11:出たなセクハラくそ野郎!?
この世界に来てから早一ヶ月が経過している。
リアンは今日も冒険者ギルドに来てクエストをこなしていた。
ただし、冒険者として身を立てることはまだ出来ていない。今日ここへ来たのはあくまで薬草師としてだ。
薬草採取はだいぶ慣れてきていた。
魔法の範囲もだいぶ広がり、今では500メートル程度は余裕で探知出来るようになってきている。もちろん薬草の採取量も、以前と比べると段違いだ。
しかしリアンの心は浮かなかった。
いくつか理由はあるが、その最たるものが『薬草の買取価格が日に日に低くなってきた』ということだ。量が多いため売りさばくのも苦労するかと最初のうち目をつぶっていたが、特にここ数日は許容出来ないレベルまで安く買い叩かれていた。
だが、考えてみれば当然なのだ。
リアンには薬草採取しか脳がない。そしてその薬草の買取を受け付けているのはここ冒険ギルドのみ。…つまり、ギルドは放っておいても毎日一定量の薬草が納品されることがわかってるし、それがどんなに理不尽な値付けであってもリアンに拒否権はないのだ。
片道半日かかる街まで行けばもっと高く買ってくれるだろうが、リアンにも人目につきたくない事情がある。口惜しく思いながらも、ギルドの買取提示額を黙って飲むしかなかった。
そして浮かない理由はもうひとつ。
最初こそ驚くほどの薬草を採ってくるリアンは、このギルドの注目の的だった。
だがある日を境に彼等の目は変わったのだ。
きっかけはあるパーティに誘われたことだ。
若い男女のペアだった。明るく人の良さそうな感じだったので誘いがあったときは純粋に嬉しかったのだが…、
『えっ、パッシブで呪詛スキル? …キミ、魔法は使えるのに魔物は倒せないの?』
『そんなスキル見たことも聞いたこともないわ…。しかも血を浴びただけで戦闘不能なんて…』
リアンがバカ正直に、常駐呪詛のことを教えたのもいけなかった。彼等の顔色がさっと変わり、遅ればせながらリアンは自分の失態に気づいたがもう遅い。
可哀想に、と口では言うものの、リアンを厄介者だと判断したのは明らかだった。
そして冒険者達の情報網は驚くほど早い。その次の日の朝にはもう、自分の呪詛体質のことはギルド中に広まっていたのである。…もちろん、尾鰭背鰭も十二分に追加して。
別に彼等を責めるつもりなどない。
冒険者は常に命の危険に晒される職業だ。わけのわからないパーティメンバーを抱えることなんて出来ないだろう。そんなことはこの世界にまだ慣れていない自分にだってわかる。
だからこれは別に、裏切られたとかじゃない。
ただ少しだけ寂しく感じただけだ。ほんの少しだけ。
そういうわけで、今の自分は『薬草をたくさん採ることが出来るリアン』じゃない。『薬草しか採ることが出来ないリアン』だ。
――ちなみにせっかく作ったポーションも全く売れていない。
常駐呪詛の一件以来、『あんなヤツの作ったものが飲めるか』と密やかに噂されているらしいので当然だ。風評被害も甚だしいが、ここは人の噂話がすぐに真実になる田舎村だ。薬草が異常に安く買い叩かれている理由も、案外この辺にあるのかもしれなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いつもの買取お願いします」
リアンはため息交じりにそう告げると、カウンターにカリン草を出した。これだけの量があれば1000ルクはいくはずだが、さて…、今日はどのくらい買い叩かれることやら。
奥から出てきたオルドンの顔は苦々しい。
そりゃそうだろう。本当はもうここへ来て欲しくもないのだろうから。
悔しくないと言えば嘘になる。だが呪詛が伝染ると考えている人間を、リアンは馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばせなかった。そういう人もいるんだなと哀れに思うだけだ。
やがて全ての薬草を量り終えたオルドンは、そっけなく言い放つ。
「…全部で500だな」
(500! …流石に安すぎでしょ。――くっそ…人の足元見やがって…)
リアンは内心歯噛みする。予想はしていたが、ここまでとは。
だがここで売らなければ今日の売上はゼロだ。
(仕方ない。この金額で売るしかないか…)
そう思って頷こうとした、その時。
「それは流石にぼったくりだろ。ガキ相手に大人気ないことするなよ、ったく」
「ア、…アーレンさん!?」
隣に居た男が何気ない様子で話に割り込んだ。
