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その町は日々平穏では無い(仮)  作者: 山田二郎
毒女
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毒女 1

 日々平穏  毒女 1




 世界は滅べと私は願っている。何もかもが一瞬にして消えてしまえとそう思っている。


 母が私を産む数十年前、世界を巻き込んだ大きな戦争が世界を壊した。でも世界は滅ぶこと無くそこにあり続け、そして私が生まれた国は全く戦争の影響を受けることなく一つの国としてそこにあり続けた。そんな歪な国に生まれた私に待っていたのは絶望だけだった。

 私だって最初から世界が滅べと願っていた訳では無い。夢だって希望だって持っていた。母に毎日のように浴びせられる罵声と苦痛。それでも子供であった私にはそれが日常であり何も疑わなかった。疑う対象が無かったからだ。母だけが世界の全てであり、そして生きる道だった。でもある日、自分の日常が日常では無い事を知った。

 それは寒い冬の夜、家に帰って来ない母を探そうと決心し、私にとって世界の全てだった狭い部屋から初めて飛び出した時だった。

 テレビもラジオも無い部屋でジッと石のようにしていた私にとって、母と暮らした狭い部屋が世界の全てであった私にとって、目に映るもの全てが新鮮であり、そして怖かった。

 夜空からユラユラと落ちてくる雪さえ、それが何なのか分からず怯えながら私は雪を避けた。部屋の温度と殆ど変わらない外の寒さに凍えながら、ひたすらに伸びた一本道を歩く私の目に映ったのは、母と暮らしていた世界で一度も見たことの無い暖かな灯りと、そして一度も聞いたことの無い笑い声だった。

 当時の私はそれが笑い声というものであった事も知らず、ただただ胸に違和感を抱いていた。それが妬みという感情とも知らず。そしてその日が子供にとって幸せな日である、クリスマスであることも。

 その日私は母と暮らしていた狭い部屋の外に本当の世界がある事を知り、そしてそんな世界なんて滅びろと願うようになった。

 なぜ私は狭い部屋の中で、凍えながら這いつくばるように生きなればならないのか。あの暖かな灯りに照らされること無く、声を押し殺さなければならないのか。私をそんな状況にした母を恨むのではなく、私に見せつけてくるその大きな世界を恨んだのだ。母はとは出会えなかった。そして私も母と二人きりの世界に帰ることは無かった。

 見知らぬ世界を私はただ歩いた。素足であった私の足は血まみれになったがその痛みよりも目に映る大きな世界の光景に胸が酷く痛むほうが強く苦しかった。

 なぜ私以外の人達は皆笑顔なのだろう、なぜ私よりも自由なのだろう。何も無い狭い部屋でジッとしていた私にとってその光景は鋭い針のように私の胸を刺してはえぐった。

 どれほど歩いただろうか、永遠とも思えるほど歩き回ったようにも感じる。しかし子供の体力でしかも狭い部屋から出たことの無かった私の体力はどれほどの距離も歩いていなかったのかも知れない。しかし当時の私にとって母と暮らしていた世界から外に出たということは、それだけで途方も無く感じたのだ。

 右も左も分からない大きな世界で途方にくれながらしだいに体を蝕む疲れは、私の動きを止めさせる。道端で突如として動けなくなった私は、自分に落ちていく雪の冷たい感触を感じながら意識が遠のくのを感じていた。

 動けなくなった私を避けながら通り過ぎていく人々。だがそんな私を見る者はいない。いや見ていたとしてもその人々は母が見つめるような表情で動けなくなった私を一瞥して去って行った。その視線が何を意味するのか当時の私には分からなかった。それが人を拒絶する感情である嫌悪である事を知るのは消えゆく意識の中で私は呪文のように再び願う、世界よ滅べと願ってから遥か後の事であった。

 次に私が目を開けた時、私は白い部屋の中にいた。何もかもが真っ白で母と暮らしていた世界でも、部屋を飛び出し見つけた大きな世界でも無い、何も無い世界。

 ああここが私か望んだ世界なのだと思った時、突如として私の目の前に笑顔を向ける人の男が現れた。

 その男は言う。「君が望む世界はここじゃない……でも私なら君を望む世界に連れていくことができるかもしれない」と。

 常に笑顔であったその男の言葉は私の心を動かした。世界の滅びを望む私の心を強く突き動かした。誰も私を見ようとしなかった、母のような表情で私を見ていた人々とは違う、確かに私に向かってそう口にした男の言葉に。

 私はその男の言う私の望む世界に連れていってもらうためにゆっくりと頷いたのであった。




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