12:検索にひっかかったようです?
(腹立つ! 腹立つ! 腹立つ!!)
枕をベッドにばふばふと叩きつけて、リアンは胸の内で叫んだ。
この世界は嫌なことばかりだと思っていたが、今日ほど怒りを感じたことはない。そもそも好きで銀髪美少女になったわけでも、こんなつるぺた体系になったわけでもない。密かに気にしていたことをぐさりと言われリアンは激怒した。この村の冒険者もオルドンもあの男も、何もかもが気に入らない。みんなみんなくそくらえだ。
(あ〜〜〜もう! なんなのアイツ!!)
思い出せば思い出すほど腹が立つ。
いっそ電撃魔法なんて生ぬるいことはせず、血の穢れのペナルティを覚悟してでももっと徹底的にやるべきだったかもしれない。
大体、初対面の子供相手にあんなこと言うなんて頭がどうかしている。ギルドで薬草を適正価格で買い取らせた手腕には助けられたが、あの一言で男に対する評価は帳消し。いや、むしろマイナスである。見た目がちょっとばかし良いからって、人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。
(もう二度と会いたくないわ、…あんな、あんなセクハラ男!)
鞄の中身を確認すると、銀貨が20枚も入っている。
これだけあればしばらく生活には困らないし、たまにはのんびりと部屋に籠って過ごすのもいいかもしれない。思えばここへ飛ばされて来てからというもの、早く馴染まなければいけないという焦りから、休むことも忘れて歩き回ってばかりいる。雑貨屋で新しく借りてきた本もまだ読み途中だ。
「はぁ…疲れた…」
リアンはこてんと仰向けに寝転がると、天窓から覗く二つの月を見上げた。
この屋根裏部屋とタルマの前以外では、相変わらずフードで顔を隠す生活が続いている。
いい加減村人達も怪しいと思っているのだろう。もしかすると、常駐呪詛の話はそのいい当て馬だったのかもしれない。雑貨屋の少年のように変わらず接してくれる人間もいるが、そろそろ村八分にされてもおかしくはない頃合いだった。
…ただ、問題はタルマだ。
自分一人だけが冷遇されるならまだいい。
だが彼女が自分と同様の目に合うことだけは避けたい。
(タルマさんにも迷惑がかかるようなら、ここも出ていかなきゃな…)
日が徐々に傾きつつある。
いつもはこのくらいの時間なら教会へ行ったり雑貨屋へ行ったりと情報集めをするのだが、流石に今日はこれ以上何もする気が起きない。リアンは静かに目を閉じると眠りの狭間に意識を沈ませていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なぁ、これどう思う?」
黒髪の男から手渡された小瓶を見て、ルシアは軽いため息をついた。
「どう思うも何も、…これ一体どこの誰から盗んできたんです?」
「盗んでねぇよ。投げつけられたんだ」
「…は?」
ここはリュート村で唯一の宿、『ハリネズミ亭』の食堂だ。
日もすっかり暮れ、辺りのテーブルには疲れを癒しに戻ってきた冒険者たちの姿がちらほらと見える。栗色の長い髪を後ろで編んだ優男ルシア=クロフォードと、その連れラス=アーレンは、ワインを飲みながら女将の料理に舌鼓を打っていた。王都から遠く離れた辺境の村にしては、ここの料理は味が良い。
ラスと呼ばれた――先刻リアンを心底怒らせた黒髪の男は、小瓶を指さしてニヤリと笑う。
「驚くなよ? どうやらそれ、この村のガキが作ったらしいぞ」
特別な秘密を打ち明けるように言うラスに、だがルシアは軽く肩を竦めた。
「子供が? これを? ――ラスも随分と冗談が上手くなりましたね。『魔力75%回復』って王都のポーション屋にだって滅多に置いてないレア物じゃないですか。しかもこれだけ薬液少なくするなんて…どう考えても子供には無理な芸当でしょう」
「普通はそう思うよな。でもたぶんこれは間違いなくあのガキが作ったもんだと思うぞ。…こっちも見てみろ」
「……『生命力80%回復』!? …ふざけてますね。――まさか、これもその子供が作ったと?」
「そのまさかだ」
ルシアはううん…と眉をひそめると、しげしげと手の中の小瓶を見つめた。
通常ポーションは、その使い勝手の悪さからランクの低い冒険者しか使わない。ガラスで出来た容器は重く、しかも中の薬液を全て飲み干さなければならないのだ。戦闘中そんな呑気なことをしている余裕はないし、魔力があるのなら魔法で治癒する方が早い。
しかしこれはどうだ。
中の薬液はたった一口分。ルシアはここまでポーションを濃縮させたものを過去見たことがなかった。
