二十二話 平社員のドラゴン退治その1
リュックの口を締めて一息に背負う。
午前七時。テントから出た俺は白い息を吐きつつ気を引き締めた。
「むにゃ……もう行くんか……」
「ほら、シャキッとしろ。あの化け物との戦いが待ってんだぞ」
「ふわぁ~、ノリタカは朝だけは元気やな」
「だけは、ってなんだよ。いつもやる気がないみたいに聞こえるだろ」
――まぁ、実際にやる気はないけどさ。
昔から目覚めだけはいいんだよ俺。
そのおかげで午前中の営業はだいたい上手くいく。
俺の場合、仕事はスタートダッシュで成果を出して、あとはダラダラするのがお決まりの流れだ。
必要以上に頑張ったってあとでバテるだけだし、同僚に嫉妬されると最悪だ。
上がりすぎず下がりすぎずを維持するのが長く営業を続けるコツ。
「おはようございますっ山崎課長!」
「おはよう佐藤君」
特殊警備課の山崎課長に挨拶する。
さっそくエグジオス討伐の件でヘリを出してもらおうと思っていたのだが、彼は腕を組んで悩ましげにヘリを見つめていた。
そこでは整備士がなにやらがちゃがちゃとイジっている。
「もしかして調子が悪いんですか?」
「そうなんだ。元々中古品だから色々な場所にガタがきていてな。オスプレイも本部に帰還しているし、悪いんだが車で向かってくれないか」
「構いませんけど……運転は?」
「これがキーだ」
自分で行けってことか。こっちは何年もまともに乗っていないんだが。
しかもジープってことはマニュアルだろ。スゲぇ不安だ。
「ノリタカ! おはよっ!」
にぱっと笑顔で現われるルルーナ。
その背中にはパンパンに膨れたリュックがあった。
「なんだよその荷物」
「食料と水に決まってるじゃないか。あと父上が女の子らしい服と勝負下着も持って行けって詰め込んでくれたんだ」
完全に婿にする気マンマンじゃねぇかぁああああっ!!
アンタ娘になに期待してんだよぉおおお!
がさがさ。もそもそ。
背後を見ればルルフェが、リュックにしがみついて中を漁っている。
コイツ! 離れろ! いきなり食料を食い尽くすつもりか!
「あったで」
カロリー〇イトを奪って車の方へと走って行く。
くそっ、ドラゴン退治よりも食糧問題で悲鳴をあげそうな予感だ。
「アレに乗ってくのか! おーいルルフェ、ボクも乗せてくれ!」
「もぐもぐ、好きに乗ったらええで」
ぽんっと肩に手を乗せられる。
山崎さんが哀れんだ眼で俺を見ていた。
「頑張れよ。君にかかっている」
「はぁ、分かってますよ」
なんで俺がドラゴン退治なんかに行かなくちゃいけないんだ。
広瀬さんの頼みと出世がなかったら絶対に断ってたよ。
はぁぁ、前途多難。
◇
ぶるるるる。ジープが山道を走行する。
久しぶりのマニュアルに何回かエンストを起こしてしまったが、今はこの通り慣れてしまえば余裕だ。
「このジドウシャって乗り物いいな! 速いし快適だし糞もしないし!」
「そりゃあ馬と違うからな。つってもそれなりに維持は大変なんだぞ」
「うんうん、これだけ大きいと魔力を沢山消費しそうだもんな」
「魔力で動いてねぇから」
こっちの人間はすぐに魔力と何かを結びつけるような。
それだけ生活に根ざしている力ってことなんだろうけど、そのせいで発想が貧困な気がする。そりゃあ文明が発達しないわけだ。
「ドラゴンと戦うんはいつになるんで」
「早くて一週間後くらいじゃないか。地図で見た感じかなり距離がありそうだし、山崎さんもそのくらいかかるっていってたからな」
すでにエグジオスが火山に戻っていることは無人偵察機で確認済みだ。
もし動きがあればトランシーバーで連絡が入る予定となっている。
「そう言えばさ、前にお前が言ってた”ギフト”ってなんなんだ?」
「ギフト知らんのか」
