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八話 見えない首輪をはめられた日 

 盗賊の死体から服を剥ぎ取って着る。

 汗臭いが贅沢は言えない状況だ。


「あの、助けていただきありがとうございました」

「いいって。俺も君のお父さんに用があったからちょうどいいんだ」

「もしかしてさっき言ってた薬のことですか?」

「あの話は作り話だから。会いたいのは別の要件でだ」


 少女は嘘だと分かって一安心したようだった。

 不老不死の薬でぼったくるとでも思われたらしい。

 そもそも不老不死の薬なんて持ってないから。


 俺は財宝をリュックに詰めるだけ詰めて根城を出発する。

 持って来れなかった残りの財宝は近くの地面に埋めてきたので、いざという時は掘り出して金にするつもりだ。


 いやー、盗賊退治って金になるなぁ。

 正直、今回の件はトラウマになるかと思ってたけど、全然気持ちよく飯が食えそうだ。俺って案外異世界向きなのかもな。グロいのも平気だったし。





 数時間かけて町に戻ると、その足で領主の館へと向かう。


 門を守っていた兵士が娘に気が付き慌てて屋敷へと入っていった。

 しばらくしてメイドがやってきて、俺達を屋敷の中へと招き入れてくれる。


 応接間のような場所に通されてすぐに、領主らしき中年の男性と広瀬さんが入室した。


「なんでここに!?」

「ふふっ、君もまだまだ甘いわね」

「どう言う意味ですか」

「これは言うなればテストだったのよ」


 テスト? もしそうならどこから?


 領主がテーブルを挟んだ対面のソファーに座る。

 広瀬さんはどこにも腰を下ろさず窓際で立ったままこちらを見ていた。


「先に言わせて欲しい。よくぞ娘を助け出してくれた」

「それはいいですけど、テストってどう言うことですか。俺、盗賊を皆殺しにしちゃいましたけど」

「それについては問題ないと言っておこう。詳しい話は彼女から聞きたまえ」


 俺は広瀬さんに視線を向けた。


「さっきも言ったけど、これは君が業務を遂行できるかを試すテストだったの。でも全てを説明するには順序立てて伝えないといけないわ。まず私は君なら地図を最初に取得すると考えた。そこですでに交流のあるこの町の領主に協力してもらい、君がどうやってここへやってくるのかを見ることにしたの」

「じゃあもし俺が地図を手に入れられなかったら……」

「営業に戻ってもらうか、基地で教育を行う予定だったわ」


 マジすか。最初から俺は広瀬さんの手の平の上にいたって言うのかよ。

 いや、待てよ。じゃあこの真横で紅茶に砂糖をドバドバ入れてる幼女はどうなるんだ。


「ルルフェはなんなんですか?」

「ん? ルルフェ? ああ、その子は私の予想の範囲外よ。どこで拾ったのかは知らないけど、業務に差し障りがあるなら捨てなさいね」


 コイツは広瀬さんの想定外の存在っってことか。

 しかも完全にただの子供として見ている。

 言っちゃ悪いがこいつは幼女の皮を被った化け物だ。


「盗賊の件は?」

「それも想定外。本来は君が営業の技術でここまでたどり着くことを考えていたわ。なのに盗賊が彼の娘をさらって不測の事態に陥った。私達としてもできるかぎり捜索をしてたのだけれどね」

「それで俺は合格ですか」

「もちろんよ。予定よりも何倍も早い達成に驚いているくらい。実際はここから地図を複製させてもらう交渉に入るけど、今回は大目に見てあげるわ。よくやったわね」


 お褒めの言葉をもらって少し嬉しい。

 広瀬さんって実はタイプなんだよなぁ。


 だが、彼女が付け加えた言葉に俺は背筋が凍りつく。


「ところで君、もうこの部署からは逃げられないの分かってるわよね?」

「え? え?」

「殺人に強盗。異世界とは言えやりたい方題しちゃったわね。ああ、埋めた貴金属もこちらですでに回収してるから」

「ふぁ!?」


 モシカシテモシカスルト、ミラレテタ?

