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九話 サラリーマンが戦士であることを必ず思い知らせてやる

 真新しいスーツにピカピカの革靴。上からは薄茶色の外套を羽織り右手には杖。

 首には若さと落ち着きをイメージして、ブルーを基調としたネクタイを締めている。


 町に入った瞬間、至る所から視線が向けられた。


 分かってる。分かってるって。目立ってるんだろ。

 でも仕事だから仕方がないんだよ。


 ドヴォルザークの町からいくつかの村を越え、エンタの町にやってきた俺はハンカチで額を拭いていた。


「ノリタカ、お腹空いた」

「お前はそればっかりだな!」


 足下で食べ物をねだる幼女に目玉が飛び出るほど驚く。

 領主の館であれほどカロリー〇イトをむさぼっておいてまだ空腹とは。

 黄色い箱の山ができたときは、さすがの広瀬さんでもドン引きしてたぞ。


 ひとまず俺はやるべきことを頭の中で整理する。


 まずこの町で行うのは支部の設立だ。

 それと有益な情報を手に入れ、それの確保に向かう。

 あとは我が社に有益な人物との交流、もしくは人材の確保だ。

 周辺地図に関してはすでにもらっているので、しばらくは行う必要はない。


 てことでまずは支部を設立する為の場所の確保をすることにしよう。


 この世界では届け出などは特に出す必要はないとのことなので、場所を確保して看板を出せばそれでいいらしい。

 人事に関してだが、支部は俺が離れた後に本部より人員が配属されるそうだ。

 そこで現地人を雇い入れ規模を大きくするのだとか。なので俺のやるべきことは現地を視察し、設立するべきかを見極める役回りである。


 幸いすでにこの町は鉱山が栄えているという情報を入手しているので、支部設立はほぼ確定している。


 てことで俺はすでにある建物を一軒一軒回って、入居できないか交渉をすることにした。

 なんせ不動産屋なんて便利な物はない為、そこで暮らす人との交渉でしか部屋は借りられない。

 土地は領主の物、これが大前提だ。

 住民とはそこに領主の好意で居座っている者達なのである。


 じゃあ領主に掛け合えばいい思うだろうが、ドヴォルザークで分かったとおり簡単には会えない。

 それに土地はよほどのことでない限り譲渡もしてくれない。

 そう考えると本部の土地を手に入れる為に、会社が支払った代価はかなりであると想像できる。


 俺は比較的大きな建物を探して町をうろつく。


「ノリタカ、お腹空いたで」

「分かった、分かったからもう言うな!」


 リュックからカロリー〇イトの箱を取り出して渡す。

 三十箱ほど持ってきているが、全てこいつのオヤツである。

 それなりに役に立つし金も要求しないので、仕方なく食事を給料とすることにした。

 二十五にして妻なしの子持ちって意外に心に来るな。


「ごめんください」

「なんだ」


 とある建物に入って挨拶する。

 出てきたのはエプロン姿の中年男性だった。


「あの少しお話しをさせていただいてもよろしいでしょうか」

「話? まいったな、今忙しいんだけどな」

「お仕事中でしたか?」

「まぁな、モデルを待たせてるからもういいだろ」


 モデル? 手に付いた絵の具らしき汚れを見るにこの人は画家か?

 奥に歩き去ろうとする彼を俺は一言で引き留める。


「素晴らしい絵の具を欲しくないですか?」

「……ほう」


 彼の琴線に触れたようだった。

 即座に振り返って改めて俺をじろじろ見る。


「よく見れば斬新な格好をしているな。面白い」

「もしこちらのお話しに乗っていただけるのなら、貴方の知らない新しい絵の具をご提供できると思います」

「なるほど、気が変った。少し待っていなさい」


 男性は奥に戻ってしばらくしてから戻ってくる。

 モデルに休んでいるようにでも言ったのだろうか。


「それで質問なのですが、この辺りで比較的広い部屋を借りられる場所はありませんか」

「部屋か……二階に空き部屋はあるな」

「もしそちらを貸していただけるのなら、お家賃を月々払わせていただきます」

「それよりも絵の具だ。それがどのような物か見せてくれたら考える」


 おいおい、金よりも絵の具かよ。

 でもこれはこれで好都合だな。


 すぐにトランシーバーで広瀬さんに連絡を取り、至急絵の具を持ってきてもらえるように話をする。

 こちらでは地球の品にどのような価値があるのか分からないので、本部に色々な物が持ち込まれているそうだ。おそらく絵の具なんかは地球の歴史で考えると候補リストの筆頭のはず。

