1985 霜園と総一郎 夏
ひまわりの名前を、父が息子に教える話
「総」
よちよちとした頼りない足取りで、2つになったばかりの総一郎が歩いている。
「ん」
総一郎が、丸い手で花を指差した。
もう片方の手をしっかりと握り、中腰になったまま霜園は答えた。
「ひまわり」
総一郎が、またよちよちと歩き出す。
「ん!」
また、丸い細い指で花を指差す。
飽きずにもう、1時間も繰り返している。
「ひまわりだよ、総」
「ぱぱ!だっこ!」
抱き上げると、ずっしり重い。太っていて元気な子だ。
健康であってくれればいい。
それ以上に望む事は無い。
「ぱぱ、ん!」
また、花を指差した。
「ひまわり。言ってご覧」
「いまあり!」
むっちりした顔で、総一郎が得意げに言った。
何で子どもの肌はこんなにぷりっぷりなのか。
我慢出来ず、思い切り頬擦りした。
「やあ!やあだ!」
総一郎が、のけぞって怒った。
髭が痛いのだろう。
「やああ!ひにゃあああああああ!」
「ははは」
嫌がる様が可愛くて、声を上げて笑った。
本当に可愛い。
心にぬくもりが刷り込まれ、日に日に色を増していくのが解る。
「ぱぱー」
じょりじょりで不機嫌に火がついたのか、総一郎がぐずり声を出す。
体が小さいので、地面の照り返しが熱くて疲れたのだろう。
「ぱぱー!ぶっぶ!」
喉が渇いたらしい。
背中を撫でてやり、歩き出した。
自動販売機で缶のお茶を買い、ベンチに座って膝の上の総一郎に飲ませる。
「うまいか?」
「うん」
総一郎は、ぼたぼたこぼしながらも、必死で茶を飲んでいる。
いつの間に、自分で缶を持って飲めるようになったのだろう。
毎日毎日見ているのに、いつの間にか歩くようになり、いつの間にか喋るようになり、いつの間にかおむつが外れ……。
「お兄さんになったなぁ、総は。もう上手に飲めるもんな」
頭を撫でた。
絹糸のような美しい髪だ。色も質感も全然自分に似ていない。
「うん」
総一郎が無心に頷いた。
また、地面に総一郎を下ろし、二人で手をつないで歩き始める。
「ぱぱ!」
「おう」
「いまあり!」
「ひまわりだな」
空を見上げる。
一匹、トンボが目の前をよぎった。
秋がそろそろくるのかもしれない……。