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Episode 1-2

この学園は、幼等部から大学までのエスカレーター式になっている。

この学園出身というのは、大きなステータスになるので

余程のことが無い限り、外部に進学することはない。


例えば、親の会社経営が上手くいっていない。

例えば、プロのスポーツ選手・芸術家としてスポンサーと契約した。

例えば、語学を磨くために留学する。


これまで

この学園を高等部卒業と同時に去った学生の理由は、上述したいずれかの理由がほとんどだった。



僕は、


そのいずれにも当てはまらない理由で


この学園の大学部には進まず、海外に行く。





———失恋。




それが、理由。



他者にすれば

そんなちっぽけな理由で、と驚かれるかもしれない。

あるいは、笑われるか。


僕自身、自分がこんな理由で学園を去るとは

思っていなかった。



だけど、無理だったんだ。

これ以上アイツの傍にいるのは。



アイツ————榊 玲司。



初等部の頃から、いつも隣にいた玲司に


僕は、ずっと



———恋をしていた。



その恋は、初等部から抱いていた長い想い。

ずっと告げる事無く、僕の中に燻り続けた———恋。




玲司の、人を動かす力と人を魅了するカリスマ性は、生まれ持ったもので

経営者としての才を、幼い頃から発揮していた。


常に人の中心にありながら、己の意を曲げずに通す。

みんなの先頭に立って、明確なビジョンを持って堂々と歩く。

僕は、そんな玲司に憧れた。



初等部の頃、玲司に誘われ、共に歩むようになり

いつも隣にいるのが自然になった。


初等部、中等部、高等部において生徒会を共に運営した。

僕は、玲司を支える事が仕事だった。


ワンマンで俺様っぷりを発揮する玲司を支え、

彼の意を汲み、円滑に進むように常に最善を尽くして来た。

玲司に期待される以上の結果を出せるよう、努力した。


僕の力を認めて、玲司が押し付ける無理難題

それに応える事が、僕の最高の幸せだった。


高等部で副会長に任命されたときも

これまで同様、会長である玲司が持ち出す破天荒な提案を叱りながらも

役員みんなで協力して、他の委員会に話を持ちかけ実現し

最高の学園生活を、生徒達に提供する。


そう、思っていた。



———あのコが来るまで。





あのコに初めて会った玲司が


『おまえ、面白いな。』


そう言って笑ったとき、僕は———怖くなった。




これまで僕ら生徒会役員以外に

自ら話しかけたり、関心を持ったりすることの無かった玲司が


あのコに興味を持った。




今までに無かった状況に、僕は戸惑い、焦った。

これまでは、玲司が誰も寄せ付けなかったから

安心していたのだ。



僕は自分の抱く好意を、玲司に勘付かれることは無かった。

勘付かれないよう、注意していた。


これまでの関係に満足していたから?


