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その町は日々平穏では無い(仮)  作者: 山田二郎
毒女
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駄話 2



 駄話 2



 あれだけ何かこれから起こる感をだしておいて、一切何も起こらずクリスマスは過ぎて行き年末恒例の紅白な歌合戦も笑っちゃいけないも通り過ぎ、気が付けば年が明け近くの神社に初詣に行く事も無く、餅や雑煮を食べること無く全く正月感がないまま正月も過ぎ、休みの気怠さも抜け世の中は二月を迎えた頃、俺が経営する大人の社交場、『日々平穏』には季節外れの常連客がやってきた。


「だっはぁ~マスター! とりあえず生!」


「ここは居酒屋じゃねぇ」


お客がやってきた事を知らせる鈴の音とともに疲れ切ったような声で俺に生ビールを注文してくる常連客。大人の社交場ではあるが『日々平穏』は断じて居酒屋では無い。俺はもっとスマートに注文出来ないものかと、カウンターの壁際に座った常連客に抗議する。


「ええ、いいじゃん……居酒屋もBARも酒を出す所だろ」


だが俺の言葉は通じず、常連客は俺が持ってくるとりあえず生を待っているのであった。


「はぁ……たく、そんな姿夢見る少年少女には見せんじゃねぇぞ」


俺は注文を待つに常連客にそう言いながら、ジョッキを手に持ちビールサーバーに手をかけジョッキにビールを注ぐ。


「早く早く!」


 俺が注ぐビールを心待ちにする常連客の名前はニコ。勿論本名では無くその名前はビジネスネームみたいなものだ。俺もニコの本当の名前は知らない。

ニコはこの町で何でも屋という仕事をしている。何でも屋というからには、探し物から犬の散歩、夫や妻の浮気調査、落としたコンタクトレンズを探すなど兎に角何でもやってくれると評判なこの町では有名だ。そしての何でも屋で働いているニコは、何でも屋以上に有名であった。というよりもどちらかと言えばニコの姿の方が何でも屋や本人を有名にさせている。

 巷ではニコの事を会いに行ける都市伝説なんて呼ぶ奴も多い。他にもニコを示す呼び名は色々あり、季節外れのサンタクロース。真夏のサンタクロース。血に飢えたサンタクロース……なんて呼び名もある。

その原因としてニコは一年中サンタクロースの恰好をしているのだ。新入生や新社会人があらたな場へと歩き出す季節にも、服を着ていることが馬鹿馬鹿しく一枚でも脱いで涼しくなりたい季節も、少し切なくなりながら読書だ! 芸術だ!と叫びながらも結局食欲が一番な季節も、そしてニコと同じ姿をしている方々にとって一番活躍する季節もニコには関係なく年を越してすでに二月に入っても年中無休でサンタクロースの恰好をしている。


「ほら生だ」


「マスター、そこは生一丁お待ちだろ」


「だからここは居酒屋じゃねぇよ」


「なんだよノリが悪いな」


ニコという存在はこの町から冬季限定レアキャラであるサンタクロースを日常から見ることができるノーマルキャラに陥れたという深い罪がある。

十二月になるとケーキ屋や呼び込みのバイトの人々がサンタクロースの恰好をするというお約束が他の町にはあったりなかったりするが、この町のケーキ屋や呼び込みのバイトの人々にはそのお決まりが通用しない。なぜならサンタクロースの姿をしたニコが常に町をウロウロしているからだ。全くサンタクロースという存在が珍しくないのである。この町の人々はニコの所為でサンタクロースという存在をいい意味でも悪い意味でも身近に感じている訳だ。本人は全くサンタクロースとしての自覚が無いというのに。

ニコはサンタクロースの恰好はしているが、サンタクロースでは無い。十二月の二十五日の夜に子供部屋に忍び込んで枕元にプレゼントを置いて行かないし、空飛ぶトナカイを引きつれソリに乗ったりもしない。とある国で発行されるサンタクロースの資格を持っている訳でもない。無免許医師ならぬ、無免許サンタクロースなのである。まあそんな事を言ったら、この町以外でサンタクロースの恰好をしているケーキ屋や呼び込みのバイトの人達全員が無免許になる訳だが……。

それじゃなぜニコはサンタクロースの恰好をしているのか……それがニコの仕事である何でも屋の制服だからだ。しかも制服と言いつつ着ているのはニコだけだ。他の従業員は間違ってもサンタクロースの恰好で仕事をしたりはしない。普通に私服で働いている。まあ当然といえば当然だ。だれが好き好んで一年中サンタクロースの姿で仕事をするであろうか。じゃやはりニコは進んでサンタクロースの恰好をしているのかと言われればやはりそれは違う。俺には何が何だかさっぱりだが、全部何でも屋の社長命令らしい。なぜニコがサンタクロースの恰好をしなければならないのか理由は知らないが、兎に角何でも屋の社長の命令は絶対だそうだ。

