2-11 銭湯パニック
ライカとシールディが来る。いよいよ、まずいぞ。
僕は、せっかく出ようとしていた扉から離れて再び脱衣場に戻った。
くそっ!
僕は再びロッカーに入ろうとしたが、だめだ!?
先ほどは裸だったからそのまま入れたけれど、今は服を着ている。
とても入れない。
ロッカーをがたがたと揺らして挑戦したが、無駄だとふんで諦めた。
「そいえば、さっきのあれおいしかったなあ」
「そうですね、2人で今度、食べに行きましょう」
扉が開いた音とともに声がした。だめだ! 間に合わない!
とりあえず、地べたにはいつくばって身を隠す。
っく! 風呂場から人が戻ってきたら丸見えの位置だ。即アウトだ。
2人は、おしゃべりしながら棚の前に立っている。
僕は、ちょうど中央にある棚の裏にいるため、死角になっている位置にいた。
むむむ。静かに移動して、扉から出れば脱出可能だ。
「なかなか国の経営ってのも大変よね。私なら嫌だな」
「そうですね。とっても大変そうです。でも、毎日先ほどのような料理を食べられるなら、やってもいいかもしれませんね」
「ふふふ、シールディったら」
ったら~。じゃない! さっさと服を脱いで、脱衣所に行くんだ!
と、切に願っているものが同室にいることに気づいてくれ。
するるるるーと、音がすると2人は服を脱いだようだった。
見たい感情を抑え、地面とのキッスを続けるこの忍耐力。まさに勇者の中の勇者。
「さ、寒いですね。私、寒がりなんで、一足先に、お風呂場に行きますっー!」
「え? ちょっと、待ってよ、早いよ。シールディ~」
てとてとてとー、と聞こえると風呂場の扉の空いた音がした。
ふう、これでいけるか、と気を抜いた瞬間、
「もう、何この下着、うまく外れない…」
なにぃ! ライカが残っていた!? 危ない、思い切って立ち上がるところだった。
セーフだぜ。
「ふう、やっととれた。ようし」
…。全裸ってことか。今回は、見るのは諦めます、早く、早く行ってくれ! 頼む!
「うーん。大きくなったかな? 大きくなるって聞いてつけてたんだけどなあ。ぷにぷに」
ぷにぷに…。って、胸の話か!? 何故、独り言でそんなことを突然つぶやんだ! ツイッターじゃあるまいし!
僕の脳みそが勝手にイメージを作り上げてしまう。危険な展開だ。
僕は、仏像を思い出すようにした。
心を落ち着けて、煩悩を消す。
これが、僕のイメージコントロールの力だ。
かつて、宇宙はビックバンから生まれた。
その時、この世界は無だったのだ。何もない無の世界。
そんな世界に煩悩はない。
そうだ。忘れていた。何も無いのが元々なんだ。
なのに、僕は何を考えていた?
こんな広大な宇宙に比べれば、僕の煩悩なんて、なんてちっぽけなんだろう。
…スーッと、心が静まっていく。
宇宙と一体になったイメージ。
僕は、…僕を制したのだった。
「おしりは大きいのになあ、ぺしぺし」
「うおおおお!!」
しまった!? 宇宙よりも広大なおしり前に、僕の脳みそは秒で支配される。
僕の賢者タイムは、一瞬で終わってしまったのだ。
そうだ、なぜわからなかったのだ! 人類はどうあがいても、お尻には勝てない!
「え!? 誰かいるの?」
っく! これは、やばいぞ、棚を回り込めば一発でばれてしまう!
僕の思考よ、全力で突破方法を導き出すんだ!
そうだ、かつてテレビゲームで見たあの技を試してみよう。
物を投げて、注意を引き付けておき、その死角を抜けて突破する方法だ。
これしかない。
僕は、手にはまっている指輪からわけのわからんシルバー色のとんがりがついている指輪を外すと、扉とは逆側に投げた。
ガン! と音が鳴る!
「ん?」
ライカが振り向いているはず! チャンス、ダッシュだ!
しかし、
「陽動ね! 盗賊のあたしに甘いんじゃないの!」
シュッと音がして、櫛が投げつけられる!
しかし、甘いのは君だ!
「え!?」
ドサッと、その場に僕の服だけが落ちた。
そう、すでに魔法は詠唱し終わっている。
僕は風の魔法を自分に素早くかけて、防具を脱ぎ捨てたわけだ。
忍者の変わり身の術のように。
「とあー!」
「え!?」
ライカを後ろから羽交い絞めする!
よし! で、これからどすれば!? …考えていなかった。
「はっ!」
「のわー!」
視界が一回転して僕は床に叩きつけられた。
いててて…。
「あんた…何やってるの…ついに、あたしにも手を出そうとしてるわけね!」
タオルで体を隠しながら、ずり下がっていく。
「ちょ、ちょっと待って! それも違うけど、全部違う!」
「全部違うって何なのよ! じゃあ、なんで女湯にいるの!?」
「き、記憶喪失で男湯と女湯の違いが分からず、結果、女湯に入っちゃってたんだ! 誰もいなかったから人が入ってくるまでわからなかったんだよ!」
僕は何とか立ち上がり、弁明しようとした。が、
「え? い、いやああ!」
バキッ!
「うごはっ!」
ライカの視線は僕の下半身に向いていた。
そのまま綺麗にローリングソバットを僕の顔面に叩き込む。
僕の方はライカのいろいろは全く見えていない。
さすがだった。
「いたたた、き、聞いてくれ…」
「信じたいけどさすがに…」
う~ん、とライカが真実の狭間で迷っていると、キャッキャキャッキャと、風呂場の方から声が聞こえてきた。まさか、さっきの2人の女兵士か!? バカな、早風呂すぎるぞ、ちゃんと洗っているのか!
「人が来る、さすがに、あんたが見つかると大問題になるわ! こっちよ!」
「うわわわわ!」
僕は腕をつかまれたかと思ったら、バタンと、扉が閉まる音が聞こえた。
な、なにぃ! 何が起きた!?
「ちょっと動かないでよ…って、しまったわ! なんであたしもいっしょに隠れなきゃならないの!?」
入口近くにあった、2人分は入れる大きな清掃用具入れに、僕とライカはぎゅうぎゅうに入ってしまったようだ。ま、まじかよー! せ、せまい…。
「うぁん、ちょ、ちょっと、う、動かないで…」
うごはっ! 仏様はさらなる試練を僕に与えた!