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ねむれる姫神・外伝集  作者: flower
本編外伝
6/41

2012 佐々木の白と黒

ひな子とプチ同棲中の一幕

「終電が無いんですか」

修二は笑顔で頷き、走って来たタクシーを止めた。

呆然としている先輩を押し込む。


「ちょっと、女の子一人で深夜タクシー? そんな物騒な」

可愛かった化粧がはげてしまった顔で、先輩が目を吊り上げる。


『29歳で”女の子”じゃねーだろ、勘弁してよ』


その呟きは、ぎりぎりの所で口に出さずに済んだ。

タクシーに顔を突っ込み、先輩の苦情にお答えする。


「安全ですよね!」

「はぁ?ふざけ……」

「ね、運転士さん」

タクシー運転手のおじさんが、ニヤッと笑って手を挙げた。


「安全は1000%保証するよ。その座席の裏のタクシーカード、お兄さん持って行きな!」


微笑んで頷き返し、おじさんの言う通りタクシーカードを抜き取る。

男同士、見つめあうだけで凄く分かりあえた気がした。


タクシーカードというのは、運転士の名前と車のナンバーが書かれた紙だ。

自分の彼女を一人タクシーに乗せる時、心配であれば貰うようにしている。

失礼なようだが、忘れ物をするかもしれないし、貰っておくにこした事は無い。

……言うまでもないが、今回は「男が私を狙うかもしれないから危険!」と主張する先輩への義理で貰った。


タクシーカードを手にしたまま、ひらひらと手を振った。

「先輩気を付けて下さいねー!」


我ながら、素晴らしい棒読みだ。


あのレベルで、何故「いい女」のつもりで居られるんだろう。

「技」を知っているつもりで、使うべきでない人間が使う。

世の中には、えてしてそう言う過ちが多い。

高校時代から今まで、ずーーーーっとそういうのに晒されて、もうアレルギーになった。

『あたしはいい女、男なんかこうやれば落ちる』

みたいな安っぽーい、余裕の無い手口。


今夜もアレルギー反応ばりばりだ。心底勘弁して欲しい。


『太ももに触られるの、気持ち悪いです』

『胸板が厚いねといわれるの、嘘だと分かります。俺鍛えてるけど痩せ過ぎギリギリです』

『仕事ができそうって……あんた俺の仕事理解してないでしょ?』

『英語ペラペラで凄い? 喋れなかったら親コネ有っても採用されないよ。そもそも』

『出世するには結婚必要? そっかー、ひなさんを頑張って口説こう!よし、待ってろよひな子!』

『可愛いって言われるんだ。口説かれるんだ。早く結婚出来ると良いですね!』


心にわだかまった毒素を全部吐き出す。


そもそも、女に褒められ、べたべた触られても、不快なだけで嬉しくない男は居るのだ。

下品で嫌だ。

そんなもので、喜ぶような男しか口説いて来なかった女なのだろう。

願い下げだ。

24歳だからってバカにしないで欲しい。


スーツをぱっぱっと払った。

まとわりつかれていたので、香水臭かったらどうしよう。

他の同僚が煙草を吸いまくっていたので、その匂いでごまかされるだろう。


飲み会、やっぱり時間の無駄だ。異様に疲れた。

『でも、営業企画の先輩には顔売っときたかったんだよな、うん、収穫は有った』

急いで駅に走る。

ギリギリ終電に間に合った。

最寄り駅で降り、寮まで急いだ。


「ただいまー!」

「……おふぁえりなさーい」

相変わらずぽやーっとした顔で、ひな子が出て来た。

もぐもぐ言っている。

いつものように、ジュースに入れた氷を舐めているのだろう。

今日も頭をくるくると団子にして、ブカブカのワンピースを着ている。

通販で買った『大人可愛い何とか』というものらしくて、異様に気に入っていてしょっちゅう着ているのだ。

寸胴シルエットで、子どものスモックみたいだった。

……でもとても可愛いので問題ない。


「おつかれさま!あ、たばこ臭い……」

そう言って、玄関先にどでんと置いた消臭スプレーを思い切りかけられた。

「ありがと」

「うん」

ひな子が背広を受け取り、湯を張ったらしい、湿気のある風呂場に干しに行った。

これで匂いが取れるだろう。

「早くズボンも頂戴」

「あ、うん」

急いで着替えると、ひな子がズボンを手にちょこちょこと風呂場へ消えて、すぐに戻って来た。


「ご飯あるけど、今日は要らないよね」

「いや、ほとんど食べてないから何か頂戴」

抱きついたまま言うと、ひな子が頷いた。


「何か今日は、いつにもまして甘えてるー」

ひな子が目を細める。

ずっと年上なのに、子猫のようで可愛くてたまらない。


「そうかなぁ」

「疲れたの」

「うん……」

「でも、修二さんは仕事出来そうだし、頑張りがいあるでしょ?」

「……!」


頭の中で複数の花火があがる。


『し、仕事ができそう……!仕事が出来そうって言われた……!』


嬉しくてもう一度、思い切り抱きしめた。


「うん……!」

「英語とかも使ってるんでしょ。すごいよねー。かっこいい。私英語で「鉛筆」って書けなくて、後輩に呆れられたもん」

『え、英語がカッコいいって……やっぱり次のTOEICは満点を目指そう……!』


ひな子がもがき、すぽんと顔を出し、自分のぎゅーっと腹を押した。

「……はぁ、凄い腹筋だ。わたしも腹筋しなきゃなぁ」

『腹筋を褒められた!』


「よし、じゃあ今ご飯出すから待ってて」

「はい」


ぽうっとなりながら、ソファーにへたり込む。


こんなに褒められて、今夜は言葉だけで天国へ行けそうだ。

ひな子は台所で何かをレンジに掛け、鍋を温めている。


「焼き魚とほうれん草のおひたしと、みそ汁とご飯です」

「やったー!」


魚はスーパーで粕漬けで売っているものをフライパンで焼いたもの。

ほうれん草は鍋にぶち込んで茹でて切り、ポン酢をかけただけ。

みそ汁の具もインスタントの水煮を使っている。

ご飯には、お気に入りらしい通販の雑穀が混じっている。


……相変わらず最低限の労力で作られた、美味メシだ。


「すっごい嬉しい。ひなさんありがとう」

「うん!」


ちゃぶ台でむしゃむしゃ食べている自分を尻目に、ひな子はソファーで漫画を読んでいる。

『また凄いの買って来たんだな……猟犬みたいな目してるもんな』


参考までにあとで借りよう、と思い、みそ汁を流し込んだ。

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