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09 ちょっと力の差歴然って感じが無くもない

「よぉ……サクラぁ」


 しんでるかと思ってた、ブタ野郎・タローだった。


「久しぶりだな。オマエ、相変わらずチビで胸もねえな、オヤジもう死んだか? で、金持ってね? ああ?」


 アタシには兄がひとりいる。認めたくないけどいる。九歳年上、タローという。

 タローは近所でも評判のワルだった。中学卒業後からずっとフラフラして定職はおろかバイトひとつせず、ママを殴っては金を引ったくり町に繰り出し、遊び歩いて疲れると連れの家を泊りあるいていた。そんで、連れから愛想をつかされるたびに戻って来て、家庭内で暴力をふるう。サイテー野郎だったわ。


 アタシはまだチビだったということもあって実害はあまりなかったんだけど、それでもアタシが十歳の誕生日の晩、ヤツのせいで誕生会はメチャクチャにされた。

 ナマ刑事が土足で踏み込んでくるお誕生会って考えられる?

 まあ、ナマ刑事たちは後から、すみません、とっさのことで靴が脱げなかったんです、と謝って廊下を雑巾がけして帰ったけどね。


 タローは近所の『イケスカナイ』おっちゃんの家に火を点けようとした罪でそのまま連行。カゴの中でも色々と問題を起こしてシャバは遠のくばかりだったらしく。

 でもまあ、それから六年間は平和な日々だった。

 それが今さら、戻ってくるなんて……マジ、忘れかけていたのに。


「オイ、なんか食うもんねえのかよ」

「……ないよ」

「オフクロは? もしかして死んでくれた?」

「パートだってば。ねえ」

 アタシは勇気をふりしぼり、一歩前へ。

「平和に暮らしてるんだから、出てってくんない?」

 それに対する返事がこれ。

「はあ?」

 カンゼンに舐めくさってる。ブタが鼻を噴きながら笑っている。

「ヘイワに? なにそれ」

 ゆらりと身体を傾け、アタシの方に一歩迫った。

「なにオマエ、オレがいなくて平和だったって言いたいワケ?」

「……」

「いつからそゆ口きくようになったワケ?」

「……」危険な目の色。目の前の女子高生が急に、身内でも、チビの妹でもなく、

「ここさ、オレのウチだし。ところでオマエさ」

 ひとりの単なる『次のイケスカナイヤツ』として。

「何か急によ……イロケづきやがってさぁ」

 ヤツの血走った眼が濡れ濡れと光ったのに気づき、口の中がカラカラに干上がった。

 やばい。完全にロックオンされた! その時


「ぴぎゃあ」

 いつの間にか背後にいたみどろちゃんが、啼いた。そして


 ぴょるっっっっっっ


 アタシと、アタシに掴みかかろうとしていたタローの腕に影が射した。タローは一瞬、ぎらついた目のまま半分口を開き、それを仰ぎ見た。が、ゆっくり見物している時間はほとんどなかっただろう、たぶん一秒の半分くらい。

 太い鞭のような肉色の固まりがしなやかに弧を描き、アタシを大きく跨ぎ越し、タローを頭からすっぽりと包みこんだ。あへ、とかあげ、とか脇の下から声出したみたいなヘンな叫びだけを残し、タローの頭が、そしてあっという間に汚い靴下の先まで見えなくなる。鞭が不透明の膜になって、細かい血管らしきものが膜の表面に網の目のように走っているのが見える。

 タローだったものは肉色の飴細工のモトみたいにくるりと上に巻き上げられる。

 そして、ホントに飴細工みたいにくりっと小さく丸められて私の肩越しに運ばれた……みどろちゃん本体の内部なかに。


 あっという間に、アタシの、そして我が家の長年の悩みが消え去っていた。

 いいんだろうか? ってくらい、あっけなく。

 ひとっ垂らしの染みも残さずに。雑巾がけの必要もなく、ね。


「みどろさん」

 ゆっくりとふり向いて何の感情もこめず、呼びかけたみどろちゃんは、いつもと変わらないサイズとぬめり加減で、ぐびぐびぐびとうれしそうに喉を鳴らし続けていた。

 うん、だから喉ってどこ。

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