「知らん」
助手席でやれやれと呆れる幼女に少しムッとする。
こっちは異世界人だぞ。無知で当然。
「ギフトってのは一握りの者だけが得られる神様からの祝福じゃ。種類は千差万別、与えられた人の数だけ能力があると言われとる」
「神様ってマジなのか?」
「その辺はウチも知らん。会ったこともないし、ほんまにおるかどうかもよう分からん。誰かが考えた作り話かもしれん」
なるほどね。ようは一握りの人間がスゲぇ能力を持ってるってことか。
で、その一人がルルフェだと。それだけで充分納得できる。
ジープは山を越え、麓の町へと到着した。
俺達はひとまず休息もかねて寄ることに。
ドラゴン退治に役立つ物があれば遠慮なく購入するつもりである。
忘れていると思うが、今の俺はちょっとした小金持ちだからな。
金に糸目は付けないぜ。ふははは。
武具屋に入ると所狭しと武器が並べられていた。
カウンターの壁には『ドラゴンキラー』と書かれた一振りの剣がある。
「見ろよ、あれならエグジオスも倒せるかもしれないぞ」
「偽物だよ。普通の鋼鉄の剣でドラゴンの鱗を貫けることなんてないから」
「う……」
ルルーナに真面目に諭されてしまった。
そうか、あれは普通の鋼鉄の剣なのか……。
どうやら俺には武器の目利きはできないようだ。
「ナイフとかどうかな。ノリタカも刃物の一つくらいは持っておかないと」
「ん~、それもそうだな」
くいくい、誰かがズボンを引っ張る。
足元にはデカいハンマーを持ったルルフェがいた。
「これでええで」
「何言ってんだ」
「これでええで」
「何言ってんだ」
「これでええ――「分かったから! 三回も言うな!」」
たかるにしても、もう少し感謝するなり申し訳なさそうにしろよ。
さも購入するのは当然とばかりの態度に戦慄するわ。
俺はお前の親でも何でもないんだぞ。いや、親でも若干遠慮するだろ。
……まぁでも、コイツにも武器は必要なのかもしれないな。
前回のエグジオスとの戦いでは手も足も出てなかったし。
ここで攻撃力の強化を図るのは割といい案かもしれん。
それで値段はと――二百ギランか。
少々高い気もするが出せない金額じゃない。
「なぁルルーナ、このハンマーどう思う?」
「いいんじゃないか。材質は剛赤鉱だしルルフェは力が強いから扱いも問題ないと思う」
「剛赤鉱?」
「鋼鉄よりも堅い金属だよ。魔力を込めれば込めるほど堅くなる特性があるんだ。あ、でも容量を超えると壊れるみたいだからその辺りには気をつけないとダメかな」
ほうほう、魔力を込めると堅くなる金属か。それは面白いな。
もし戦闘用車両なんかにこの素材を使えば破損も少なくなるんじゃないか。
それに船とかに使えば衝突事故で沈没ってことも防げる気がする。
「剛赤鉱の鉱山ってどこら辺にあるんだ」
「さぁそこまでは。でも王都に戻れば誰か知ってると思うよ」
よし、メモっておこう。
剛赤鉱っと。
「どうだ最近、冒険業は儲かってか」
「まぁまぁだな。ツァルトの森に出没する大物を狙ってんだが、なかなか姿を見せなくて、すっかり小物狩りになってる」
「そりゃあ残念だな。で、今日は剣でも研ぎに来たのか」
「おう、いつも通りの仕上がりで頼む」
カウンターで店主と冒険者らしき人物が会話をしていた。
ツァルトの森にいる大物か。ちょっと気になるな。
どうせ目的地に到着するまで少し余裕があるんだ。ここで肩慣らしと金稼ぎをしておいてもいいんじゃないか。
正直エグジオスと戦うには圧倒的に経験が足りてない。
それに爆弾を口に放り込む練習もしておきたいからな。
ぶっつけ本番はさすがにキツい。
その後、俺はナイフを。ルルフェはハンマーを購入。
店を出たその足で町のギルドへと行くことにした。




