少女の心
危なかった。本当に危なかった。
クラウドが身を挺して女の子を守ってくれなかったら、私は一生悪夢にうなされていたわ。
もう少しで自分を呪うところだったよ。
とりあえず、女の子は欲しがっていた水をお腹いっぱい飲むことが出来た。
「げふっ…」
溺れる程に…
現在は私の火の魔法、『ファイアーボール』で作った焚火で服を乾かしているところ。あーんど、腰を下ろして今後についての話し合をしているところでもある。
そんな中、
「あ、ありがとうございました」
体を震わせながら、女の子が第一声として、私達に感謝の言葉を口にした。
ごめんね。寒いのは私のせいだよね。
女の子はそのあと、しばらくの間口を閉じていたのだけど、急に何かを思い出したかのように目に涙を浮かべ、
「ひっぐ、うぐ…」
と、泣き始めた。
「どうしたの? まだどこか痛いの? (それとも寒いの?…)」
「うっぐ、お父さんが、お母さんが、うわあああああああ」
両手で顔を覆い、泣きじゃくる女の子。
今は話しかけない方がいいだろうと、私達は彼女が落ち着くまで静かに見守った。
唯一、プレセアだけはイライラしてるように見えたけど…
10分くらい経った頃だろうか、女の子はようやく泣き止み、落ち着きを取り戻すと、もう一度私達に『ありがとう』とお礼を言った。
続けて、『迷惑を掛けてごめんなさい』とも。
「ううん。いいのよ、気にしなくて」
…
……
参ったな。
これ以上言葉が見つからないや。
こういう時何て話しかけたらいんだろう。傷だらけだったことも、さっき言ってたお父さんとお母さんについても、聞いていいのか、どうやって聞いたらいいのかも分からない。
気の利いた話しの掛け方ってどうやるんだっけ?
ああ、ずっと引き籠ってばかりいたから、コミュ症をこじらせちゃったよ。
もっと外に出て人と関わっておくべきだった。
気まずい空気が流れる。
クラウドは敢えて話さず、私がどう出るのか待っているみたいだった。
主であるアリシアの全ての行動に従う、純信な騎士って設定だったけど、こういう時は裏目に出ちゃうな。
「ねぇ、あんたどうしてそんな小汚い格好でぶっ倒れてたの?」
うお”い!
空気を呼んだのか、ただ痺れを切らしただけのか、唐突にプレセアが女の子にぶっ込んだ質問をしやがった。
こいつはこいつで、私とは違うタイプのコミュ症だな。
大体プレセアあなたね、人の身なりをとやかく言える格好じゃないでしょ。
Tシャツにパンいちって、しかもそのフリルのパンツ。課金で当てたお気に入りのレアアイテム、『スノーホワイトジュエル』なんだけど!
なにプレミア倉庫から取り出してんのよ。
TシャツもTシャツで、さっきまで無かった『お姉様命!』って文字がデカデカと背中にプリントされてるし。
炙り出し? それ炙り出しなの? どこに売ってるのよ!?
ちょっと欲しいとか思っちゃったじゃない!!
