二十話 戦いの後のラーメン
数日ほど更新をお休みします。
次々にオスプレイから荷物が運び出される。
別の場所では給水車が待機し、水を求める人々に無償提供していた。
「ノリタカ! こっちにも怪我人が!」
「医療班、向こうも見てやって欲しい」
警備課の隊員がルルーナに付いて行く。
一方で俺はカロリー〇イトの箱を開け、食料を求めて列を成す人達に一人ずつ渡す。
すぐ近くでは涎をたらして箱の中を見ている幼女がいるが、俺はそいつが手を伸ばそうとすると、手をペチンッと叩いて叱った。
「なんでじゃ。食べたらいかんのか」
「ダメに決まってるだろ。夕飯はラーメンにしてやるから今は我慢しろ」
「ウチは両方食べたいんじゃ」
で、また同じように箱の中に手を伸ばす。
ずっとコレの繰り返しだ。
「ルルフェちゃん、お姉さんから特別にこれをあげる」
広瀬さんが差し出したのはチョコレートだ。
受け取った幼女はしげしげと見つめてから眉間に皺を寄せる。
「食べれるんか?」
「もちろんよ。その袋を破って囓ってみて」
びりびり。包装紙を破いて板チョコを見つめる。
その目はまん丸に見開いていた。
「なんやこの色。でもええ匂いはするな」
すんすん鼻を鳴らしてから少し囓る。
次の瞬間、ルルフェの顔はこらえきれない様子で満面の笑みとなった。
「甘いで! こんなに甘くてうまいもんを食べたんは初めてじゃ!」
「そう、喜んでもらえて嬉しいわ」
「ありがとな、おばさん」
「お姉さん」
広瀬さんはピクピクと笑顔のまま顔の筋肉を痙攣させる。
だが、ルルフェは聞いていないようで、口元をチョコレートまみれにしながら無心に食べていた。
ちょっと意外だったな。広瀬さんて子供が苦手だと思っていた。
もしかすると年齢性別関係なく、あらゆる相手に対し彼女なりの線引きをしていたのだろうか。
ここまでは関わる必要のない相手。ここからは身内って感じでさ。
実際、この仕事は愛想振りまいて務まるものでもない。
「これどうやって食べるんだい」
老婆に説明を求められて俺は丁寧に教えた。
「負傷者1587人、死者152人、行方不明者631人です」
「想定したよりも少なかったわね」
「ええ、避難を行ったおかげでしょうね」
テント内で俺と広瀬さんはコーヒーを飲みながら報告を行っている。
隣では三枚目のチョコレートを囓るルルフェがぼんやりと会話を聞いていた。
「王様から聞いた話って本当なの?」
「どうやらこの国はかなり昔からドラゴンに標的にされているようです。五十年ごとに王族の一人を生贄に捧げることでなんとか今まで継続してきたとか」
この世界のドラゴンは少し変っていて、処女の清らかな魔力と血肉を好むらしい。
炎魔竜はそれに加え、アイビッシュの王族の血筋を特に好み、五十年ごとに生まれる女子を差し出すことを条件に、国を滅ぼさないと約束を結んだそうなのだ。
だが、現国王はそれを渋った。
気が付けば約束の時期をとうに過ぎ、とうとう王都にエグジオスが直接やってきたというのが今回の出来事なのである。
理不尽というかなんというか。同情してしまう。
「今時生贄なんて馬鹿馬鹿しい話だけど、相手があれだとしょうがなかったのかもしれないわね。君の魔法も効かなかったんでしょ?」
「外からの攻撃はあまり意味を成さないみたいですね。あれじゃあいくら魔法を撃ち込んでも勝ち目はないでしょう」
俺と広瀬さんは溜め息を吐く。
アイビッシュ国と手を結ぶなら、どうやってもあのドラゴンは倒さないといけない。
国王も表には出さなかったが、俺達にそれを期待している印象を受けた。
我が社としてはここで手を引くことも可能だが、もしそうなれば二度とアイビッシュは我々と取引を行わない可能性が出てくる。
だったらやるしかない。後ろに進めないなら前に進むしかないのだ。
リュックから取り出した紙を机に広げる。
コレはアイビッシュ国全土を示した地図の複製だ。
