嫌なんだよ」
「やっ…嫌っていうんじゃなくて、…無理っていう…」
「同じことだろう? なんで無理なんだ」
助けを求めようとルシアを見るが、彼も同じ疑問を感じているらしい。
仕方なく、リアンは自分にかけられている常駐呪詛について二人に洗いざらい説明した。この話を誰かにするのはまだ乾ききらない傷をさらに抉るようで少々しんどかったが、予想に反して二人の反応は極めて薄いものだった。それどころか、そのスキル自体をよく知っているような口ぶりだ。
「血の穢れか…。またなんとも古臭いスキルが出てきたもんだな」
「ええ、実に懐かしいです。まだ存在していたんですね」
(……あれ?)
てっきりドン引きされると思っていたリアンは、その様子に拍子抜けしてしまう。
もしかして、自分の知っているスキルと彼等の知っているスキルは、同名なだけで異なるものだったりするのだろうかと、…そんな疑いまで湧き上がってくる。
「あの…、私、魔物とか倒せないんですけど…」
恐る恐る言うと、ルシアが安心させるように笑った。
「それについては問題ありませんよ。血の穢れはパーティメンバーにまでは効果が及ばないんです。魔物は全てラスが処理するので問題ありませんし、いざリアンが呪いにかかってもすぐに解呪しますから」
「ほぇ…?」
ルシアの言葉をにわかには信じられず視線を迷わせていると、ラスが思い出したように言った。
「――確かあれは、古き者が仲間の暴走を止めるために生み出した竜呪のひとつだったか…。基本的に周囲の生物や環境を壊さないようにっていう目的で作られたスキルだし、古い魔術だからな。抜け道はいくらでもあるんだ」
「そ、そうなの…?」
「ああ。問題ない」
二人の言葉に、リアンはぽかんと口を開く。
自分ですら呪われていると思っていたこのスキルを、そんな風に言われるとは思ってもみなかった。どうやらこの広い世の中には、まだまだ自分の想像もつかないことがたくさんあるらしい。この一カ月卑屈に感じてきた暗い思いと、同時にほっとしたような温かな思いがない交ぜになり、じんわりと胸の上の方へとせりあがってくる。
そんなリアンの顔を見たラスが面白そうに笑う。
「なんだお前、泣いてるのか?」
「泣いてなんかないわよっ! このKY男!」
一カ月間の辛い出来事が全て打ち消されるような良いシーンだったのに、その一言が余計だった。
「――それにしても、独特なスキル構成ですね…」
流石に空腹を感じリアンが遅い夕食を口に運んでいると、その様子をまじまじと見つめてルシアが言った。その言葉にラスも頷く。
「そうだな。一度見てみるか」
「見てみる?」
「ええ」
ルシア曰く、彼独自の固有スキルで人のステータスを細かいところまで見ることが出来るようだ。解析スキルの上位版のようなものだろうか。時に本人以上にわかることもあるとのことで、わざわざ見てほしいと頼みに来る人間もいるらしい。
「…もちろん、リアンが嫌なら見ませんが」
リアンは躊躇した。
二人がどうやら悪い人間ではないらしいということは既にわかっていたが、つい先日会ったばかりの人間を信用して痛い目を見たばかりだ。もし自分が王女の代わりに召喚されたと知られたら…、そして、魔王への供物だと知られたら。二人の態度が今と変わらない保証はない。
だが一方で、現状を打破出来る情報を得られる可能性もあった。彼等の知識は、村の人間とは比べ物にならないほど広く深いだろうから。
リアンはしばらくの間悩んだが、食事を終える頃には腹をくくっていた。
「…とんでもないものを見ても、人には言わないでもらえますか?」
「無論です」
ルシアの言葉に、リアンは頷く。
促されるままベッドの上に座ると、ルシアとラスに背を向けた。
「…っ」
周囲の空気がゆらぎ、何かの魔法が使われたのがわかった。
首筋がチリチリとざわめいて、思わずリアンはきゅっと首をすくめる。
やがてそれらが収まると、ルシアの目前には自分のステータスが詳らかにされたのだろう。背中越しに強い視線の圧を感じた。
「―――これは…」
驚きの声を上げたまま言葉を失ってしまうルシアに、ラスが「どうした?」と問う。
「…常駐スキルに、自動翻訳が入ってますね」
「ってことは、やっぱり異世界人か。勝手に召喚しておいて血の穢れとか、えげつねぇな」
「ええ、全く。――残りの常駐スキルに魔眼、魔素循環。あと、全属性魔法適合してます」
「そりゃすごい。魔素循環なんて俺でも欲しい固有スキルじゃねぇか。将来有望だ」
いたたまれない面持ちでいるリアンを他所に、二人は訳知り顔だ。
スキルリストまで見られているのか、自分の癖や好きな魔法の組み合わせの話まで出てきて恥ずかしくなる。レベルの低さに驚かれ、流石にもう勘弁してくださいと喉元まで出かけた時、ルシアが「それにしても」と訝しげに言った。
「一体なんのために召喚されたんですかね。スキル構成もこれじゃ封印された竜みたいだし、…強くしたいのかしたくないのかが、いまいちよくわからないですね」
その言葉に、リアンは思い当たる節を思い切ってぶつけてみた。
「…あの、魔王の生贄にされるため、…とかじゃ…」
「「生贄?」」
リアンの言葉に、二人の声が同時に重なる。背中越しでもルシアとラスがきょとんとしたのがわかった。見れば互いに顔を見合わせている。
「…ラス、近頃の魔王って生贄を要求したりするんですか?」
「いや…少なくとも、俺は知らん」
リアンは困ったように眉を下げて「でも、魔王の盟約っていうのが…」と言いさがる。
「ああ加護スキルの。正直加護スキルって、ロクなものがないのでスルーしてたんですけど。…、どれどれ…」
「魔王の盟約って、…なんだそのふざけた名前のスキル」
「―――――――――」
(…あれ?)
