03 ぜんぜん人の話を聴いていない
「何でなんでなんで、あんなユーレイ病院の前通るのよっ」
「えー、涼しくていいじゃん? それにあそこの自販機、まだ昔の値段で買えるんだよ」
お得じゃん? まあ、あんまり冷たくないんだけどね、と爽やかに笑うむっちゃん。
だからそこ、疑問を持ってほしい。
アタシの無言の突っ込みにもまったく気づかないむっちゃんは続ける。
ジュースを買っていたら、自販機の影から『可愛い』鳴き声がしたので覗いてみたら、これが『うずくまっていて』『つぶらな瞳で』見上げてきたのだそうだ。
「ねえ」
アタシはできるだけ、むっちゃんの抱えているソレを見ないようにしながら言った。
「まず、あそこを通ってあそこの自販機で飲み物を買う所から人生設計まちがってる」
「何て名前がいいとおもう?」
「ふぇっ?」
驚いた、おどろいたよこの子。全然人の話を聞いてません。
「飼うの? もしかして」
おそるおそる訊ねると、むっちゃんは頬を染めてこくんとうなずいた。そしてぱっと顔を上げる。
「みどろちゃん、ってどうかなー」
よりによって、そう来たか。来ましたか。
アタシは勇気をふりしぼり、もう一度だけ「みどろ」なソイツをみる。
ソレはぴっちょりと全身をむっちゃんに預け、右手人差し指であごの下らしきあたりを『ホリホリ』されてうっとりしている、ように見えた。
「どお? みどろちゃん、名前気に入った?」
むっちゃんがぎゅむ、と抱きかかえると、ソレは腹が鳴るような音を立てた。
何か赤い液体が飛んで、部屋の床に丸い染みをつくった。
「あはははは」むっちゃんが笑う、アタシも刺激しないように「あははは」乾いた笑い声をたてた。
ソイツが、目のひとつを開けてこちらを見た。
泣きそうな夏休みが始まった。