 冷や汗が止まらない。


「気にしなくていいわよ。我が社の利益をきっちり優先してくれれば、何をしてもとがめないから。ね、佐藤則孝君」

「はい……」


 しまった。弱みを握られた。

 会社は最初からこうするつもりだったんだ。

 くそっ、情報漏洩を防ぐために対策を施すのは当たり前じゃないか。

 どうしてそこに気が付かなかったんだ。


 これで俺は異世界のことを口外できなくなった。

 それどころか率先して業務にたずさわらなくてはいけなくなったんだ。

 ちくしょう。卑怯だぞ。


「ところで君、ずいぶん臭うわね」

「服がなかったんです」

「そんな君に朗報よ。前に基地に戻ってきてって言ったでしょ、あれって君の新しい服のことなのよ」


 彼女はそう言ってトランクを俺に差し出す。

 中に入っていたのは、スーツと名刺と真新しいトランシーバーだった。


「そのスーツは異世界の素材を使って作られた戦闘にも耐えられる物よ。名刺はこっちの文字で書かれた君の顔入りよ。そのトランシーバーは、大原さんが開発した魔力を使用するタイプの超長距離型だからどこにいても繋がるわ」

「でも最初に目立つなって……」

「君の今の実力なら目立った方が逆にいいかなって。それに元営業マンの君ならスーツの方が引き締まるでしょ」


 それはそうだけど……これじゃあファンタジーぶち壊しじゃないか?

 確かに遊びに来ている訳じゃないってことは理解しているが、異世界でこの格好はなんとも言えない違和感がある。

 それに名刺も電話番号や住所が書かれていない。

 これじゃあどうやって使えって言うんだよ。


「君には新しい町へ行く度に支部を作ってもらいます。簡単に言えば良さそうな場所を確保して連絡してくれればいいの。名刺にはそのいずれかの住所を記載してくれればいいわ」

「支部って一体何の?」

「我が桂木マテリアルのよ。言っておくけど異世界側の本部は私達のいる基地だから。貴方は知らないと思うけど、実はあそこすでに領主から正式にいただいてる場所なのよ」


 そういうことか。だんだんと分かってきた。

 ウチの会社はこちらに来て最初に領主と取引したんだ。そこから一部の土地を譲渡してもらい、正式に付き合いを始めた。だから基地があっても問題ないし、色々と技術や情報にも詳しい。


 だが、それは一定の範囲内のことに限る。

 さらに外のことを知るためには人を送り出すしかない。だから営業のノウハウがある俺が呼ばれ適性をテストされた。つまり正式な部署移動は今、完了したんだ。


 やられたと言うほかない。


 まんまと上の連中にはめられたんだ。

 なんだよ支部って。実質飛ばされたのと一緒じゃねぇか。

 あんな会社嫌いだ。ちくしょう。


「そう落ち込まないで。給料は減らさないしボーナスも出るから。最初にした約束通りの条件で働けるから」

「……それならいいです。はぁ」

「でも君ってあんなに強かったのね。部下から盗賊の根城の状態を聞いただけで、どうやって勝ったのか私は知らないのよ。やっぱり魔法の才能があったのかしら」

「ソウデス。サイノウデス」


 不老不死になったなんて言わないほうがいいな。

 絶対社長から過剰な要求が跳んできそうだ。

 それこそ永遠に会社に貢献しろとか言い出しそうだし。


「ノリタカ、お腹空いたで」

「またかよ!」

「カロリーなんとかってのはないんな」

「ふふっ、欲しいのならいくらでも用意してあげるわよ?」

「おばさん、ええやつやな」


 ぴしっ、空気が凍り付いた。

 馬鹿野郎。二十八の女性になんてこと言うんだよ。

 広瀬さんの顔が笑顔のままピクピクしているのが分かった。


「すいません。こいつ女性なら誰でもそう呼ぶみたいで……」

「そ、そうなのね! びっくりしちゃったわ! ほんとすごくびっくりした!」


 セーフ、危なかった。

 上司の機嫌を損ねるのは部下として一番面倒なことだからな。

 それに広瀬さんに嫌われるのは割とショックだし。


 こうして俺は本格的に異世界で業務にたずさわることとなった。



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