13:SPIはもうこりごりです?
コンコン、とノックの音で目覚めたリアンは、薄暗い室内に自分が夜まで寝入ってしまったことに気付いた。魔法で手元のランプに火を灯すと、のそのそと身体を起こして「はい」と答える。きっといつまで経っても起きてこないリアンのために、タルマが食事を持ってきてくれたのだろう。
だが扉を開けて現れた二人の男の姿に、リアンは音を立ててフリーズした。
(――えっ、誰? ……いやっ、誰じゃない、誰じゃないよ。こいつさっきのセクハラ男じゃん。なんでここに…もしかして二人して部屋間違えた? いやいやありえないでしょ、ここ屋根裏だよ?さっきの仕返し? …いや、仕返ししたいのはむしろコッチなんだけど…。てかなんなの、この二人の魔素量…化け物ですか…)
あれこれ予想を立てるが、どう考えても彼等がここを訪れる理由が見つからない。
いっそ「すみません間違えました」とでも言って出て行ってくれないかと思うが、既に目が合って十数秒。二人にその様子もなく、リアンはぽかーんと口を開いたまま動けずにいた。
一方、リアンを見てやらかしたと気付いたルシアは、後ろから覗き込むラスじとっと睨みつける。
「ラス、知ってます? これは子供じゃなくて、世間一般では女性って言うんですよ…」
「どっちもそう変わらないだろ」
「変わります! しかもどう見ても彼女寝起きですよ!?」
「起きてて良かったな。寝てたらわざわざ起こさなきゃいけないところだった」
「そういう問題じゃ…」
(あっ…)
目の前で言葉の掛け合いを始めた二人を見て、リアンの頭がようやく答えを導き出す。
――結論。
(これは夢だ)
「…おやすみなさい」
「おい、寝るな!」
再び布団の中に潜ろうとするリアンを見て、ラスがずかずかと靴音を立てて部屋の中へ入る。持っていた盆をルシアに預けると、無情にも勢いよく掛け布団を引っ張り上げた。小柄なリアンの身体がころんとベッドに転がりだされる。
「ぎゃあぁあああ!!」
「いい加減起きろ、夕飯も持ってきてやったんだから」
「アンタは私のお母さんですかっ! 布団返してください!!」
「起きたら返してやる」
「鬼ぃ――っ!!」
「ちょっと、ラス!」
どう見ても少女を虐めているようにしか見えない光景に、流石にルシアが割って入った。ラスから掛け布団を取り上げると、リアンのベッドに畳んで置く。
「すみません、この人ちょっと強引で…、――あ、いや。今のはかなり強引でしたね…」
はぁ?と言う顔を作ったリアンに、ルシアは途中で言い直す。そしてきょろきょろと目で何かを探す少女の様子を見て、壁に掛けられた外套を手に取った。
「これですか?」
「そ、それです…」
リアンはルシアから外套を受け取ると、「ありがとうございます…」と小さく呟き素早く袖を通すした。やはり人と話す時はこれがないと落ち着かない。フードを目深に被ると、ベッドにちょこんと座り直した。どうやら何らかの要件を満たさない限り、二人がこの部屋を出ていくことはなさそうだ…、と察して。
「今更被っても意味ないだろ」
「もうこれで慣れてるんだから、ほっといてください…」
「まぁ銀髪はたしかに珍しいからな。特にお前みたいな紫がかったのは好事家達に――」
「ラス」
ルシアがラスの言葉を遮る。
ラスはなおも言いたげだったが、背中から風魔法の気配を察して口を噤んだ。
「突然貴女の部屋に押しかけてしまってすみません」
ルシアは部屋にひとつだけある小さい椅子を引き寄せると、リアンの向かいに腰を掛けた。そして怖がらせないよう柔和な笑みを作ると、懐から件のポーションを出して少女の目の前にかざす。
「…ちょっとこのポーションについて、どうしても伺いたかったもので」
