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一話 ああ、我が(株)桂木マテリアル

サラリーマン始めました。

 富士に昇りし日の丸に♪ 我らは誓いし志♪

 清らかな汗と情熱が♪ 苦難を乗り越える我らの力♪

 鋼の魂この胸に♪ 素晴らしき精神誉れあり♪

 戦い続けてその名を刻め♪ ああ、(株)桂木マテリアル♪


 社内に常時流されている社歌を耳にしながら俺はあくびをする。


「で、なんの用ですか社長」

「君は成績は悪くないのに、どうしていつもそんな態度なのだ」

「さぁ? 面倒だからじゃないですかね?」

「なるほど。今すぐクビにしてやりたい気分だ」


 黒い革製の椅子でふんぞり返る男。

 でっぷりと太った腹にはげ上がった頭部、質のいいスーツはそれなりに着こなしていて似合っていると思うが、社員の俺としてはただの威嚇されるだけの衣装だ。

 彼はこの(株)桂木マテリアルの社長だ。


 社員の間では『ウチのワンマン社長』と呼ばれている。


「君を呼び出したのには大きな理由がある」

「はぁ? 大きな理由ですか?」

「ところで君はゲームをするそうじゃないか。ファンタジー系RPGとか言うのかね?」

「ええまぁ。二十五歳ですしそれなりには」


 そう言うと社長がデスクに身を乗り出す。


「だったら特別部に興味はあるだろう!?」

「いえ、全然」


 社長は落胆したように椅子にドスンと背中を預けた。

 もしかしてこのおっさん、俺を特別に配属させようとしているのか?

