16 夏休みが終わらないこともない
むっちゃんが両手に掲げ持ったのは、まさに、アレだった。
大きさはオトナの猫くらいだが、どんより赤黒くて何となくじっとりと血塗られたように湿っていて……
「もう、いっぱい居てさ~、どれ連れて帰ろうか迷ったよ~」
その中でもいちばん「人懐っこそう」で「柄のカワイイ」ヤツをみつくろってきたんだと。
「けっこう相性があるみたいで、トモグイも発生するらしいよ、ひどい時はさ」
「よかったね~」アタシはもう、棒読みです。
その修羅場からどうやって帰ってきたかは、もう聞くまい。
「でさ、みどろちゃんはどこ?」
アタシは、ゆるゆると部屋の隅に目をやった。
明け方帰って来ていたみどろちゃんが、ふかふかのオフトンを積んで、染みができるだけつかないように新聞紙でカバーした上に、ぐっすり(多分)眠っている。
「あっ、いたな! 起きろ、お~き~ろ~、コラっ! ママが帰ってきたよ~」
充血して黄色く濁るこのゴルフボールみたいな目が、いっせいに開いた。
「ちょっと、大きくなったかな?」それからむっちゃん、急に真顔で訊いてきた。
「ねえ毎日、ちゃんと決まった量しか、あげてないよね?」
「……何を」
「エサを!」
「えっ、エえええサ」ついどもってしまう。
「ちょっと…………ちょっぴり、食べ過ぎてたかも」
「ダメじゃーん!」むっちゃん、みどろちゃんの鼻先(暫定)をぴしんと指ではじく。
「ママが帰ってきたから、これからダイエットだぞ~、いいか?」
みどろちゃん、興味なさげにまた目を閉じる。
「それよか、お、と、も、だ、ちを、つれてきたんだよ~」
むっちゃん、床に置いた『おともだち』を抱え上げると、ぐいぐいと、みどろちゃんに押し付けている。
(頼む……)アタシは思わず息を止め、天に祈りを捧げていた。
(共食いしてくれ!)
ふたつの相性は、よかったようだ。
「ねえどーしよ、」今ではお互いに喉を鳴らして絡まり合う、二体を満足そうにながめ、むっちゃんが言った。
「たまに、こーして合わせてあげようよ」
っつうか、もう一体は、ここで飼うって前提か?
「でさ、赤ちゃん生まれたら半分こして」
おのれ、泣く子も黙るブリーダーか?
「あはははは」むっちゃん、ホント楽しそう。
アタシも刺激しないように「あははは」乾いた笑い声をたてた。
泣きそうだった夏休みがようやく終わる。
そして、笑うしかない二学期が、始まる……んだろうか?
(了)