 車で持ってきてくれるので十五分も待てば大丈夫だろう。


 俺は少し待たせてもらって広瀬さんが来るのを待った。


「お待たせ! これでいいかしら!?」

「大丈夫です。ありがとうございました」


 持ってきたのはアクリル絵の具。

 男性の目の前で箱を開きパレットの上に赤い絵の具を出して見せた。


「これは! なんと鮮烈で鮮やかな赤! どこでこんな物を!?」

「もし部屋を貸していただけるのなら、毎月これを無償でご提供させていただきます。どうでしょうか?」

「貸す! 貸すとも! 好きなだけ使ってくれ!」


 男性は詳しい話も聞かずに、絵の具を持って奥へと走って行った。

 芸術家って言うのは言ったことがコロコロ変るイメージなので少し不安だが、これでひとまず場所は押さえられた。


 様子を見ていた広瀬さんは「へぇ、絵の具が家賃ね」と感心している。

 安上がりだし別にいいよな? 



 ◇



 俺は情報収集を行う為にギルへと向かう。

 冒険者というのは仕事上多くの情報を耳にする。

 中には一攫千金のような儲け話まであるとか。


 ギルドに入ると多くの冒険者が俺に注目する。


「ぶふっ、なんだあの格好」

「どこかの貴族かしら」

「貴族服にしちゃ変じゃないか」

「よく見ろよ、あいつ魔道士みたいだぜ」


 頬に傷のある体格のいい男や引き締まった肉体をしている女性など。

 いかにも戦士というような風貌の者達が囁き合っていた。


 とどめは遅れて入ってきたルルフェだ。


「子連れかよ。俺はパス」

「あら、あの子可愛いじゃない。私はアリよ」

「ガキ連れて依頼にいけっかよ。俺もパスだ」

「ウチもパスだな。仲間にするにゃ頼りねぇし」


 別に仲間が欲しいわけじゃないが、勝手に見下げられるのは気持ちの良い物じゃない。

 しかし、ここで見栄を張って無駄に力を見せるのも何か違う気がするので、あえて無視することにする。


 受付カウンターへと行くと、女性職員が挨拶をしてくれた。


「少しお聞きしたいのですが、この辺りの依頼で鉱石を扱っているものはありますか」

「それならドグリン鉱山のお仕事があります。内容をお聞きになりますか?」

「はい」

「現在ドグリン鉱山にて、ガーゴイルと呼ばれる魔物が大量発生しております。そこで冒険者様には、採掘員を護衛しながら業務のお手伝いをしていただきます。ただ、多数派遣される為に報酬は十万ギランとなっております」


 鉱山の護衛任務か。十万ギランってことは十万円だな。

 期間は一週間。単純な報酬だけなら安いが、ここに魔物の素材の買い取り料金が上乗せされるから十万以上は確実か。


 ま、報酬はどっちでもいいんだよ。

 問題はそこで採れる鉱石がどのような物かだ。

 とりあえず開発課に送るだけのサンプルは採らないと話にならない。

 あと魔物の素材も送ってこいとか言ってたし。


「それじゃあその仕事を受けます」

「ではカードを」

「あ、まだ登録してないんですよ」


 職員は「かしこまりました」と冒険者への登録用紙を持ってくる。


 この世界って紙は安価に流通しているみたいなんだよな。

 質はゴワゴワしててさわり心地を書き心地は最悪だけど。

 コピー用紙なんか販売すればバカ売れする気がする。


 カリカリと自分の名前と年齢と性別を記入。

 もちろん文字は魔法で解決しないので、ちゃんと覚えたものを記入している。

 不意に『種族』という欄で手が止まる。


 種族って人間以外にあるのか??


「この種族って言うのは?」

「え? ご自身の種族が分かりませんか?」


 職員の女性は困った顔をする。

 しょうがないだろ。こっちは異世界人なんだよ。


「一般的に我々などの種族はヒューマンと呼ばれています。耳が長くて長命なのがエルフ。鍛冶を好み岩穴などに好んで暮らすのをドワーフ。他にもいくつかありますが、大まかなのはこの三つです」

「じゃあ俺はヒューマンですね」


 職員に文字を教えてもらいながらヒューマンと記載した。

 チラリと見ると、冒険者達が俺の発言にテーブルを叩いていちいち笑っている。

 ギルドって言うのはどうして酒場も一緒にやっているかな。

 俺の一時の恥が奴らの酒の肴になってるじゃないか。


「お疲れ様でした。ではこれが冒険者カードです」


 受け取った名刺サイズの金属製のカードには、個人情報とランクが記載されていた。

 最底辺はEらしい。最上位のSランクになると特別待遇を受けられるとか。


 俺は冒険者達に笑われながらギルドを後にした。



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