09:お店巡りも大事です?
「こりゃすごい…」
冒険者ギルドで受け取った報酬を見せると、タルマも予想していなかったのだろう。口をぽっかりと空けて、リアンと銀貨を交互に見つめた。「まさか身体を売ったり悪いことしたんじゃないだろうね?」と聞かれたので、魔法を使って薬草採取したことだけ簡単に伝えるとあからさまにほっとされた。確かに銀貨6枚を一日で稼いでしまうのは、この村では異例のことなのかもしれない。
「…それにしてもアンタ、よくこんなに稼いできたもんだね」
「薬草が思ったよりたくさん見つかって。運が良かったんです」
「運が良かったって額じゃない気もするけど…、なんにせよ無事で良かったよ。森は危ないからね」
ぎゅうとふくよかな身体に抱きしめられると、幼子にするように頭を撫でられる。リアンはタルマの手にかつての懐かしい心地を思い出して、胸が暖かくなった。自分を思ってくれる人間がいるというのは、本当にありがたいことだ。
だがそのタルマにいつまでも甘えてばかりもいられない。
リアンは本題を切り出した。
「それでタルマさん。生活費の目途もついたので、居候代金のお話をさせてもらいたいんですケド…」
「アンタまだ記憶が戻ったわけじゃないんだろう? …気にしなくていいよ」
「そういうワケにはいきません!」
タルマの性格上、一日の宿代160ルクはまず受け取らないだろう。
だが服を用意してもらったり、3食分の食事を用意してもらったりと、必要以上に良くしてもらっている。せめて正当な宿代くらいは支払いたいのだ。
それに、夜安心して寝られる場所があるというのは何より重要だ。屋根裏部屋の狭さは自分にとってちょうど良いし、何かあった時すぐ外にも逃げられる。倒れた時この宿に運ばれたのは、実に運が良かった。
タルマは一日銀貨一枚。…つまり100ルクでいいと言ったが、流石にそれでは安すぎる。
押し問答の末、ここの宿代よりもちょっとだけ多い180ルクを支払うことにした。
その代り、今まで通り3食分の食事を用意してもらうこと。そして、娘さんの今は使っていない衣類や日用品などを使わせてもらうことなどが条件だ。タルマはそれなら客用の部屋を使ってくれと言ったが、リアンはあの屋根裏部屋が気に入っている。ありがたい申し出だったが、それについては丁重にお断りした。
「アンタも欲がないねぇ…、金なんかいくら持っていても困りゃしないのに」
「タルマさんのご飯美味しいですもん。毎日あれが食べられるなら、お金を出す価値はあります」
自分では動物を獲って食べることが出来ないしね、と心の中で付け加える。
タルマは自分の料理を褒められて気を良くしたのか、少し照れたように顔を赤らめると目を細めて笑った。
「嬉しいこと言ってくれるね。――明日も出かけるなら、今度からは昼食は持ち歩き出来るようにしてあげよう」
「ホント? やった!」
これで明日からはもう少し遠出ができる。
レベルが上がるごとに魔力も増えているようだし行動範囲も徐々に広げていこうと、リアンは胸の内で薬草採取の計画を練った。
「――そういえば」
タルマに出された遅い昼食を食堂のテーブルで食べていたリアンは、思い出したように尋ねた。
「この村に道具屋とか、何か物を売っているところはないですか? 薬草があるっていうことは、薬屋とかもあるんですよね?」
「ああ、そういえば伝えるのを忘れていたね。ちょっと待っておいで。ウチに隣村までの地図があるから、どこに何の店があるか教えてあげよう」
「助かります」
地図があるとはありがたい。粗悪なものであってもこの村の狭さだ。ひとまず道と店の場所があればなんとかなるだろう。
タルマは奥から鞣した革に書かれた地図を持ってくると、食堂のテーブルに広げた。
「ウチの村にあるのは道具屋、雑貨屋。あとは食料品と酒を取り扱っている店が二軒だ。…隣村まで行けば農具と一緒に武器とか防具を取り扱っている店もあるけど、まぁ本格的に冒険者を目指したりしない限り必要ないだろうね」
「なるほど…」
道具屋には薬草やそれらを元にして作られた薬、…つまりポーションなどが売られているらしい。概ねこの村の薬局といったところか。そして雑貨屋はいわゆるなんでも屋だ。常に同じ物が売っているというわけではなく、住人の好みや要望に合わせて売り物が変わるのだとか。
(ポーションの相場知りたいし道具屋は必須だな。…雑貨屋は時間が余ったらにしよう)
リアンは今日の残りの時間を使って、この二軒の店に立ち寄ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道具屋は冒険者ギルドのすぐ近所にあった。回復剤は冒険者こそ必要とするだろうから、利便性がいいのだろう。