本当は部外者が持ち出すことは禁じられているのだが、エグジオスの鱗を渡した礼として今回だけ見せてくれることになった。
ま、もちろん今日中にコピーするけどな。
「エグジオスは王都から北に進んだロマウニ火山を住処にしているそうです。そこまで行くにはいくつかの難所があると言っていましたが、ヘリで行けば問題ないかと」
「それよりも攻撃手段ね」
「ええ、体内ならこちらの武器も効果はあります。大量の爆薬でも投げ込めばかなりのダメージになることでしょう。ただ、それを誰がどうやってやるのかが焦点ですね」
そこで特殊警備課の山崎課長がテントの中へと入ってきた。
彼は椅子に座って腕を組む。
相変わらず刀でも持っていそうな武人顔だ。
「爆薬はこちらで用意できる。先に言っておくが、ウチの課は化け物の口に爆弾を放り込むような無謀な作戦は引き受けないからな。やるなら別の課でやってくれ」
「マジッスか」
「マジだ」
山崎さんは殉職者を出したくないんだろうな。
いくら会社の為とはいえ死んでは元も子もない。
生きて金を受け取るのが労働者だ。
広瀬さんが俺をじっと見る。
なんですかその目。まさか俺に行けってことですか。
「君しかいないの」
すっと彼女は俺の手に手を重ねる。
目は潤んでいて懇願するような表情だ。
「やりますっ!」
「ありがとう、やっぱり則孝君は最高の部下ね!」
あああああああっ! くそっ! なんで俺ってこんなに弱いんだよ!
でも広瀬さんの手、すべすべしてて柔らかかった!! ちくしょう!
「もうなくなったで」
チョコを食べきったルルフェが手をペロペロなめている。
口の周りは汚れていてひどい有様だ。
「ほら、こっち向け」
「ん」
ハンカチで口元を手を拭いてやる。
仕事に子守に戦いになんでこんなにハードなんだ。
早く帰ってゴロゴロしながらビール飲みてぇ。
「……なぁ、お前の完全防御ってあいつの炎も防げるのか?」
「防げるで」
こいつを盾にして接近すれば成功する可能性は五分五分になるか?
とりあえずあのブレスだけは直撃するわけにはいかない。
「報告! 本日の食料と水の配布を終了いたしました!」
「ご苦労。引き続き負傷者の対応に当たれ」
山崎課長の指示を受けた隊員は、敬礼をしてから走り去る。
そんな姿を見て思う。
なんで俺、課長達とこんな重要なことを話し合っているんだ??
非戦闘員の平社員なんだけど? 営業なんですけど?
おかしいな。本来は真っ先に避難する方だと思うのだが。
「とりあえず則孝君はもう休みなさい。君はよく頑張ったわ。ちゃんと部長に報告するし、今回の件が上手くいけば昇進できるように進言しておいてあげるから」
「分かりました。さすがに少し疲れましたし、早めに休ませてもらいます」
俺は二人に一礼してからルルフェを連れてテントを出る。
辺りは日が暮れすでに夜だ。
それでもライトの近くでは多くの人々が集まっていた。
あんな出来事の後だ、光のある場所の方が安心できるのだろう。
くいくいと幼女がズボンを引っ張る。
「ラーメン食うで」
「お前はほんと飯のことばっかりだな!」
マイペースすぎて驚愕するわ。
一体全体どんな育ちかたすればそうなるんだよ。
しかしながら約束なので言うことを聞くしかない。
与えられたテントに入り荷物を取り出す。
警備課が使用している簡易のコンロに火を付け、鍋を載せて水を入れる。
取り出したるは味噌ラーメン。と、警備課の人がくれたラップにくるまれたおにぎり四つだ。
鍋に麺を二つ入れてほぐす。
できあがるとそれぞれの器にわける。
「ほら」
「ん」
ラーメンとおにぎりを二つ渡した。
ルルフェは二つの三角にきょとんとする。
「なんやこれ」
「おにぎりだ。開けて食べてみろ」
ぺりぺり剥がして先っちょを囓る。
すぐに二口目を頬張った。
「わるぅないでこれ」
「そうですか」
俺もおにぎりを食べながらラーメンを啜る。
不思議といつもより美味く感じた。




