2012 我が儘王子
「はぁ……何だか怠い。カナダのグレイシャルウォーターなら喉を通るかもしれない」
某高級ブランドのニットをゆったりと着こなした現代の貴族が、けだるげに呟く。
「……グレイシャル……なんだって?」
ひな子は眉根を寄せた。
「氷河水」
どうやら、水の事らしい……。
「はい!この水?」
家の中にあるドリンクバーから、それらしきものを取り出す。
「うん」
お貴族様……ではなく、総一郎は、封も切らずにぼーっと見ている。
「……飲まないの?」
「グラスに入っていない水を飲む習慣は無いから」
パンが無いならブリオッシュを食べれば良いじゃないの、といわんばかりの口調だ。
「……」
我が儘すぎる。
そもそもお前、ペットボトルのお茶を買っていただろう。はじめて会った時に。
そう思ったが、無言でコップを探した。
高級そうなコップがあった。これなら文句ないだろう、と、どぼどぼと注ぐ。
「はい!」
「……」
「どうしたの?」
「それ、フルートグラスだよ……」
「だめなの?」
「水はフルートグラスでは飲まないのがプロトコルだと思うけど」
ため息をつく。
たいへん複雑な甘え方だと言う事は分かるが、面倒くさい。
どのコップも同じなのに……。
「これかな?」
「うん、ゴブレットなら良い」
うなずいて、ようやく総一郎が水に口をつけた。
「何でそんなに我が儘なのよ、今日……」
「安心するから」
「?」
「ひなちゃんが居ると安心するから」
「え……」
虚をつかれ棒立ちに鳴った瞬間、軽く唇が重なった。
「!」
「いただきました、姫」
総一郎がにっこりと笑う。
「な、な……!」
そんな事、して良いと言っていないのに!
「何するの!許してないのに!」
地団駄を踏んで怒ったら、総一郎が幸福そうに、細い指で形よい唇を撫でた。
「最近分かったんだよ、不許可を明示される前に、迅速な行動が必要だって」
「な、な、な、な……」
「迅速に行動いたします、お姫様」
我が儘王子が、形よい美しい目を細めて、少し笑った。