1-18 人・生・旅・立
というわけで、目が覚めると村に戻っていた。
どうやらRPGのように死んで村に戻されたのではなく、ライカが運んでくれたらしい。
ボロボロになった僕を見て、3人はすごく怒っていた。無理をしないでと。本当に申し訳ない。
まだ、体は痛むがシールディのかけてくれたという回復の魔法の効果のおかげで、すごぶる体調は良かった。僕のそばにぴったりとくっついて離れないビジットを除けば問題はない。
ここは、アッザムの村の村長さんの家。僕らは、出発の日、朝食にお招き頂いて、あやかっていた。
「ほっほっほ! たんと、食べていってくだされ。本当に、魔物退治、ご苦労様でした」
「本当よ、あなたたち、勇者様の足を引っ張ったらだら、ダメなんだからね! あ、こっちのお肉もおいしいわよ、勇者様! あ~ん・・・」
「い、いや、僕、お腹いっぱいだからもういいよ・・・」
「だめよ! 怪我もまだ完治していないんだから! 未来のお嫁さんとして、食生活も管理させてもらうんだからね!」
「うっざ! だいたい、魔物倒したの、私じゃん!」
怒りの眼差しでライカがこちらを見ている。ビッケとシールディは、涼しい顔をして、朝食を楽しんでいた。
「まあ、結果オーライです。村長さん、また、魔物が出たら連絡をください。すぐに駆けつけますので」
「ありがとうございます。私たちも手を焼いておりましたからな。さすが、勇者様。1日で倒して頂けるなんて」
「そう、今回の戦いは、忘れられないものだわ。だって、私が勇者様に、ぎゅっと抱きしめられて『もう、離さない』って言われて、愛の告白をした日ですもの!」
「いや、してない」
この戦いによって、ビジットの勇者に対する見解が復活した。正直、戻らなくても良かった気がする。
「そうなのね。じゃ、勇者は村に残るのね。バイバイ」
「ちょ、ちょっとライカ、冗談はよしてよ。僕が、残るわけないじゃないか」
「さっさと、行きなさいよ! そして、勇者様、ずっと、い・て・い・い・の・よ!」
腕を掴んで離れないビジットと、その対面で火花を送ってくるライカ。
氷水とお湯を同時にかぶった心境である。
「まあまあ、お二人とも喧嘩なさらずに。勇者様は、次のWLUのお仕事が入っていますから、ここでゆっくりされていては困りますよ」
「ええ!! また、どこかへ行っちゃうの!?」
まさかの『せかいだいちゅきれんごう』を略して、worid love union だった! いつの間に!
「そうです。次は、バルイダムへ行かないといけませんね。ちょっと遠いので、今から出発してギリギリ予定通りにつくかどうかです」
「そうよ。もともと、あんたが魔物退治を引き伸ばして、遊びに行っていたから、こんなに予定が詰まったんじゃないの!」
いきなり、ライカに掴みかかられた! ご機嫌が斜めだ。
「記憶がないから、わかんないよー」
「あんた! 都合がいい時にだけ記憶を失ったふりしてるんじゃないわよ」
「お医者さんにも診てもらっても原因不明だったんですから、気長に解決方法を探しましょう」
村のお医者さんにも、記憶喪失を相談したが、解決方法は出なかった。そりゃ、記憶喪失でなく、魂が入れ替わったわけなので、治せるわけはない。
「バルイダムですか~。こりゃまた、遠い国ですな。3人の美女3姉妹のお姫様がいらっしゃるところではないですか?」
「さすが、村長さん、良くご存知ですね。そうですよ。有名人ですからね」
「ぜひ、サインをもらってきてほしいですなあ」
この世界にもサインという概念があるらしい。
美女3姉妹・・・か。何か、とっても嫌な予感がするが、僕は聞かなかったことにした。
「ええ~! いや~よ~。ねえ、勇者様、次はいつ、こっちに帰ってくるの?」
「そんな予定はないわよ。今回の件もイレギュラーで組んできたんだし」
「あんたには、聞いてないの! 勇者様に聞いているんだから!」
また、喧嘩が始まった。
そういえば、思い出した。
「いつこの村に来るかは、分からないけど、とりあえずこの槍はビジットに返しておくよ」
「え? いいわよ、勇者様。これはあげるわ。私だと思って、肌身離さず持っていてほしいの」
そいうので、武器を渡すのはおかしいだろ! アクセサリーじゃあるまいし。
「い、いいよ。とても、助かったよ。ありがとう」
僕は、強引に槍をビジットに渡した。
「いらないって、いってるでしょ。持っていって」
「いや、いいよ、返すために持ってきたんだから」
押し戻されたので、また押し返した。
しつこいぞ!
「いや、いいって、刃物がついたものをそんな扱いしたら、危ないよ」
「危ないのはなれっこよ。それに、すでに私の心は一生忘れられない怪我を負ったんだからね!」
だからね! っと、とっても素敵なウィンクをされましても!
「と、とにかく! うけとってくれよ!」
「いいって、言ってますでしょ!!」
グイグイと押された槍は、二人の間で行き場所を失い、スポーンと対面にいたライカの方へ倒れた。
「ほえ?」
パンを口にくわえたままライカは間抜けな声を出した。
槍の刃は、スーッと音を立てずに、ライカの上着を切り裂いて床に落ちた。
避けた服からは、ライカの下着があらわになった! うそー!
「ほっほっほ。これは綺麗な花柄ですな」
「えええ!! きゃー!!!」
とどめを刺す村長。
慌てて胸を片手で隠して、もう片方の手は一瞬で槍を握っていた。
さすが盗賊! 動きが早い。
「あんたた!! 許さないんだから!!」
「ちょ、まって、偶然だから、偶然!」
「偶然で、下着を見られてたんじゃあ、やってらんないのよ!!
ぶんぶん槍を振り回してライカが迫ってきた!
「勇者様、このまま2人で逃げてしまいましょう! ほら、こっち!」
「2人で逃げないけど、今は逃げる!」
「待ちなさい!! 一回刺さないと気が済まない!!」
僕は、扉を開けて外に出た。
太陽が眩しい。
これから、僕はまた苦労するかもしれないけど、自分で決めたこの世界の新しい人生。
もちろん不安は残ってはいるけれど、どんなことが待っているかのか、未来に対して期待している自分に気がついて、棒はとっても嬉しく思った。