起きてるか、むしろ気絶でもしているのかと思うほど長い沈黙に、リアンは目を瞬く。
(ルシアさん、もしかして寝てる?)
数十秒がたち、流石に違和感を覚えて後ろを振り返ると、何故かルシアは栗毛の波打つ頭を抱えていた。
「え? ……ルシアさん? どう…」
「どうしたお前」
ラスの目にもルシアの行動は奇異に映るらしい。
ルシアは何やら激しい精神的ダメージを負ったようで、しばらくの間その姿勢でいると不意に溜息をついた。それこそ、肺の中の空気が全て抜けてしまうのではないかと思うほど、深く、…深く。
「ど…どう、したんですか?」
「いえ、貴女が心配する必要はありません。ちょっとこうなった原因に心当たりが出てきまして…」
「えっ? 本当ですか、それ!」
「これは、――いや、もう少し調べさせてください。けして悪いようにはしませんから」
(いやいや、めっちゃ気になるんですけど!?)
リアンとしては今すぐにでもそれを知りたいのだが、今までけして笑みを絶やさなかったルシアの蔑むような冷たい表情に喉元で言葉が凍った。子供にでもわかる。これは絶対に怒らせてはいけない類の顔だ。
やがてルシアは口元に手を当て難しそうに何やら考え込むと、ラスに向かって言った。
「ラス、私はこの村でやる事が出来ました。迷宮へは彼女と二人で行ってください」
「わかった」
だがその言葉に焦ったのはリアンだ。
「ちょっ、…! イヤです、こんなセクハラ男と二人きりなんて!」
「セクハラ?」
慌てて振り向いたリアンに、ルシアがきょとんと驚き、…そしてそのまま問うようにラスを見る。
「…一体何したんですか? 貴方…」
「いやぁ…最初会った時、てっきり村人に何か吹き込まれたガキだと思ってさ…。ほら、恰好もアルム教の娼婦に似てるとこあるし。…それでちょっとな」
「ああ…そういうことですか。なるほど」
ルシアはそれだけでおおよその事情を理解すると、リアンに改めて向き直った。
「ラスの失礼は私からもお詫びします。…ですが彼はこれでもS級認定された、この世界で数少ない冒険者の一人。その名にかけて、迷宮の中で不埒なことはさせないと約束しましょう」
「…でも…」
「それに、貴女のスキル構成を見るに、ある程度のレベルは上げておいた方が良い。あそこの迷宮なら、それもうってつけだ」
「…」
リアンはちらりとラスの顔を伺う。
口を開けけば神経を逆撫ですることばかり。こんないけすかない男と二人きりになるなど、いつもなら絶対にお断りだ。
だが…、
(ここまで色々教えてもらっておいて、『やっぱ迷宮行きません!』…っていうのもなぁ…)
ラスがこちらを見てニヤニヤと笑っている。リアンの胸の内が既に決まっているとわかっているのだろう。
リアンは悔しそうに唇を尖らせた。
こんな男の目論見通りになるなど、全くもって腹立たしい限り。…だが、この状況ではそれも致し方ない。
「リアン、ラスと迷宮へ行ってもらえませんか?」
「……しょうがない、ですね…」
ダメ押しのようなルシアの問いかけに渋々頷いて、リアンは迷宮への同行に承諾した。
「それじゃあ明日はよろしくな? リアン」
「―――こちらこそ、ラス」
への字口で答えたリアンに、ラスの笑みが深まったのは言うまでもない。
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PS5発売に向けてお金貯めないと…。