1-5 敗北
ああ、疲れた。
俺はぐったりとしながら学校の荷物を投げたし、更にベッドに身を投げるようにして倒れこむ。
春休みが終わったと思ったら、すぐ模擬試験だ。幸い、明日は土曜日だからゆっくり眠れるが、テストというのはいつやっても疲れる。
俺は頭が悪い方ではない。むしろクラスではトップの成績を持っているし、全国的に見ても中の上ぐらいの学力は持っているはずだった。しかし余計に深いところまで考える癖があり、無駄にエネルギーを消費してしまうのだ。だったら簡単に考えればいいじゃないかとよく言われるが、どうにもこの癖は直すことができない。
「夕食……作るか」
疲れてはいたが、高校生の体は食い物をよこせと必死に訴えている。流石に何も食べないで寝るのはよくないので、俺はふらふらと立ち上がってキッチンへ向かう。
そして何とか夕食のチャーハンと汁物を作って食べたものの、そこで俺の気力が完全に尽きた。
ゲームを起動する気にもならなかった。SCSのゲームは体こそ疲れはしないが、頭はなかなか休まらないのだ。さらに今やっていることが調査だけあって、俺をそのまま寝かせてしまう誘惑を生み出す。
結果的に俺はその誘惑に服従し、ベッドに向かうとそのまま寝てしまった。
「ああくそ……寝すぎて頭がいてえ……」
次の日、なんだかんだで十二時間以上寝てしまった俺は、昼に近い朝食を食べ、すぐにSCSを起動して、アルカディアの世界に入る。
不健康な生活だって? 余計なお世話だ。
そして俺の目の前に広がるのは、バリアのようなもので薄く覆われた空と、その下にそびえ立つたくさんの尖塔。
俺の所属している国の中心地、天空都市クロノスの街並みだった。
『Arcadia online』と言う名前は、開発者曰くエデン、ヴァルハラ、クロノスの三つの国の主要都市が全て天空に浮かんでいる(という設定の)ためにつけられたものらしい。
元々アルカディアとは古代ギリシアの南部にあった土地の名称だ。連なる高山によって周りの地域から完全に隔離しており、その環境の故に夢想卿として詩や絵画の題材にされた。
天空に浮いているのならば地形的には完全に孤立無援の都市ともとれるが、無論、MMOにそんな場所があるはずもなく、さらに中心都市だけあってたくさんの人々が行き来している。
昨日のうちに何があったのかを知るために、俺はとりあえず週刊どらゴン通信のスタジオのある水上都市ヴィネルに向かうことにした。
「あっ! シンジさん」
俺がスタジオに入ると、エリが走り寄って来た。
「昨日来れなくてごめんな。昨日大変だったろ?」
俺が言うと、エリは首を振って、それから焦ったように話を続ける。
「気にしないでください。それより、昨日大変なことがあったんです。
城塞都市レムルスの団体対抗トーナメントにまたシュラさんが出たんですけど、準決勝で負けてしまったんですよ」
「なんだって!」
口ではそう言ったが、頭の中では無理もないと思った。しかし、これでは来週のスクープをどうまとめればいいのやら。
「どんな試合だった? できれば映像を見せて欲しいんだが……」
「でしたら、スタッフにかけあって見せてもらいましょうか」
「ああ、頼む」
ノーブル・ソルジャー、シュラと対峙するのは、長剣を持ったソードマスター、魔鞘を持ったブレイバー、回復と補助を担当するであろうプリースト、巨大なハンマーを持ったデヴァステーター、弓のようなハープを持ったバード、そして見た目では何の武器も持っていないベアラーだった。
試合が開始すると同時に、ソードマスターとブレイバーが動きだし、長剣と魔剣がシュラに振るわれる。
シュラはこれまでの戦いと同じようにそのいずれもを短槍でいなし、弾く。前衛を補助する中距離攻撃型の職業がいないので、シュラは余裕をもって防ぎ、反撃さえもしていく。
しばらくしてブレイバーのMPが切れ、回復アイテムを使おうとしたところに、シュラが短槍技、《デザイアー・ファング》を発動させる。
あっけなくブレイバーのHPがゼロになり、前衛が一人になると、シュラはこれまでより勢いをつけ、ソードマスターに攻撃していく。
そしてそのソードマスターさえもシュラは倒し切り、この戦闘では完全にシュラが有利かと思われた。
が、ここで俺は奇妙なことに気が付く。
デヴァステーターは完全な前衛職だし、プリーストやバードも補助職ではあるが攻撃スキルを持っていない訳ではない。ベアラーも同じだ。
しかしそのいずれもがシュラを攻撃していないと言うのは、流石に変だった。シュラもそのことに気付いていただろうが、その時にはもう遅かった。
シュラの背後から、デヴァステーターがスキルを発動させていたのだ。
「《グランド・ブレイク》」
