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ねむれる姫神・外伝集  作者: flower
本編外伝
5/41

1976 霜園と伽倻子 3

「……」

「あのー……」

「……」

「生きてる?お嬢さま」

「……」


布団に埋もれていたお嬢様が、もぞもぞと動いた。

病弱なので、決して手荒に扱わぬよう、嫌がる事は決してせぬよう、澤菱家の人間に厳命されたことを思い出す。


「はあ……」


夜中に伽倻子が一人で、自分のおんぼろアパートにフラフラとやって来たのだ。

お人形のような着物姿で、ハイヤーでやって来たのだと言う。

そして寒いと泣き出した。

まあ、何一つ我慢をしない女だとうっすら知っていたが、勝手に真夜中に家を出て、勝手に寒くなって泣いているわけだ。


「おーい、寒いの?」

「寒い……」

蚊の鳴くような声で伽倻子が答えた。

灯油が勿体ないが、ヒーターの火を入れてやる。

「伽倻子お嬢さん、電話でハイヤー呼んでやるから帰れや」

「嫌だ、帰らない」

「何でだよ!バカ!」

「さ、佐々木が最近来ないから。お、夫に選んでやったのに恩知らずだとおもって、それで」

どうしようもない理由すぎて、脱力した。

「いやいや、やっぱ悪いかと思って。俺もっと色っぽいお姉さんが好きなのよ、ごめんね、伽倻ちゃん」

「お前に断る権利はないぃぃぃ……」

グスグスと泣いている。

広田のオッサンが、あまり泣くなと世話を焼いていた事を思い出した。

病弱らしいので、泣かせない方が良いんだろう。

異常に寒がっているし……。


「ま、わかったよ。ヒーター入れたから。温かいか?」

「さむい」

「はぁ?」

「き、今日も頑張ったのだ。でももう、私は崩れ始めているので、力をふるう度に飢えてならぬ」

「……?」

「さ、寒い……」


着物姿の伽倻子が、布団をかぶってうずくまる。

大分ヒーターも効いて、温かいのに……。

悪い風邪でも引いたのだろうか。


「……佐々木」

「?」

亀のように布団をかぶった伽倻子が、細い真っ白な手を布団から出した。

「来て」

「は?」


「わ、私に食べられて……」


耳を疑うような艶かしい言葉が聞こえた。


変な汗が背中を流れる。

ヒーターを強くしすぎたか。


うっかり澤菱家のお嬢様を連れ込んで抱いたりしたら、そのままマグロ船にでも乗せられて、強制労働の挙げ句に海へ放られるのでは……。


しかもそもそも連れ込んでないし……。

『なんだ、この娘っ子……』


真っ赤な顔の伽倻子が、布団をはねとばしておき上がった。

「お前は私の雄なんだ。少しは役に立ったらどうなのだ!いつもいつも雌をいじめて、ゆるさないから!」


黒いはずの目が、紫色に輝いているのが見えた。

「は?!」


安アパートの、すすけた壁が色を変える。

甘い光が、額から体の芯を貫き、自分の内側を満たしてゆく。

青い燐光が見えるが、どう考えても自分が光っている。

「?!」

訳が分からない。

伽倻子に、視線が引っ張られる。

周りが暗い。伽倻子しか見えない。


じー、と自分を見ていた伽倻子が、莞爾として微笑み、ぴょい、と腕の中に飛び込んで来た。

温かく柔らかく、気が狂うほどに甘い香りがする……。


腕の中で伽倻子が呟いた。

心をかき回す、鈴のような声だ。

「私を愛していると申せ。雄なら雄らしく、雌に粉骨砕身、奉仕してみせよ」

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