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ねむれる姫神・外伝集  作者: flower
本編外伝
9/41

1976 霜園と伽倻子 4

「私は……清い身ではなくなった」

伽倻子がぼろぼろと涙を流しながら言った。

ぐしゃぐしゃになった髪が気になるのか、細い白い指で、何度も何度も撫で付けている。


「おい」

霜園は、身を起こす。


この娘、起きて早々、なんと言う物騒なことを言うのだろうか。


「お前、とんでもねえ事いってんじゃねぇよ」


一方的に自分にしがみついて寝てしまったくせに……。

脱がせていないし、やってない。


これは大事な事だからもう一度言うが、これっぽっちも何もしていない。


「……」

うんざりして、ぼさぼさになった頭を撫で付けた。


地味で目立たない、友達も少ない自分が、こんなお嬢と何を出来ると言うのか。

日雇いの工事の仕事で小銭を稼いで、薄汚いアパートで暮らしている、孤児院出の男なのに。


もちろん22年の人生において、女にもてたことなど1度も無い。

溜めた金で立ちんぼを買うくらいが関の山の、地味で目立たない、背ばかり高い男だと解っている。


そんな男に、これほどの美人の富豪令嬢が言い寄るなど、有り得ない。

この状況はおかしい。

絶対におかしいので、流されてはだめだ。


据え膳を食ったが最後、マグロ船に乗せられて、ミンチにされ撒き餌にされるに決まっている。

こんなガリガリの、栄養の悪い男をマグロの餌にして良い事があるのか解らないが……。


とにかく、自分はお嬢様に誘われるがままに、ついふらふらと抱いたりしないのだ。

そんなに阿呆ではない。

まあもっと胸がデカくて色っぽかったら、3回くらいやってたと思うが、とにかくそんな事はしない。


伽倻子はまだ泣いている。

ぐしゃぐしゃになった、豪華な着物の襟元を直しているが、どうにも不器用な手つきだった。

泣きながら作業をしているからだろうか……。


「お嬢さん」

「何……」

暗ーい声で、伽倻子が答えた。

「泣くなよ……」

「だって……清い体で、なくなってしまった……」


小さい拳で、顔をぐしぐしと擦っている。


だんだん腹が立って来た。

何をしにきたのだろう……。

男の家に上がり込んで、抱きついて来てぐうぐう寝てしまって。

挙げ句に汚された、汚されたと泣いたりして……。


「世間知らず」


考えていた事が、おもいっきり口から出てしまった。


「!」

伽倻子が、怒った小さい猫のように顔を上げた。

「なんだと!」

「だって世間知らずじゃねえかよ、ばかお嬢」


腹が立って、薄汚れた布団にもう一度転がった。

「もう帰れよ、ばーか。俺は何にもしてねーだろーが!」


伽倻子が拳を握りしめたまま、じーっと自分を睨んでいる。


「帰れ」

「……」

「帰れよ、もう来んなよ。そんな派手な着物でうろうろすんじゃねえぞ」

「……」


何で帰らないのだろう。

伽倻子はうつむいて、ぎゅっと胸の辺りを抑えている。

様子がおかしい……。


慌てて起き上がり、細い肩をかるく掴んだ。

「おい、どうした」

「な、ないた、から、苦しくて……」


細い肩を上下させ、ぎゅうっと身を縮め、伽倻子が細い声で呻いた。

「苦しい……痛い、痛い……」

「おい!」


慌てて、ガリガリの綿のように軽い体を抱え上げた。

屋敷を飛び出す。

「大丈夫か!」

「だいじょうぶ……ない……」


駄目なようだ。

顔色がどんどん悪くなって行くのがわかる。


医者はどこだ。

……普段医者にかからないから、解らない。


「お嬢、お前普段、どこの医者に行ってるのよ」

「聖……エリザベス……」

脂汗を浮かべ、伽倻子が微かな声で答えた。

「は?」


なんだ、それは。


「助けて……ひ…………」

「誰だよ!それ!広田のおっさんか?!」


「……」

胸を押さえ、伽倻子は歯を食いしばっている。

小さな顔に脂汗が大量に流れている。


もう話す力も無いらしい。


止まっているタクシーの窓を叩き、怒鳴るように叫んだ。


「おい!聖エリザベスとやらに行ってくれ!病人だ!」

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