予想よりも薄暗く狭い店内には所せましと壺や瓶が並んでいる。店内に入ると、獣脂を使ったオイルランプの臭いがつんと鼻についた。
「お邪魔します…」
「いらっしゃい」
後ろ手に木製のドアを閉めると、ギギ…と耳障りな音が鳴る。
奥に鷲鼻の老婆が座っていた。まるで絵本に出てくる魔女さながらだ。リアンは髪が見えないように改めてフードを直したが、彼女は客に興味がないようで何かの書物を読みふけっている。
リアンは緑色の液体が入ったガラス瓶を手に取ると、見られないようこっそり解析魔法をかけた。
【体力ポーション】
――全て服用すると体力値を200回復する。また対象に振りかけても効力を発揮する。
(…なるほど。この世界の薬は液状のものが多いのか)
錠剤とかタブレットの方が摂取自体は簡単だと思うのだが、かけても効果があるなら頷ける話だ。リアンは店内の商品を眺めるふりをして、片っ端からポーションを解析していった。
【魔力ポーション】
――全て服用すると魔力値を50回復。また対象に振りかけても効力を発揮する。
【強化ポーション】
――体内の魔素を消費して肉体を少しの間強化。
【痛覚遮断ポーション】
――痛みを数時間軽減させる。飲み過ぎるとまれに麻痺を起す。
(……なんていうか、ロクなものがないなぁ)
ひとしきり全てのポーションを調べたリアンは、ため息交じりにそう思った。
この世界の常識は知らないが、これらポーションに含まれている魔素量はカリン草とほぼ同程度。これでは原材料をそのまま食べてもそう効果は変わらないだろう。魔力ポーションには期待していたのだが、たかだか魔力値を50程度回復したところでいくつも魔法を使いたい時には焼け石に水。正直、魔素密度の濃い場所でじっとしていた方がマシだった。
しかもこれらのポーションはどれも液体量が多く重い。
分厚いガラスで出来た瓶は見るからに粗悪で耐久性も不安だ。水無しでどこでも飲める液体内服薬、という考え方自体は良いと思うがいかんせん、もしこれを山で持ち歩くならそれ相応の鞄と体力が必要になる。特に、今のリアンの体力では恐らく3つか4つが限界だろう。
(これならいっそ、自分で作ってみるかな…)
原材料が植物なら、煮出して成分抽出するだけでもこれよりマシなものが出来そうだ。もし蒸留でもして内容量を減らすことが出来れば、それだけ入れ物のサイズも小さくすることが出来る。ガラスは確かスキルリストに精製魔法があったはずだし、不可能ではない気がする。
「アンタぁ、さっきからじろじろ見てるけど冷やかしかい?」
「ああっ、すみません! …えと、これと、…あとこれください!」
リアンはいぶかしむ老婆の目をごまかすように、目についたポーションをいくつか買って店を後にした。
実際に使うことはないだろうが、勝手に解析魔法をかけたお詫びだ。
――だが、道具屋とは逆に実入りが多かったのは雑貨屋だ。
冒険者ギルドほどの大きい店舗には、革製品や金物といった日用品などが多数揃えられていた。中には住民がいらなくなっただろう古本や古着なんてものまである。またここではタルマの言うとおり、欲しいものがあれば取り寄せもしてくれるらしい。これなら生きていく上で必要最低限のものは、一通り揃えられそうだ。
リアンはひとまずお金を入れる財布と斜め掛けの鞄。それに山歩き用のブーツを手に取った。本当はもっと色々と欲しかったが、流石にそこまでの金はない。必要なものは追々揃えていけばいいだろう。
「君、冒険者?」
品物を物色していると、カウンターに立つ15、6歳くらいの少年が話しかけてきた。栗色のくせっ毛の下で、緑色の瞳が興味深げに揺れている。年齢から考えるに、店主の代わりに店番をしているのだろう。
本当ならこんな子供に君呼ばわりされる歳ではないのだが、今は自分も似たような見た目だ。フードを直すとリアンは不本意ながら頷いた。
「薬草を採って売ってるだけ。まだ冒険者とは程遠いよ」
「へぇ、その歳で薬草採ってるなんてすごいなぁ。何かスキルとか使えるの?魔法とか」
「期待を裏切るようで悪いけど、そんなたいしたことは出来ないの」
「ふーん。じゃあ魔石とかはいらないか」
「――マセキ?」
魔石知らないの?と言われ差し出されたものを受け取ると、そこには小指の先ほどの小さい粒。触ると硬質ながらわずかに柔らかく、宝石…というより琥珀のような質感だ。『魔素をまとった樹脂』という表現がしっくりくる。
解析魔法をかけてみるとリアンはその内容に目を見張った。
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初ブクマ嬉しい…。