「そのポーションのこと?」
「ああ。さっきお前が投げつけてきたヤツだよ」
「それは、あなたがあんなこと言うから…!」
眉をつり上げるリアンに、ラスがニヤニヤと笑う。
「ラス、余計な茶々を入れないでください。話がややこしくなりますからね。…すみません、連れが失礼を。――それで、これを作ったのは貴女で間違いありませんか?」
「はぁ…そうですけど」
「なら、…もし良ければ、今ここで魔法構成式と計算式を書いてもらえませんか?」
「レシピって言うことですか? 習った訳じゃないので合ってるかわかりませんけど、いいですよ」
リアンは特に嫌がる様子もなく、ルシアから紙とペンを受け取るとスキル画面と見比べながらさらさらと魔法構成式、計算式、ついでに抽出する時間や必要魔素量を細かく書いていった。文字は習ったばかりのように拙いが、その手に迷いはない。
「そう言えば、こうしてきちんと工程整理して書き出したことなかったな…」
顔にかかる長い銀髪を耳にかけて、思い出したようにリアンが漏らす。
「そうなんですか? 全ては貴女の頭の中にあるということですか」
「まぁそうなりますね。――いいなぁこの紙。…超書きやすい」
「余ったら差し上げますよ」
「ほんとですか?やった! …ここの世界スマホがないから、メモするのも一苦労で…」
その言葉にルシアとラスは密かに顔を見合わせた。
(今こいつ、この『世界』って言ったよな。この国、とかじゃなく)
(言いましたね。一体何者なんでしょうねこの子)
(まぁ、なんとなく察しはつくけどな)
二人は目配せのみで言葉を交わす。
いよいよもって、目の前の少女の正体の謎は深まるばかりだ。
――しかし。
「これは…」
リアンの書き上げたレシピを見て絶句するルシアの様子に、ラスがニヤニヤと笑う。いつもならそのしたり顔にげんなりするのだが、今のルシアはそれどころではない。30分の後リアンから渡された紙には、数種類の薬品と容器、…その複雑怪奇な製造方法と、ご丁寧に考察やコツまでが書かれていた。
その内容に、ルシアの喉がゴクリと鳴る。
「こいつ、やっぱり本物だろ?」
「ええ、間違いなく。…こんな手間のかかることよくやりますね…」
「そうですか? 魔素の色と量さえ調整すれば、時間がかかるだけで割と簡単ですよ」
「魔素の調整、…なるほど」
ルシアは何やら納得したようで、レシピの書かれた紙から顔を上げるとリアンに尋ねた。
「貴女には魔素が見えているんですね?」
「? …はい、見えてますけど。…それが、何か?」
確信を持った問いだったが、いざ予想通りの答えを聞くとルシアは押し黙った。そのスキルが人の身にとって如何に貴重か、…そして如何に狙われるか、これからの少女の先行きを思ったが故である。
だが、隣に居たラスはそんな空気を読まなかった。
「お前、レアスキル持ちなんだよ。バレたらそこら中から狙われる程度にな」
「魔素が見えるってことが? そんなに珍しいの?」
「ああ」
「……ふぅん」
「なんだ、驚かないのか?」
「銀髪っていうだけで追われるってのに、今更その理由がひとつやふたつ増えてもね」
「あははっ、それもそうか」
ラスは朗らかに笑うと、ベッドに座るリアンの前に片膝をついた。間近で見ると端正な顔立ちがより際立って、リアンは不覚にも胸が高鳴るのを感じる。
だが、次の一言で凍りついた。
「魔素が見えるなんてやっぱりお前面白いよ。俺達は明日から迷宮の5階層まで潜るんだが、お前も一緒に来い」
「―――は? 無理ですけど」
声が頭に届く前に、脊髄反射的に口が開いていた。
お読みいただきありがとうございました。
面白かったらブックマーク、評価よろしくお願いします。更新は月水金17時予定。