意地悪彼氏のデート事情
『谷口さんと山内さん』シリーズ第3弾。ほんの短いお話です。
これだけ読んでいただいても特に特に差し障りはないですが…二人の馴れ初め等を知りたい方は、同シリーズの前2作をご覧くださいませ。
年が明け、世間は冬と呼ばれる季節に入った。ここ数日で気温も一気に下がったらしく、連日厳しい寒さが続く。
雪国と呼ばれる地方は今年も大雪に見舞われているとのことで、今年は何メートル積もったとか、屋根に積もった雪の撤去作業が大変だとか、連日そういった話が報道されている。
都心にあたるこの辺も、さすがに雪景色とまではいかないものの、時折申し訳程度に白い雪がふわりとちらついていた。
そんなある休日の、昼下がり。
俺はこの日、会社の後輩――もとい、最近付き合い始めたばかりの可愛い彼女と、デートの約束を取り付けていた。
待ち合わせの駅に着き、時計を確認すれば、まだ約束の時間までには十分ほど余裕がある。まだ来ていないだろうかとは思いながらも、寒い中でも一向に減る気配のない人混みの中に目を凝らした。
――苦労するだろうかとの心配は、杞憂に終わった。淡いピンク色の、モコモコとしたポンチョみたいな形のコートに身を包んだ小柄な女性の姿を、視界が直ぐに捉える。
寒そうに両手を擦り合わせ、俺を待っているのであろうその姿は、まるで人形のように愛らしく。無意識に頬が緩むのを、抑えることができない。
「……あっ」
ゆっくりと歩を進め、近づいていけば、気配でこちらに気づいたのか、リンゴのように赤く色づいたその顔が即座に上げられた。コートにぶら下がった雪のような白いボンボンと共に、肩まで切り揃えられたつややかな黒髪がさらりと揺れる。
「お待たせ」
「こんにちは、谷口さん」
いつものように、彼女がこちらへニコリと笑いかけてくる。俺の胸あたりに位置するその頭に、何の前触れもなくぽふりと手を乗せた。
予想外のことだったのか、大きな目をぱちくりとさせる彼女に、咎めるように囁く。
「二人の時は、下の名前で呼んでって言ったでしょ。――絵梨」
もともとこの寒さのせいで色づいていたのであろう彼女の頬が、さらに真っ赤に染まった。その可愛い反応をもっと楽しむためだけに、俺はわざと追い詰めるような言葉をかける。
「もちろん知ってるよね? 俺のフルネーム」
「え、と……その、」
腰を折り、口ごもる彼女の唇にそっと耳を寄せれば、震えた声が小さくその名を紡いだ。
「……俊介、さん」
「よく出来ました」
内心弾んだ気持ちになりながら、置いていた手で頭を優しく撫でる。恥ずかしさのせいか、彼女はわずかにうつむいた。
「……ところで、さっきから気になっていたんだけど」
手を離し、下の方へと視線を移す。その先には、外気に当たり真っ赤になっている、俺のより二回りほど小さな両手があった。
小首を傾げる彼女に構わず、両手を伸ばした俺は冷たいそれらを包み込むようにして取る。あっ、と彼女が小さく声を上げた。
「手袋は、してこなかったわけ?」
そんなに、暖かそうな格好してるくせに。
皮肉にも似た問いをかければ、照れているのか少し上ずった早口の声が返ってきた。
「鞄から物を取り出したりする時に、手袋してると煩わしいので」
もともとしない派なんです、と答える彼女が、なんだか可笑しく思えた。クスリ、と小さく笑い声を上げれば、不服そうな視線がこちらに向けられる。
「ごめんごめん、つい」
全く悪いとは思っていないけど、一応謝っておく。
「悪いって思ってないですよね、絶対」
……どうやら見透かされていたらしい。
返事の代わりに笑みを浮かべた俺は、包み込んだままの彼女の冷たい両手を、自分の口元まで持ち上げた。目を見張る彼女に構わず、はぁっ、と温かい息をかけてやる。
「暖かい?」
目線だけを落として尋ねれば、うつむいたままコクリとうなずく。またきっと、照れているのだろう。
恥ずかしそうに頬を染める彼女が、俺は何より好きだ。他人に打ち明けると、悪趣味だと言われてしまうけれど。
もっと可愛い反応を見たくて、ほんの少し温度を取り戻した小さく柔らかな手に、そっと口づける。思わずといったように勢いよく上げられた顔は、カッと朱く染まった。
その反応に満足した俺は、彼女の両手をようやく解放してやる。
「行こうか」
小さく縮こまったその肩を抱いて先に促せば、小刻みに震えた彼女が小さく呟いた。
「……ばか」