1-3 記・憶・喪・失
階段を降りると、すぐ右手に扉があった。
メガネ君は、僕を引きずりながら、扉を開ける。
「大変だよ、みんな、勇者様がおかしくなっちゃった!」
部屋に入ると、大広間だった。
中央のテーブルに見たこともない料理が広げられており、女の子が2人座っている。
1人は赤毛に気の強い目を携えている。動きやすそうな服にマントを羽織っている。2人目は、青い髪に穏やかな笑みを浮かべた女の子だった。真っ白なローブをまとっている。
赤毛の女の子が応えた。
「はあ、頭がおかしいのは、いつものことじゃないの」
「それは、そうなんだけど、今回のはちょっと、まずそうなんだ」
「どうまずいのよ」
赤毛の女の子は、何かしらのお肉を食べながら応えた。
「お行儀悪いですよ。ライカちゃん」
「だって、こんなやつのことよりも、私のお腹の事情の方が大事なんだもん」
と、言いながらもぐもぐ口を動かしている。うーん、僕の世界にもこんな子はいたな。
「とにかく、話してみたらわかるよ」
「そうなんですね。わかりました。勇者様、とにかく椅子におかけ下さい」
「あ、ああ」
僕は、椅子のところまで行くと椅子に腰掛けた。女の子にこんなに親切にしてもらったことはないので、何か緊張する。
「し、失礼致します・・・」
「ぶっー!」
「き、汚い!」
いきなりライカと呼ばれていた女の子が口に頬張っていたお肉を吐き出した。
「な、何が失礼しますよ! いつもみたいに普通にしなさいよ! 普通に!」
「え!?」
「ね、ほら、変でしょう!」
どうやら、僕の立ち振舞が前勇者と違いすぎて、おかしいらしい。メガネ君がほら、という感じで嬉しそうだ。
「本当に、へんみたいね。ビッケ、これはどういうことなの?」
「それがわからないから、ここに連れてきたんじゃないか」
「ちょっと、皆さん、落ち着いて。事情は、勇者様に直接お聞きしていきましょう」
ローブの女ことがそう言うと、こちらに聞いてきた。
「えーと、勇者様のお名前は何ですか」
「ムラカなんとかって、さっき言ってたんだ」
「あんたじゃない、勇者に聞いてんの」
今度は、ちょっと僕は考えた。さっきは、自分の世界の名前を無意識に答えたけど、よく考えたら、この世界に村上紘汰の居場所はないのだ。
僕が前勇者と中身を交代した以上、僕は、こちらの世界の勇者で無くてはならない。でないと、また僕は世界に必要とされていない状態になってしまうだろう。
せっかく転生という異例事態により、僕は人生をやり直し出来るかもしれない機会を得たんだ。状況はネガティブだけど、僕はポジティブに捉えて、勇者という用意されたケースに収まる努力をしてみることにした。
「名前は、あいたたた、思い出せない・・・」
「お、思い出せない?」
「え? さっきは、ムラカ、とか言ってたよ!」
「そ、それは、ムーラムラーするなあ、と言っていたんですよ」
その瞬間、ライカと白いローブの女の子が、バッと後ろに飛び跳ねんた。
「や、やっぱ、変わってないじゃん!」
「あ、危ないところでした・・・」
?