リアンは突然のことで目を瞬くが、それはオルドンも同じだったらしい。オルドンの目がまんまるに見開かれ、禿げ上がった頭に汗が浮く。口調は気さくだが、どうやらこの男はオルドンより偉い立場にいるようだった。
「あの、…で、ですが、この村ではこれが適正価格でして…」
「おいおい、適正価格って言うならカリン草は一束70ルクが適正だろ? 50ルクなら隣街まで売りに行ったって十分釣りが来るはずだ。それをさらに半額っていうのはどういうことだ?」
「そ、それは…」
うろたえるオルドンに、アーレンと呼ばれた男は更に言葉を重ねた。
軽いが、少しだけ棘のある口調で、
「正直、ここが村の道具屋ならどうでもいい。だがここは『ギルド』だ。ギルドが冒険者から適正価格で買い取らないなら、それは重大な規定違反に当たる。なんなら俺から上に報告してもいいが――」
「買い取ります! ちゃんと適正で買い取りますんで!」
「……へぇ? そうか」
リアンはオルドンが誰かに敬語を使うのも頭を下げるのも、見たことがなかった。まるで借りてきた猫のようだ。いつも見ている姿とはあまりにかけ離れていて言葉も出ない。
あまりに長いこと呆然としていて、リアンが我に返ったのは銀貨の入った袋を両手にずっしりと乗せられた時だった。今までもらった報酬とは桁外れの重さ。それを見て隣にいた男が冒険者ギルドを出ていく。
リアンは慌てて追った。
礼を言わなくてはと思った。あの男は薬草を適正価格で売ってくれただけではない。他の冒険者達がいる中で、自分の名誉を僅かながらも回復してくれたのだ。
「あの、待ってください!」
足が速いのか、リアンが男に追いつくには走らなければならなかった。
だが乱れる息など気にしていられない。
「待って! アーレンさん!」
「――ん?」
道行く後ろ姿に声をかけると、ようやく男が振り向く。
その姿に、リアンはどきりとした。
まるでモデル雑誌から飛び出してきたかのような美丈夫だったからだ。リアンより頭ひとつ分以上は大きいだろうか。首元まで伸びた艷やかな黒髪、切れ長の瞳。形の良い薄い唇。どこか気だるそうな表情も相まって、男ながら独特の色気を感じた。
だがそれより驚いたのは、その男からにじみ出る魔素の量だ。
(なんでさっき隣にいたのに気づかなかったんだろう…)
見た目からして剣士だと思っていたが、これではまるで…
「なんだ、さっきのガキか。どうした」
男の言葉にはっとする。
リアンは急いで鞄から自前のポーションを数本取り出すと、それを男に差し出した。
「あの、さっきはありがとうございます。本当に、…本当に助かりました。――これ、私が作ったんですけど、良ければ使ってください」
男は差し出された小瓶をちらと見たものの、リアンを見て訝しげに眉をひそめた。
「――ん? もしかしてお前、女か…」
「え? …ああ、そうですけど…」
「なるほど、…そういうことか」
男はしばらくの間、じろじろと遠慮のない眼差しでリアンを見つめていたが、やがてわざとらしくため息をつくとリアンの肩にぽんと手を当てた。
「誰に言われたかは知らないが、女は間に合ってるんだ。もう少し大人になってから来い。そしたら相手してやるから」
「―――は?」
「ついでに言うと俺は貧乳は好みじゃない。そのくらいの年頃だとこれからデカくなる可能性もなくはないが…見たところお前は絶望的だな。雇い主にもそう伝えておけ」
ふつふつとドス黒い何かが胸にこみ上げて、ぶちっと切れた音がした。
「兎に角、ガキは大人しく家にか―――いってぇ!!」
リアンは男の向こう脛を思い切り蹴りつけた。ついでに電撃系のショック魔法を2、3発容赦なく打ち込むと、苛立ちに任せて手に持ったポーションを投げつける。
「おいちょっと、やめろって!」
「うるさい! アンタみたいなセクハラ男、こっちから願い下げよ! 豆腐の角に頭でも打ち付けて死んでしまえっ、バカぁぁぁあっ!!!!」
止めとばかりに銀貨の詰まった鞄で男の頭をぶん殴ると、リアンはタルマのいる宿へ一目散に駆け、そのまま屋根裏部屋の自分のベッドに飛び込んだ。
男が投げつけられたポーションを手に呆然と道端に佇んでいたことなど、その時のリアンは知る良しもなかった。
お読みいただきありがとうございました。
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iPad Proでお絵描きはじめました。快適すぎて今まではなんだったのかと…。