違う。これまでの関係が崩れる事が、怖かったから。



玲司があのコに興味を持った事で

僕たちの関係が揺らぐ————直感的に、そう思った。



事実、玲司以外の生徒会役員も

あのコに興味を持ち

彼らの興味は、恋へと発展した。

そのことは、今まで仲良くやってきた僕らの関係性に

波紋を落とした。


会計・書記を務めるやんちゃな双子の後輩、南条 海斗と南条 陸斗

庶務を務める寡黙な後輩、楠木 剣

そして会長の榊 玲司


各々をライバル視するようになり

それは見当違いも甚だしく、僕にも飛び火し

僕ら役員の仲は一気にギスギスしてしまった。



こんなに脆いものだったのか、と

こんなに浅い絆だったのか、と

僕は———悲しくなった。




だけど

壊れた友情にも、あっという間にひび割れた恋にも

浸る暇は無かった。



———役員達の職務放棄。



あのコを盗られてなるものかと、彼らは思い

常にあのコの傍にいるようになったのだ。


さすがに生徒会室に連れ込む事はしなかったものの、彼らがあのコを囲む光景は

中庭やあのコの教室、食堂など至る所で発見された。

僕はそれを人伝に聞くだけで、どうすることも出来なかった。


一度、彼らに仕事をするように説得しに行ったのだが

恋に舞い上がる彼らに、僕の言葉は届かなかった。


『初めてこんなに人を好きになったんだ。副会長も応援して!』


そんなことまで言う始末。

その科白を言ったのは双子達だったが、楠木も玲司も同じような目をしていた。


彼らの輝く瞳に

僕も、現実も———映りはしなかった。



僕は諦めた。

痛む胸を無視することにした。

だって、書類は待ってくれなかったのだ。


日に日に増えていく未処理の書類に、没頭しているうちは

胸の痛みも忘れる事ができた。



まだ、玲司があのコと付き合った訳ではない。

きっとみんな戻ってくる。


きっと、元通りになる。



そう自分に言い聞かせていた。

だから、まだ立っていられた。




しかしあの日、僕は見てしまったのだ。




寝不足で痛む頭を抑え、覚束ない足を引きずり

風紀室へ書類を届けに行こうとしていた。



3階の廊下から、何気なく中庭を見て



———息が 止まった。




中庭の植え込みの傍で


重なった2人。




あのコと



———玲司。




「…っ」



ひゅっと、喉から音が聞こえると同時に

呼吸ができなくなった。


どうやって吸えば良いのか、吐けば良いのか

分からなくなった。


頭痛が ひどくて


足が 震えて 立ってられなくて


後ずさって当たった壁に寄りかかるように 座り込んだ


唇も 抑える手も 震えていて


いつの間にか書類が 辺りに散らばっていた



「…っ、はっ…!!」



あまりの苦しさに、涙が浮かんだ。




「っ!春人先輩っ!!!」




ぼやけて回る視界と、切羽詰まった叫び声が


最後の記憶。










次に

目覚めたとき


視界に移ったのは


白い天井と



ぼろぼろに泣く————親衛隊長。



「はる、ひと…せんぱっ…!」



泣いた姿など見たこと無かった彼のその姿に、


ああ、心配させたんだ———と、申し訳なく思った。


そして

気を失う前に聞こえた声は


やはり、この後輩の声だったと。


本当に頼りになる後輩を持ったと実感したのだ。




泣き止んだ彼が言うには、

僕は4日、眠り続けたらしい。


倒れた原因は、過呼吸と過労と栄養失調。


元々限界だった身体に、強い精神的負荷がかかり

過呼吸になった末、意識消失。


過労と栄養失調のため、点滴をしたが

意識を戻すのに時間がかかったそうだ。



病院に運ばれた日、両親と兄、澤田さんが急いで駆けつけてくれたらしい。


会うのは春休み以来だったが、その頃とは似ても似つかない程

痩せてしまった僕に、涙を零したという。


僕が目覚めるまで、傍に居たかったらしいが

何分両親と兄は忙しい身。

澤田さんに僕をお願いして、泣く泣く仕事に戻る事になったようだ。


澤田さんは?と聞いた僕に、


「俺が持って来た…花、生けに行ってくれてます。」



この後輩は、僕が病院に運ばれる際に付き添い

それから毎日放課後に、お見舞いに来てくれていたらしい。

———花を持って。



外出には、面倒な手続きが必要にも関わらず

毎日来てくれていた事を知った僕はとても、驚いた。


もっとも、毎日のお見舞いや、花のことを知ったのは

彼が帰ったあと

澤田さんから聞いたときだが。



意識を戻した僕だったが、軽い摂食障害になっていたらしく

点滴から普通の食事に変わるまで、時間がかかった。


溜まる書類を想像して、早く学校に戻らなければ、と焦る僕を

澤田さんも親衛隊長も押し止めた。


そして、驚きの情報を聞く。



玲司達が仕事に戻った———と。



僕が倒れて、目が覚めた———と。





僕が見てしまったあの光景は

玲司とあのコが付き合う事になった直後の光景だったらしい。


想いが叶った玲司と

叶わなかった他の人