俺の店にも何度か顔を出したことのあるニコが働く何でも屋の社長は、一言で言えばサンタクロースだった。あんたがサンタクロースの恰好をした方がいいのではないかと思うぐらい、皆がイメージするサンタクロースに酷似した容姿をしていた。そして極め付けは何でも屋の名前、『あなたの何でも請け負います、何でも屋サンタクロース』……うん悪ふざけも対外にしてほしいものだ。


「なあマスター、さっきから何小難しい顔してるんだ?」


「はぁ……お前さんの社長さんはなんでサンタクロースの恰好をお前さんにさせるのかなってな」


俺は何でも屋の社長の考えがさっぱり理解出来ない。店の前もそうだし、ニコにサンタクロースの恰好をさせることもそうだ。はっきりいって悪目立ちしている。まあ宣伝効果になっているようで、何でも屋の経営は安定しているようだが。


「明らかに限られた時期以外浮く姿だろ?」


「そうか?」


首を傾げるニコ。


「はぁ……」


俺が深いため息を吐いたと同時に店に客を告げる鈴の音がなり、店の外からこの店には相応しくない常連客である優斗が入ってきた。


「僕まるであんたみたいに狂気な表情浮かべてメリークリスマスって叫ぶキャラが出てくるゲームをやった事があるよ」


優斗は言って来て早々に、これまた懐かしいゲームの事を口にした。


「……ああ、あれか……懐かしいな……未だに中古でも高いんだっけか?」


一部の者には未だ名作と語り継がれるそのゲームの話に俺は自分の知っている知識を上乗せする。


「うん、色々なハードで出ているんだけど、未だにディスク版は根が張る……ねぇ僕お客なんだけど……」


途中まで話して優斗は自分が客である事を主張した。


「ああ? ……酒も飲めない糞ガキが俺の店の客な訳ないだろ……て、そもそもあのゲーム18か15指定入っているだろ?」


大人の社交場に来るだけでは飽き足らず、そんな違法まで犯すとはどんな悪ガキだこいつは。


「そんなのあってないようなものじゃん……僕贔屓にしているゲームショップで、何かいいゲーム無いですかて店員に聞いたら、それ出されたし……」


……うん、その店員はいいセンスをしているが、年齢に達してない青少年になんてものを売りつけるんだ。


そんなことを口にする優斗はいつもより素直にそう返事すると自分がいつも座る俺の真ん前に座った。優斗の表情は今にも眠りそうなほど表情に覇気が無い。だが別にその事について俺は心配していない。それはいつもの事だからだ。

 優斗の表情を見てそろそろだなと思いながらカウンターの下にある小型の冷蔵庫を開ける。

 優斗がこの表情になるとそれから数日後には、優斗はパタリと俺の店に来なくなる。正確ではないが、店に来てから二週間ほど経つと優斗は店に来なくなり、そしてまた二週間経つとまた店に顔を出すようになるのだ。その理由を俺は知らないし、優斗に聞いたことも無い。


「ちぃ……商売敵がきやがった」


そこでニコが優斗から顔を背けるようにして体勢を入れ替えジョッキに入った生ビールに口を付け、喉を鳴らしながら飲んだ。どうして何でも屋であるニコと自称情報屋である優斗が商売的なのかそれはニコの裏の顔にあった。というか何でも屋の裏と言うべきか。

 表では普通の何でも屋として営業するサンタクロースには実は裏の仕事が存在する。

中二だ何やと言われそうだが事実だからしょうがない。裏の仕事とは文字通りこの町の裏の何でも屋だ。

 この場では語れないような危険な仕事を表の仕事と並行してニコは行っている。そしてそちらの仕事も表以上に有名でありそして業績もいいらしい。ちなみに血に飢えたサンタクロースというニコの呼び名は裏に生きる人達がつけた呼び名だ。赤を主体としサンタクロースの衣裳が返り血で本当に真っ赤に染まったニコの姿からそう呼ばれているらしい。本当にあのゲームに出てくるキャラその者だ。


「ああ、悪いが彼奴も来るぞ」


ここで俺はニコにもう一つ悪い知らせを伝える。俺のその言葉にさらに機嫌の悪い顔になるニコ。

それもそのはずで今からやってくるであろう常連客は優斗以上にニコにとって商売敵である存在だからだ。


「マスター、もう一杯生!」


ニコは手に持った生ビールを一気に飲み干すと勢いよく俺に生ビールのお代わりを注文してくる。ここは居酒屋じゃないと何度言えば理解してくれるのだろうか。


「お前、いい加減他の酒の味も覚えろよ」


客のお代わりに対して俺は文句をたれる。たまには高い酒を注文しろよという意味が込められていたのだが、目の前のニコにはそれが理解できず、早くと催促それた。だが悲しい事に俺の店にやってくる常連客の中で一番まともなのはこのニコだ。ちゃんと酒を注文して金を払っていく常連客はニコと後は僅かにやってくる普通の一般客だけだからな。俺は優斗の前にオレンジジュースを置くと、今度はビールサーバーに足を向けた。