正直、薬液を濃縮することそれ自体は自分にも出来る。だがここまでするには、作業中常に魔素量を管理し続けるという膨大な手間と時間が要求されるはずなのだ。それは到底価格に見合うものではない。…極め付けにこの容器の緻密さ。
もしこれを本当にラスの言う子供が作ったのだとしたら、この世界に存在するありとあらゆるポーションの常識感が根底から覆されることになるだろう。とてもじゃないが信じられる話ではなかった。
ルシアはテーブルの上に小瓶をことりと置いた。
「…それにしても、なんで生命力のない人間がこんなものを…。魔族か竜族に頼まれて作ったか、はたまた何も知らずに作ったか…」
「何も知らない方に100リラ賭けるね。あれは完全に、交じりっ気なしの人間のガキだった」
「――その話が本当なら、全世界のSランク冒険者達がここに殺到しますよ?」
「だろうなぁ。割合回復なんて滅多にお目にかかれるもんじゃないしな」
ラスはグラスのワインを飲み干すと、秘密の話をするかのように少しだけ声のトーンを落とした。
「――なぁ、ルシア。これ作った奴に興味が湧かないか?」
ルシアは同意しかけて、ラスの含み笑いに心底嫌な顔をした。
目の前のこの男がこういう顔をする時は、大抵ロクなことにならないと知っているからだ。
「…随分と嬉しそうですね、ラス」
「ああ、久しぶりにな」
皮肉に満ちたルシアの言葉を気にした様子もなく、ラスは喉の奥でくつくつと笑っている。
元々今回の仕事は、暇で暇で仕方がないというラスにルシアが無理やりあてがった仕事だ。半ば強引に連れてきたためラスの不満は爆発間際。その彼が面白そうなおもちゃを見つけたのだ。万が一にも見逃すはずがなかった。
…が、次の一言に流石のルシアも言葉を失う。
「もしそのガキの才能が本物なら、迷宮に潜る時そいつも一緒に連れて行こうと思う」
「はぁ!? 正気ですか? …たかが5階層とは言え、子供ですよ?」
「『もしガキの才能が本物なら』――だ。それに俺が一緒なら大丈夫だろ」
やはり…、とルシアは心の中で思い、同時にまだ見ぬ子供に同情した。
一度決めたラスが自分の意見を曲げないことは、長い付き合いのルシアにはよくわかっている。それでもあえて言わずにはいられないのだが。
「…何も迷宮にまで連れていくことはないでしょう」
「あの中にお前と二人は気が滅入る。あのガキがいれば多少はマシだろう」
「ラス…貴方って本当に鬼畜ですね」
「なんとでも言え」
ラスは気に留める様子もなく肩をすくめると、椅子の背もたれに寄りかかり長い脚を組んだ。
「ところで」とルシアも最後のワインを飲みほして、ラスに肝心なことを尋ねる。
「その子供は一体どこにいるんですか…?」
「いや、それが――」
だがその言葉に答えたのは、意外にも店主である女将だった。
「あら、お客さん達リアンに会ったんだねぇ」
用済みの食器を下げに来たのか、はたまた追加のワインを勧めに来たのか。席の脇を通った女将は、テーブルの上に置かれた小瓶を見てにこにこと人の好い笑みを浮かべた。それを聞いて二人の表情が思わず固まる。
「―――リアン?」
「あれ、違うのかい? …そのポーションはリアンのお手製だろ?」
「…いや、その、…これを作ったのは…」
本当にそのリアンという子供なのか。
だがルシアがそう尋ねる前に、ラスが会話に割って入った。
「女将、俺達は訳あってもう一度そのリアンに会いたいんだが、どこにいるかわかるか?」
女主人はラスの食い気味の言葉に少しだけ目を丸くしたが、再び温和な笑みを浮かべるとウィンクして指で上を指した。
つられてラスとルシアも上を見る。
「あの子はウチの可愛い居候様だよ。いつもここの屋根裏で寝泊まりしてるのさ。今も部屋に籠ってると思うから、用があるなら尋ねてみるといいさね。――ただし、悪さをしたらただじゃおかないよ。ここから叩きだすから覚悟おし」
「わかった、こう見えても俺達はSランク冒険者だ。あのガ――じゃない、子供に無礼な振る舞いはしないと誓おう」
「はいよ。…そうだ、もし屋根裏へ行くならあの子の夕飯を持っていっておくれ。きっと今頃お腹を空かせてるだろうから」
ラスとルシアは食事を終えると、一人分の食事を手に席を立った。
そして自分達が定宿がある二階の更に上、…明らかに大人が使うには適さない、細く狭い階段の奥へ進む。屋根裏部屋の扉は大人が十分入れる広さがあったがひっそりとした佇まいで、さながら秘密の魔女の隠し部屋のようだった。
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