良くも悪くも、恋の決着が着いたことで

冷静さを取り戻した。


そして僕が倒れ

みんなの意識が、ようやっと現実に向かった。




皮肉な事に、僕が倒れたタイミングが良かったのだろう。


玲司達が付き合う前に倒れていても、きっとそうはならなかった。




目覚めて一週間後に、僕に謝りに来た役員達の

下げられた頭を見ながら

ぼんやりと———思った。



「ハル、本当に———すまなかった。」



心からの、玲司の謝罪にも心は動かされず

僕の意識はただ


玲司の後ろに自然に寄り添う———あのコにあった。


罪悪感を浮かべた可愛らしい顔

謝罪を述べるその潤った唇に


玲司が、触れたのだと


ただ


それだけ思っていた。




ひびが入っていた僕の恋は



その時、ついに———粉々に砕け散った。




それでも、役員が戻って来て

またみんなで仕事をする。


戻って来た和やかな空間を、壊したくなかった。



たとえ、そこに———あのコがいても。





完全なる失恋をした悲しみを、欠片も表に出せないまま


僕はまた

副会長として 仕事を再開した。



会長を支える


完璧な、副会長として———。




ただ

どれだけ顔を取り繕っても

どれだけ身体は回復しても


精神はぼろぼろになっていった。


玲司とあのコの傍にいるのが

辛くて、苦しくて———惨めだった。



心配げに

お茶会に誘ってくれる親衛隊は、本当に僕をよく見ていたのだと思う。


親衛隊は内面を見てくれない、と嘆く生徒達は

以前の僕は、愚かだったと今なら分かる。

親衛隊はよく見ている。外見だけではない。親衛対象の心も。


親衛隊が、親衛隊長の後輩が支えてくれたから

僕は副会長の任を全うできたのだと思う。



副会長の任期が終わり、3年に上がってからも

僕の苦悩は続いた。

僕と玲司は同じクラスだし、もともと一緒に居た間柄。


急に距離を置くのも変に思われそうで、出来なかった。


嬉しそうにあのコの話をする玲司を見るのが

あのコと一緒に居るのに僕を食事に誘ってくるのが


苦痛でしょうがなかった。



だが、


精神をギリギリの所で保っていた僕に


イギリスの友人から唐突に連絡がきた。



『俺と一緒に———起業しないか。』



唐突すぎるその誘いに戸惑い、最初は断った。


その友人———エドワーズとは、12歳の頃に参加したドイツの富豪主催のパーティーで出会った。

主催者のくだらない自慢話に


金持ちの自慢話は、日本も海外も一緒か、と


飽き飽きしていた僕を、強引にテラスへと誘い出したのが、エドだった。

初対面の少年だったが僕と同様、大人の自慢話に飽き飽きしていたらしい。

同年代の僕を連れ出したそうだ。


『顔は笑ってんのに、目がこえーんだよ。』


そう笑って僕に言って来たエドの、俺様然とした態度は誰かさんを彷彿とさせるものだったが

中身は大分異なった。

エドは、玲司と同様に経営者としての才能溢れる少年だったが

彼の特性は、そのずば抜けた発想力と着眼点にある。

また、人懐っこい所も玲司とは異なった。


少々発想が突飛過ぎて、他が着いて来れないことがあるのだが

彼の話は僕にとって新鮮で面白かった。


年が同じ僕らは、すぐに意気投合して仲良くなった。

僕が学園以外で作った、唯一の友人だった。


その付き合いは長く続き、イギリスに行った時は必ず遊んだ。

今では、エドは悪友と呼べる存在である。




起業するのに僕を誘って来たのは

僕の、物事を見極める能力を買ってのことだった。


いわく

エドが発案し、僕が売れるか選別する

エドと僕が組めば、成功は間違いない

———と。



商品が売れるか否か

会社が成功するか否か

人が有名になるか否か

信用できる人間か否か



幼い頃から、その見極めができた僕は

能力を高く評価されたことを素直に喜んだ。


最初は誘いを断った僕だったが、懲りずに何度も誘ってくるエドに

———揺れた。



正直、玲司の傍にいることに限界を感じていた。

感情がいつ溢れてもおかしくはなかった。


溢れる感情が、綺麗なものではないことは

自覚していた。



最初はきっと淡い色をしていたであろう恋は


見て見ぬ振りをしてきた数多の嫉妬で汚れ


玲司とあのコを憎む気持ちで


何種類もの色を重ねたパレットのように


どす黒い。



そんなものを、他人に見せたくなかった。


玲司だけじゃない。

僕の容姿も、中身も、綺麗だと言ってくれた親衛隊にも


絶対に見せたくなかった。




だから、


何度目かのエドの誘いに———頷いた。




ヨーロッパを拠点にしたいというエドに賛成し

高等部卒業まで待ってほしいと言った。



高等部を卒業して

会社を起こして、何とか形にして

9月からエドと共に向こうの大学に通う。


その意見に、エドは快く賛成してくれた。





卒業まで、半年を切っていた。





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