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ソーサラー戦記  作者: カナメ
2/5

第一話 打算



城が落ちる。

火が各所で燃え盛り、雑兵は当てもなく逃げ惑う。

主君に忠義厚き将は命の限り敵に抗い、骸と成り果て。その首を敵兵が自慢げに高々と掲げる。

命が惜しい将は、一筋の光明に縋り、命乞いをしている。敵兵はそれを笑いものにして、容赦なくその手に持つ槍で刺し貫く。何度も。何度も。下卑た笑みを浮かべながら。

女たちは見つかったその場で犯され、悲痛な叫び声をあげている。常日頃なら助けを得られるその悲鳴も、今この場においては場を盛り上げる効果音に過ぎない。

金目の物は強盗も顔負けの粗雑さと強引さで粗方奪われて・・・それらの光景を一言で纏めるなら、まさに混沌。

血と狂気の世界。そこに理性など存在しない。ただ本能だけが、ありのままに曝け出される。

勝者にとってここは天国であり。

敗者にとってここは地獄だ。

そんな人間の本性が曝け出された空間を、白髪の少年は冷めた目で城の上部から見下ろしていた。



「・・・こうして改めて見ると、やはり人間も獣の一種か」



自分自身もそれに該当するのかと思うと、中々に陰鬱な気分になる。

眼下の光景を見つめつつ、自分だけは理性の鎖を決して手放さないと、イーサンは心の中で固く誓いを立てる。

無論、いるかどうかも分からない神に対してではない。自分の魂にかけて、だ。

・・・・・・しかし、その誓いを継続させる為にも、まずは生き延びなければならない。

この混沌と化した戦場から。

チラリとイーサンは視線を後方に向ける。視線の先にはこの城の主だけが座ることを許された玉座があった。そして唯一無二の主が鎮座している。自分が仕えるに相応しいと選んだ主君。・・・既に事切れて、力なく玉座にもたれかかっている死体だが。

勿論、イーサンが殺したのではない。城から共に脱出しようと駆けつけた時には、ご覧の有様だったのだ。

この城の主であった主君は有能だった。彼ならばこの群雄割拠のアルバ島を再統一し得る人物と思える程には。・・・だが、現状はこの有様である。



「・・・思い返すに、僕は人物眼はあまり良くなかったな、うん」



最早、落城は免れないと自害した主君。

潔しと賞賛すべきか、はたまた恥辱にまみれようとも生き延びるべきだと叱責すべきか。

どちらにせよ、ここで終わるならその程度だったという事。



「さて、次は誰に仕えるかな」



数えて二年ほど仕えた主君は最早いない。ならば次の主君を探さねば。

死者に用はない。生きている者だけが、現実を、世界を変えられるのだから。

三級とはいえ、イーサンはソーサラーである。引く手数多の人材だ。仕える相手は、よほどの大貴族でなければ選べる立場ですらある。

この混沌と化した戦場も、同業者であるソーサラーと鉢合わせしない限りは、鼻歌交じりで離脱できる。

だからこそ、悠然と次の職場を考える余裕すらあった。



(この城を攻め落とした相手でもいいかな?たしか・・・新進気鋭の田舎領主だったか?)



ここ十年で猫の額ほどしかなかった領地を急拡大し、今尚その勢いが止まらないと評判の辺境領主。

名は・・・・・・そう、アンビシオン。アンビシオン・レーエル。

イーサンが以前、少しばかり仕官先として悩んだ人物だ。

結局は違う人物・・・(今やこの世から一足早く旅立った)・・・を主君と仰いだわけだが。



(何故、昔の僕はアンビシオン・レーエルを選ばなかったんだろうか?どうせ遠くない未来に消え行く辺境領主と侮ったか?)



だが、現実はどうだ?

