12 注意力はあるにこしたことない
図書館に寄る気も失せ、とりあえず誰かに相談しなくちゃ、とアタシは呆然としながらもチャリを進める、もちろん、みどろちゃんを前かごに載せたまま。
相談、と言えばどこがいいだろう?
っつうか、やっぱ何かと依存してるんだよね、
悩みながら着いた先は、結局学校だった。
でもさすがの夏休み中。誰もいないみたい。と、思ったら一応、事務室には明かりがついていた。それに見上げてみると、いくつか教室にも誰かいるみたいな気配。
息を弾ませてじぶんの教室に駈け上がる。もち、エコバッグごとみどろちゃんも抱えて。
駐輪場に置きっぱなしにしたら、何しでかすか分かったもんじゃないしね。
教室にも明かりがついていた。
教卓に向き合って座っていた担任のシノザキが、
「おや」
レポート用紙の束から顔を揚げ、立ち上がる。
「林さんかぁ……勉強が心配になって、つい学校に?」
「シノザキせんせい……いえ、そうじゃなくて」
入口で立ちすくむアタシに、シノザキが悲しげに微笑む。「まあいいさ」
もちろん、シノザキの担当している日本史Aも、がっつり補習対象だった。
だって縄文時代からしたら十万年以上よ!?
たかが十六年程度しか生存していないこの身一つで補えると思う?
「何か、忘れ物かい? それか、困ったことでも?」
困ったこと、程度ではなく今後の未来を切実に憂慮しているのだとはひとことも言えず、アタシはそのままの姿勢で佇んでいる。
そんなアタシを少しだけ見つめてから、シノザキは教卓に手をついて、ふう、と大きく息をついてから
「せいしゅんじだいが~ ららら~」
低い声で、歌いだした。多分平安時代の歌だ。
たいがい彼が古い歌を口ずさむ時は、決まってその後「世紀のシノザキショー」が続く前触れだ。
彼は基本的に話好きだ。日常の話題では怖いカミサンのエピソードとか今年の味噌作り、とかそんなこんな。説教的な話では戦国乱世と受験戦争との比較とか。どこをどう比較するのか、たぶん死人の数についてだったような。
そして結局、授業が終わるまで、いや、終わってからも独演会が延々と続くのだった。彼の授業の後、例えば鬼のゴトウの体育で遅刻しても、いえ、シノザキ先生が……と言えばにが笑いで済ませてもらえるし。
「にんげん、なんて、」おっとシノザキ二曲目に入った! これは最短でも二時間パターンか?
ひとつだけ彼が素晴らしいのは、聴衆が多数だろうがひとりだろうが、惜しみなくショーを繰り広げてくれることだ。
だがしかし、今回ばかりは、短かったわ。
「なに~かが足りない~……」
シノザキが飲みこまれたのも、いっしゅんのことだった。
先生、足りないのはアナタの注意力かもです。