「うーん、どうも洒落た酒は口に合わないんだよな……ないそういうの?」


「ふん、知らん……俺はこの店のマスターだからな、とりあえずこの店にある酒は全部飲める」


俺はこの日々平穏のマスターの威厳を見せつける。


「ふーん」


しかしニコは俺の話に全く興味の無いと言った相槌を打つだけだった。興味が無いなら話を振るんじゃないよ。全くこの店にやってくる常連客はろくな奴が居ない。


「……僕はオレンジジュースが……」


「ガキは黙ってろ!」「子供は黙ってろ!」


寝ぼけているのか優斗は俺とニコのどうでもいい会話に入ってきた。ニコと言葉が重なり何とも気持ちが悪い。それはニコも同じようで俺と似たような表情を浮かべていた。


「はぁ……てか優斗……そろそろ辛いんじゃないのか?」


「……あ、うん……ちょっと眠い」


「これだからお子様は……」


ニコは勝ち誇ったように優斗にドヤ顔を向けるが優斗は全く反応せずに目を擦っていた。普段の優斗ならばニコのコメカミに青筋が立つぐらいの罵詈雑言を浴びせるのだがその気配は全くなくただ無視するだけだった。

 ニコは優斗の罵詈雑言を身構えて待っていたが空振りに終わり調子が狂ったのか舌打ちした。

コクリコクリと頭を揺らす優斗。そんなに眠いのならば早く家に帰って寝ればいいと思うのだが優斗は帰ろうとはしない。なぜならば優斗は仕事の相手、待ち人を待っているからだ。

 

「そういや、マスター……最近この町で噂になっている毒女の話知っているか?」


ニコが俺の置いた二杯目の生ビールを煽りながら、毒女の噂について聞いてきた。

 毒女――名が示すように毒を持つ女の事であり、最近この町の歓楽街を騒がせている噂、

都市伝説だ。都市伝説と言ってもこの町にだけで広まったローカルなもので、他の町でこの

話をしても失笑、もしくは鼻で笑われるのでもしいいネタ仕入れたと思ったなら残念だが

他の町でその話はしない方がいい。

この町の最も身近な都市伝説と言われ、親しまれ時に恐れられるニコの口から、都市伝説

という言葉がでるなんて何とも滑稽だなと思いながら俺は顔を横に振った。


「いいや、詳しくは……」


俺は嘘をついた。実はまあまあ知っていたりする。それは俺が経営するこの店とは別の仕事

に関係していたりするからであり、詳しくは教えられないからだ。結局俺もニコの商売敵と

言うわけだ

 『毒女』は歓楽街で男をターゲットとした謎の女だ。歓楽街で一夜を共にする女を探す男

の前に現れ、その妖艶な色気で誘い床を共にする。次の日には昇天とも苦悶とも見える表情

で息絶えた男の姿だけがその場にあるという、歓楽街で女をひっかけようとしている男に

は天敵なこの町のローカルな都市伝説な訳だが……。


「それがさ……」


ニコはビールを飲みながら、まるで居酒屋で話しだすサラリーマンのように毒女の話を口

にしようとした瞬間であった。客を告げる鈴の音が店内に響き店の扉が開いたのだ。そこに

立っていたのは、全身黒ずくめで、それだけで怪しいのに顔を覆い隠す仮面をつけた、見る

からに不審者であるこの店の金にならない常連客その二であった。


「優斗、待ち人がやってきたぞ」


もう半分眠っているのではという表情をした優斗は俺の声を聞き、弱々しく頷くと席から立ち上がり、フラフラと仮面の男と合流一緒に店の一番端にある席へと向かって行く。

 話を遮られたニコは不満そうな表情で一番端へと向かった優斗と仮面の男を見つめながら再びビールを煽った。

 俺は仮面の男が好んでいるビタミンCの化身である炭酸飲料を用意するため、カウンターの下に設置した私用の冷蔵庫を開けるのであった。


  日々平穏に流れていたこの町のなんてことの無い風が微風に代り、そしてその風は次第に強風となって嵐に変貌していく。

まるでそれは風によって散らばっていたピースが集まりそれを知った運命とやらが、ゆっくりとそのピースを組み立て始める。まるでそれが物語の始まりというように。

 俺はそんな事を頭で考えながら、今か今かと俺が持つ炭酸飲料がやってくるのを待つ仮面の男と、コクリコクリと頭を下げる優斗がいる店の一番端にある席に、炭酸飲料を持って向かうのであった。



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