イーサンが熟考し、選んだ主君が攻め滅ぼされている。将来などないと見限った相手に。

見誤った。人選を。完全に。

・・・しかし。だからこそイーサンは思う。



「面白い。現実は予想とは全然違う方向へと進む。あるいは転ぶと言うべきか?・・・当分は飽きそうにないな」



クスッとイーサンの口から笑みが零れる。

思わず。無意識に。

そして、瞬時に思考を切り替える。自身の将来に関する事柄に。



(さて、そんな絶賛、勢力圏を拡大し続ける期待の領主、アンビシオン・レーエルに仕えるにはどうするべきか?この戦場から一旦離れ、改めて仕官をするのも一つの手だが・・・・・・)



しかし、それでは確実ではないという結論に行き着く。

身元不明の、しかも三級ソーサラーが、すぐさま仕官など出来るわけない。つい先刻まで仕えていた主君に仕官した時も、紆余曲折あった。

・・・良くて不審者。最悪の場合、敵対勢力のスパイと疑われる可能性が高い。何より、時間が掛かる。目指すは最短期間での仕官。ならば、元は敵方でも身元は判明していた方が好都合。

おのずと選ぶべき選択肢は決まる・・・この場に留まるべきだと。



(まずは設定が大事だ。亡き主君の遺体を守る忠臣。それを装う。・・・いずれはこの玉座の間に敵兵が押し寄せてくるだろう。幸いというべきか、この城の主の死体はそこにある。大将首を狙いに敵は殺到するはず。それらを殺さない程度に撃退すれば・・・敵方のソーサラーも動くはずだ)



そして、事態はイーサンの大まかな予想通りの展開へと発展する。

敵の兵士は、未だこの城の主が自害したとは知らず、手柄を立てようと次々と押し寄せてくる。

イーサンにとっては幸いなことに、大将首は味方同士でも競争相手となる一大武勲。敵方の兵士同士は互いに連携など頭にないとばかりに我こそは我こそはと血気に逸る連中ばかり。

しかも相手は一般兵士。ソーサラーであるイーサンの敵ではない。

これから仕えるであろう相手の軍の兵士なので、最低限度として殺さないようにだけ極力気を付け、各個撃破していく。

そして・・・およそ百人ほどの兵士を撃退したくらいだろうか、ようやく次のステップへと進むことをイーサンは確信する。

肌を突き刺すような魔力の波動が、その証明。

レーエル軍所属のソーサラーが、その姿を現したのだ。



「味方の兵が次々に撃退されていると聞いて来てみれば、相手は三級ソーサラー。しかも子供か。まぁ、それでも雑兵の手には余るか」



・・・ただ、イーサンの予想とは異なる点が一つだけあった。



「だが、俺が来たからには貴様の奮闘もここまでだ」



たった一つ。されど一つ。その違いが、今はあまりにも大きい。

相手は確かにイーサンと同じソーサラー。

だが・・・・・・・・・



「一応、名乗っておこう。二級ソーサラー、リアムだ。貴様を殺す、男の名だ」



対峙した相手は二級。つまりはイーサンより格上。

てっきり同級のソーサラーが来るだろうと思い込んでいたイーサンにとっては、唯一の誤算。否、大誤算である。



(・・・相手が同じ三級だったらいい感じに互角な戦いを繰り広げて、重傷を負わない程度の負け方を計画していたのに・・・!)



イーサンがある程度は使えるソーサラーだと認識してもらい、亡き主君の遺体を守ろうと奮闘していた忠義厚き人材だと思わせることが出来れば、手っ取り早くアンビシオン・レーエルに引き合わせてもらえると考えていたのに。あわよくば、そのまま仕官できるとさえ皮算用を立てていたのに、この急展開。



(・・・・・・まったくもって、現実は予想とは違う方向へと突き進む。いや、突き進みすぎだ!)





内心の動揺を表情に出さないよう、必死に押し殺すイーサンの心情など知る由もない、リアムと名乗った若いソーサラーは、冷静に目の前の少年ソーサラーを分析していた。

まず最初にはっきりした事は、互いの魔力量の差だ。その差は歴然である。

ソーサラー同士、物理的に距離が近ければ近い分だけ、相手のおおよその魔力量は推し量れる。その正確さは距離に比例すると言っても過言ではない。

魔力量を比べれば、その差は十倍以上。無論、二級であるリアムが優勢だ。・・・なのに。なのに、だ。

若いリアムよりも年下とわかる少年ソーサラーは、泰然と構えていた。

格の違いは肌で体感出来ているだろうに、この落ち着きよう。見た目に反して実戦経験の豊富さを物語っている。



(外見から推察するに年は十五、六といったところか?この若さでこの完成度・・・どれほどの修羅場を潜り抜けてきたんだ?末恐ろしいにも程があるだろ)