 冗談じゃない。あそこは我が社の魔窟だぞ。


 特別部とはとある部署の略称だ。

 特別調査開発部。これが正式名称。


 恐ろしいことにこの部署は、我が社の限られた人間しか知らない秘密の場所なのだ。

 所属している人間は表向き別の部署に所属していることになっている。


「君も知っての通り、現在我が社は現地を調査中だ。ただ、なにぶん人手が足りない。そこで営業の君に白羽の矢が当たった」

「なんで俺なんですか? 営業すよ?」

「ファンタジーに詳しそうだし。いなくても特に困らないし」

「あんたには人の心があるのか」


 めんどくせぇ。今日は適当に外回り済ませてダラダラ過ごすつもりだったのに。

 こんなことなら手早くうどんで済ませずに、豪華な定食でも食堂で頼めば良かったな。そうすれば呼び出しにもすぐに応じなくてよかったんだ。


「佐藤則孝のりたか、君には特別調査開発部の現地調査課に行ってもらう」

「お断りします」

「なぜ断る」

「安月給であんな危険場所に行けるかっての」


 社長は「では……」と意味深な接続詞を使う。


「危険手当を付けて今の二倍払おう」

「ボーナスは?」

「もちろん付ける」

「でもなぁ」

「三倍ならどうだ」


 三倍かぁ……先月は高い買い物をしたりして貯蓄を結構削っちゃったんだよなぁ。

 しかも不況の煽りでお得意先の会社も取引を渋るようになってて、最近は特にご機嫌取りが面倒に感じてたし。これを転機に営業から移動ってのも悪い話じゃない。

 でもなぁ、特別部ヤベぇってよく聞くし。


「では三倍にボーナス付き、成果に応じて報酬も払おう」

「引き受けました」


 乗るしかないよな。だってなんだかんだ言って世の中金だし。

 それにいきなり危険な場所に放り出すようなことはさすがにないだろう。



 ◇



 我が社の敷地には、飛行機でも入っているのかと思うほどの大きな倉庫が存在している。

 表向き立ち入り禁止となっているが、実際はここが特別調査開発部である。


 金属製の扉を少し開くと、白衣を着た数名の研究者が書類を持って行ったり来たりと忙しそうにしていた。


 中に身体を入れたところで、背後から首に腕を回され右こめかみに何かを当てられる。

 この背中に当たる膨らみからすると、たぶん知り合いなのだろうが、こめかみに当てられている物を考えると冷や汗が止まらない。


「本日配属された佐藤則孝です」


 両手を挙げて精一杯無抵抗であることをアピールする。

 するりと腕が外され、ポンッと軽く背中を叩かれた。


「なーんだよく見たら営業の則孝君じゃない」

「なんだじゃないっすよ。こっちは肝が冷えました」


 調査課課長の広瀬静香しずかさんは、黒のプロテクターを身につけた姿で、腰にあるホルスターにグロック17を収めながら笑顔で振り返る。

 彼女は元陸自所属の経歴を持つ人だ。年齢は二十八歳でかなりの美人だが、格闘戦に銃撃と物騒な方の腕が立つ御方。ちなみに独身である。


「君も災難ね。この部に配属された以上は平穏とは無縁になるわよ」

「ですよねぇ。今すぐにでも退職したい」

「ま、それもありよね。でも高給与は捨てがたくない?」

「捨てがたい」


 広瀬さんに連れられてとあるマシンの前に案内される。

 直径はおよそ十メートル、複雑な金属製の輪っかがウォンウォンと低い駆動音を響かせていた。


 これは我が社が開発した装置。

 その名も『異世界転移装置』である。そのまんまだな。


 一応は極秘機密なので、表向き俺達はATGアナザートラベルゲートと呼んでいる。


 発端は社長の我が儘から始まった。

 ある日、世界をあっと驚かす新商品を作りたいと言い出したのだ。

 そこで選りすぐりの研究者をツテを頼って引き抜き、新商品の開発がスタートした。


 その時、奔走させられたのが俺である。


 研究室に何度も顔を出して入社手続きなどを行い、敷地に巨大倉庫を作る為の手配もさせられた。それが二年前。

 それから程なくしてATGが偶然開発され、社長は機械の向こう側に異世界があることを知って歓喜した。なんせ向こうの世界には山ほど未知なる素材が眠っているのだ。


 でもまぁ、普通は政府かなんかに報告するよな。


 けどウチのワンマン社長は違った。

 防衛省の知り合いから転職したがっている優秀な隊員を引き抜いたかと思えば、極秘部署特別調査開発部を設立しやがった。ようするにこの発見を誰にも知らせないまま、自分だけが莫大な利益を得ようと考えたわけだ。


 ウチの社長らしい発想だと思う。

 しかし、その分給与も上がるという話なので、秘密を知っている社員は全員だんまりを決め込んでいるわけだ。実際上がったしな。


「大原さん、今から向こうに行くから扉を開いて」


 広瀬さんは白衣のやつれた眼鏡の男性に声をかける。

 彼は大原ひろし。開発課の課長だ。


 彼こそがこのATGを作った張本人である。


「あの部長に挨拶しなくてもいいんですか?」

「あっちにいるわ。君には色々書いてもらわないといけない物もあるし」


 大原さんが起動スイッチを押すと、金属の輪っか微細に震え始める。

 バチバチと中央の空間に電気が走ったかと思えば、赤と紫が入り交じったなんとも言葉にしがたい空間が出現する。


「じゃあ行くわよ」

「え、もう!?」

「業務時間は限られてるの。ほら」

「分かりましたって。行きますから」


 金属製の階段を上がって俺は輪っかの中へと飛び込んだ。


「…………もう着きました?」

「着いてるわよ」


 恐る恐る片目を開けると、そこは先ほどと同じ倉庫の中だった。

 だけど置いている機材や歩いている人が違う。

 階段を降りて振り返れば同じ輪っかがそこにはあった。


「地球側だけでは安定しないからこちらにも同じ物を作ったそうよ。そのおかげで私達は地球と異世界を安全かつ迅速に移動できるようになったとか」

「へぇ、中小企業のウチによくそんな金があったな」

「ここだけの話、かなり強力なバックアップがどこからかあったらしいわよ。社長のことだからどうせ碌でもない繋がりでしょうけど」

「言えてる」


 俺は広瀬さんに連れられて倉庫の出口に向かう。


「すげぇ……」


 扉の向こうにあった景色はまさに異世界だった。

 周囲は木々に覆われ、空には飛竜のような生き物が飛んでいる。

 足下には見慣れぬ草花が生えていて、クマムシのような五センチほどの生き物がゆっくりと歩いていた。


「こっちに来て」


 彼女は濃緑の大きなテントに案内する。


「適当にくつろいで頂戴。今コーヒーを準備するから」

「ありがとうございます」


 テントの中は機材が所狭しと置かれている。

 無線機器だろう箱形の物体やよく分からないグラフを表示しているディスプレイなど。

 俺は適当な椅子に座って長机に出されたコーヒーに口を付けた。


「これとこれにサインしてね」

「誓約書?」

「そ、もしもの時は自己責任ってことでお願いするわ」

「マジかよ」

「マジだよ」


 にっこりと微笑む広瀬さんにそれ以上言葉が出なかった。



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