しかし、そのおかげか、女の子は一瞬うつむいた後、私達と出会う前の事を話してくれた。
「昨日の夜、私が住んでる村に沢山の大人の男の人達が来たんです。それで…」
女の子の話はこうだった。
彼女の名前はリーシャ。 年齢は11。
カーネという村に、両親と兄、4人で暮らしている女の子で、昨日はちょうどリーシャが11歳になる誕生日だったそうだ。
その日の夜、家族4人で慎ましく誕生日を祝っていた時の出来事だった。
カーネ村に30人以上の武器を持った男達が次々と侵入し、リーシャの家族を含む、、そこに住んでいる人達を次々と襲い始めた。
彼等の目的は分からない。
分かっている事は、リーシャの両親が彼女を守る為に盾となって死んだ事と、兄であるエレンもリーシャを逃がす為、囮となって男達に向かって行った事。
エレンのその後の行方は分からないそうだ。
リーシャはエレンと別れた後、一睡もすることなく歩き続けた。
自分を守ってくれた、両親と兄の行為《想い》を無駄にしない為に。
「ねぇリーシャちゃん。私達に何かして欲しい事はある?」
この子に何かをしてあげたい。そう思ったら、私は無意識の内に彼女にそう声を掛けていた。だけど、彼女は私の目をみながら、首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。十分すぎる程の事をもうして頂きました。これ以上は…」
戸惑いを見せ、困った表情でそう答えるリーシャ。
彼女は、嘘を付いている。
言いたい事を口にせず、グッと堪えている表情だ。
私には分かる。ううん、誰だって気付く、本当は助けを求めている事を。
さっきから、リーシャはある一定の方向に何度か視線を送っていた。
恐らくその方向にカーネ村がある。
気になっているのだ。
別れた兄と村の事が。
今すぐにでも戻って、お兄さんに探しに行きたいはず。
当然1人じゃ無理だ。
だから、大人である私達に助けて欲しいと思っている。
でもリーシャの良心がそれを拒ばむ。
カーネ村を襲ったのは30人もの武器を手にした男達。
女2人に男1人が手を貸したところで犠牲者が増えるだけ、そう思うからこそリーシャは首を横に振った。
私達を巻き込まない為に。
強い子だ。
本心からそう思う。
日本で甘やかされて育った私がリーシャの立場だったら、同じことが出来ただろうか。
なってみないと分からないだろうけど、きっとうずくまって逃げる事さえ出来なかったと思う。
容易に想像が出来てしまう、本当の自分が情けない。
だけど、今の自分だからこそ出来る事が有る。
私の理想から生み出された、アリシアだから出来る事。
アリシアには、ユニオンファンタジーで得た力が有る。
魔法が使える。
頼もしい仲間も居る。
だから私は決めた。
リーシャの心の声に、応える事を。
「プレセア、クラウド。準備して、カーネ村に行くわ」
「仰せのままに」
「はいはい、分かったわよ」
あら? 意外や意外。
クラウドは当然の反応だけど、プレセアは面倒くさいとか言いそうだったのに。
「いいの? プレセア」
「いいも何もないわよ。いつもの事でしょ。お姉様が手当たり次第に困った人を助けようとしちゃうのは」
あ…
言われて気付いた。というか思い出した。
そうだった。私、ユニオンファンタジーじゃ、誰かを助けるイベントがあったら見つけ次第速攻で全部やってた。
それこそ、家でした猫の捜索から町を襲ったドラゴン退治まで。
困っている人を見ると、やっぱりほっとけなんいんだよなー
例えそれがゲームのキャラクターであっても、やらなくちゃって気になる。
逆にリアルだと、気持ちが有ってもコミュ症が邪魔して行動に移せなかったりするんだけどね。電車とかで席を譲ろうとしたくても、結局声を掛けられなくていつも断念しちゃう。
唯一出来たのは、デパートで迷子になっていた子供を迷子センターまで連れていった事くらい。
今にして思えば、その反動で人助けイベントをやりまくってたのかも。
……
何か、嬉しいな…
ゲームの世界であっても、自分を見ていてくれた人の言葉を聞けるって事が、ボッチの私には、今迄無かったイベントだね。
これってつまり、ゲームのキャラクターにもちゃんと心が有るって事なのかな?
だとしたら、画面越しで心を通わせてたって事だよね。
ユニファのプレセアは、いつも私を支えて助けてくれた。
今もそう、お願いも聞いてくれたし、私のする事に賛同してくれた。
中身も外見も私の知ってるプレセアとは違うけど、本質的には姉想いの妹なんだね。
だけど、
「私の性格を知ってるなら、素直にリーシャちゃんに回復魔法を使ってくれても良かったのに」
「ああ、あれはちょっとお姉様の困った顔が見たかっただけよ」
「… そうですか」
前言撤回、只の天邪鬼やないかーい!