ちなみに、リアムは二級ソーサラーだが、今回の戦争が初陣である。

同年代と比べてもやや遅い部類の初陣であることは、リアム本人も承知している。

だからこそ、意気込んでいた。せっかくの初陣である。誰が見ても分かるような、目に見える形での手柄を求めた。

二十歳になったばかりのリアムは焦っていた。

敵の将兵はそのほとんどが討ち取られるか、逃走済み。このまま手柄を立てることもなく初陣が終わってしまうのかと。

だが、天はリアムを見捨てなかった。

敵の最後のソーサラーと思われる少年が、玉座の間の扉を背に立ちふさがり、たった一人、獅子奮迅の活躍で味方の兵をことごとく退け、抵抗していたのだ。

もはや落城したも同然の城を、単独で死守する敵方のソーサラー。

その姿を遠目から見て・・・リアムは自身の姿を恥じた。

なんと自分は惨めなんだ。なんと卑しい欲望を抱いて戦っていたんだ。

初陣の手柄?

そんなものが色あせて見えるくらい、どうでもいいとさえ思えるほどに、敵方の最後のソーサラーは眩しかった。

その姿は返り血と煙で汚れている。だが、間違いなく今この瞬間だけは、一番の輝きを放っていた。

・・・・・・アレと戦いたい。

否、むしろ戦わせろ。アレは、俺の獲物だ。

数で圧倒し、雑兵に殺させるにはあまりに惜しい。

俺が敬意を持って討つべき相手。俺が、倒すべき敵だ。

そして今。リアムは対峙している。敬意を持って殺すべきソーサラーと。





イーサンは困っていた。

何故、眼前の二級ソーサラー様はやる気に満ち溢れているのだろうか、と。

それほどまでに自軍の兵士が傷つけられたことに憤慨しているのだろうか?

一人も殺してはいないというのに。解せぬ。



(・・・兎に角、この様子だと一戦は避けれそうにない雰囲気だな。身に纏っている魔力が殺気で満ち満ちている。こちらの手足一本で済めばいいってレベルの話じゃない。・・・むしろ、手足の一本でも残ればいいなって思える位、やばい感覚だ)



正面からぶつかれば、圧倒的なまでの魔力量の差でイーサンが一方的に押しつぶされる。そんな嫌な未来が垣間見える・・・むしろ半ば確定した未来とも、言えなくもない。

ならばどうするか?イーサンに残された抗う手段は・・・搦め手しかない。

幸いと言うべきか、リアムとイーサンの距離は、ソーサラーの常識で言えば至近距離も至近距離。

通常なら、あり得ない。だが、お互いに条件が重なってしまった。

リアム側は敵大将の首が欲しい。イーサン側はそれを阻止したい。

前者はそれ故に遠距離からの高威力の魔法は放てず。

後者は守りゆえにその場を動けない。

だが・・・戦い方を選ばなければ、勝機はある。まずはその一手を打つために、イーサンが魔力を秘密裏に練り上げる。

だが、そんなイーサンの思考が魔力の動きに反映されていることを、リアムは見過ごさない。

威力の高い魔法は使えない。限られた選択肢の中から、それでも即座に最適と思える魔法を選び、攻撃を仕掛ける。

リアム自身が得意と自負する風属性を、手の指先に集めた魔力と融合。イメージは切り裂く刃。発動。

この間、わずか一秒未満。

迎え撃つ準備の整わないイーサン目掛けて、風の刃が襲い掛かる。その数は五つ。上下左右から迫る死の刃。直撃すれば、ソーサラーといえど無事では済まない。しかし避ける隙間など皆無の風の刃は、容赦なくイーサンの肉体をバラバラに切り刻む。・・・・・・はずだった。

しかし現実は違った。

リアムが放った風の刃はイーサンの肉体を素通りし、その後ろの扉を代わりのように切り刻んだ。

てっきり玉座へと続く扉を死守するという思い込みで、イーサンはその場を動かないと決め付けていただけに、わずかではあるが、リアムは動揺した。

既にこの城の主が死んでいる事を知っているのはイーサンだけ。

だからその場に固執する必要性もない。なので、扉の前から動くことに躊躇いは微塵もなかった。



「!!?・・・幻影か!」



だが、リアムは動揺を無理矢理に押し殺す。

そしてすぐさま、魔法による幻影だと見切ったリアムの目は、既に死角へと回り込まんとしたイーサンの姿を捉える。

相手の反応速度は、イーサンの想定内。この程度の児戯で、《魔人》と称される二級ソーサラーを誤魔化せないのは百も承知。

故に、イーサンは搦め手を重ねる。

幾重にも。重ね続ける。








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