ふたりとも自分の体をガードするように自分の体に手を回している。
どういうことだ。
「つ、ついに、ビッケにも欲情し始めたわけね・・・これは変態度のレベルアップだわ」
「えええ! ぼ、僕に!? こ、怖いよー!」
ビッケも飛び退った。
どういうことだろうか、返答にいきなり失敗したようだった。
「あの~、どういうことでしょうか?」
「どうもこうもないわよ! いつもと、同じってことよ!」
「は?」
「いつもみたいに、胸触ったり、お尻触ったり、するんでしょ!!」
「な、なんだって??」
聞いてびっくりだが、前勇者はセクハラの前科持ちらしい。
「そうですよ。いつも、不意に『また成長したな』とか言って、ライカやシールディにタッチしてたじゃないですか」
「そうよ! 昨日なんて、『隊長! 採れたての桃を発見しました! 採取します!』って言いながら、私のお尻を触ったの憶えていないの!?」
「な、なんだってえええ!!!」
僕は驚愕した。女の子とろくにお付き合いもしたことがないのに、どうやら、転生先の体はそれをすっ飛ばして、キャバクラに通うおっさんレベルまで到達しているらしい。
「そ、それは、すみませんでした。しかし、ですね」
「すみませんですまないわよ。今もムラムラするとか言ってさ!」
「今のはムラムラすると言ったんじゃなくて、その・・・この近辺の村々を回りたいなあ~っていうことを言おうと思ったんですよ、はい」
自分で言ってても、意味がわからないが。とりあえず、記憶喪失だという方向がいろいろと都合がいいことに気がついたので、そちらにシフトしていけるように話を持っていきたい。
キョトンとする一同。
ライカは、頭にきたらしく、ドンと机を叩きながら、
「あんた、ふざけているんじゃないわよ・・・どうせ、面白がって遊んでるんでしょ!」
「僕、僕はふざけてないですよ」
「あ、ほら、まら、僕って言っているよ」
「本当ですね・・・これは、一体・・・どういうことなのでしょうかねえ?」
シールディと呼ばれた女の子が首をかしげた。
だめだ、言葉遣いって変えるの難しいな。こうなったら、記憶喪失で押し通すしかない。
「んじゃあ、ちょっと、2階に上がってから何をしていたのか、教えて頂戴」
「2階に上がったことすら、憶えていません」
「お、憶えていない! じゃあ、記憶がないってこと! いつから?」
「い、いや、その、まるごと全部ですかね・・・」
『全部!?』
見事に3人ハモった。この3人の連帯感からは勇者の長い付き合いの仲間なんだろうなあ、ということを感じさせる。長い付き合いなら、中身が変わったことにもすぐに気づいてしまうだろう。隠し通せるわけがない。
そして、僕の本来の居場所ではないことも、実感する。だけど、ここは、しがみつかなくっちゃいけなかった。
「ちょっと、ビッケ! これ、どういうこと!?」
「う~ん、もしかしたらだけど・・・たぶん、勇者様が前々から言ってた、異世界との交信の魔法に失敗してしまったんじゃないかなとは、思っているんだけど」
「何ですか? それ? 異世界って?」
「最近、『この世界にも飽きてきたなあ。俺の力をもっと試せる世界はないかなあ~』って言ってて、よく異世界と繋がるための交信の本とか読んでたんだよね」
「その方法に失敗して、記憶がなくなってしまったと・・・」
「それが、一番、可能性が高いかなあ」
ラッキナー事に、記憶喪失の方向性にいけそうだった。
「そうなんですよ。僕は、記憶喪失になっちゃったんで、思い出すためにも、以前のことをいろいろ教えてもらいたいのですが・・・」
「記憶喪失とか、そんなこと現実にあるの!」
「何とか、治す方法はないのですか、ビッケさん?」
「いやあ、聞いたことないなあ、とりあえず明日、先生には診てもらおうとは思っているけど」
無視されてしまった。
「あの~。たぶん、病気とかではないので、とりあえず、以前のことを教えてほしいです」
「まじなの!? ちょっと、めんどくさいじゃないの。ビッケ、お願い」
「ぼ、僕!? じゃあ、どこから・・・」
「始めから 全部でお願いします!」
「全部って、人生のどこから記憶がないの!?」
「うーん、生まれたときから・・・」
「とほほ、では、僕たちの知っている勇者様の話をかいつまんで話します」
というわけで、時間をもらって勇者様の歴史講座を受けることになった。
果たして、この勇者とはどんな人物なんだろう。
先行きが不安だが、知らなくてはいけない。