デヴァステーターがそのハンマーを地面に叩きつけると、巨大な衝撃波が発生し、シュラを襲う。短槍の扱いがいかに優れていようと、この攻撃は防ぎようがなかった。
攻撃をまともに食らったシュラは、辛うじてHPが残ったものの、かなりの痛手を負ったことには違いなかった。
シュラはすぐに回復アイテムを使い、デヴァステーターに切りかかる。デヴァステーターは攻撃力こそ全職業トップクラスだが、スピードが遅く、よってシュラの短槍の攻撃にはなすすべもなかった。
しかし、またしても背後から別のユーザーが襲い掛かる。
「《イフリートの鉄槌》」
火の魔神をその身に憑依させたベアラーが、紅蓮の光を放つ拳を生み出し、シュラに叩きつけたのだ。
またしても深手を負ったシュラは、攻撃の硬直時間中であろうベアラーに対して、《デザイアー・ファング》を発動させる。が、それで減らせたのはHPの三分の一程度だった。
シュラも、流石に困惑した様子を見せる。
俺はシュラの相手チームの作戦に舌を巻いた。元々このチームは、ソードマスターとブレイバーが相手をかき回し、その間にプリーストとバードが強化魔法をデヴァステーターとベアラーにかけ、その破壊力で一気に相手チームを殲滅する戦い方をするのだろう。
六人いればソードマスターとブレイバーの隙をついて補助職の二人を倒すこともできただろうが、いくら短槍の技術が高いとはいっても、シュラは一人だ。
そのせいで、シュラは完全に相手の流れに呑まれてしまった。
シュラは続けてベアラーに攻撃していくが、魔神を憑依させているベアラーは防御力が上昇する上、更に防御力を上昇させる強化魔法をかけている。ほとんどHPを減らすことができない。
結局、シュラはベアラーの防御不能の攻撃によって、HPをゼロにされた。
「この後、シュラさんは無言で城塞都市レムルスを後にしたそうです」
「……だろうな。かなりショックだったんだろう。あの性格だとつらいかもしれないな。だが、前回シュラさんがトーナメントで優勝した理由が分かったよ」
「どういうことですか?」
エリは意外そうに問うた。
「団体戦では、味方に攻撃が当たってしまうから、広範囲攻撃は使えないんだ。だから、小回りの利くソードマスターやレンジャーがよく参加するし、それらのジョブがいるチームがよく優勝する。
シュラさんは、そこをついたんだ。あの短槍の技術だったら、単体攻撃のほとんどを防ぐことができる。いくら人数が多くてもMP切れはいつか来るし、それまで粘りさえすれば活路はある」
「……どうやったらそんなことを思いつくんでしょうか?」
「元々シュラさんはギルドに所属していたんだ。何度か団体戦に出ていてもおかしくはない。『電光石火』ではエースだったらしいし、その時に思いついたんだと思う。
まあ、今回は作戦が裏目に出た格好だったな。少し特攻しても問題ない防御力があればよかったんだが、完全に防御力を捨てていたのが急所になった」
そこまで話してから、俺はこれからの事を憂い、ため息をついた。
「しっかし、これじゃあシュラさんはもっと頑なになるだろうなあ。直接取材は絶望的だ」
「でも、シュラさんならリベンジしそうですね。その時にでも……」
「確かにそうなんだが、あの人は確実に勝てるっていう作戦を立ててからじゃないと再戦しないような気がする。一週間でその答えを見つけられるかどうか……」
「せめて、仲間がいればよかったんでしょうけど」
「ああ、まったくだ」
俺は再びため息を吐いた。
エリはこれから番組の司会があるので、今日一日は俺一人で調べることになる。
「うーん、なんでこんなに情報が少ないんだ?」
俺はヴァルハラ内にある、ユーザー同士の情報交換のために設置された掲示板を見ながら唸る。
アルカディアネットで調べてもいいのだが、あの掲示板は範囲が広いせいで情報の信ぴょう性が低いのだ。対して、国の主要都市にある掲示板はその国の人しか書き込まず、また特定の場所に赴かなければいけないので書き込む人は限られてくる。
さらに俺のような記者でなければ他の国の者もほとんど見ないので、耳よりな情報があったりするのだ。アルスター遺跡がヴァルハラにほど近いところにあるためにここの掲示板を見ているのだが、今回はそう上手くはいかないようだった。
妙だった。いくらアルスター遺跡が二週間前に解放された新しいマップだとしても、最深部のボスの情報さえないというのは。
「誰かが意図的に隠しているのか?」
MMOではほとんどないことだが、ヴァルハラの『王』がそう言えば、隠すことはできなくもない。
アルカディアの三つの国には、それぞれ『王』となるユーザーがいる。一か月に一度ある国対抗のイベントなど、国同士の戦いが多いこのMMOではそれぞれ国をまとめる『王』が必要だったというわけだ。
普通その国内で最も実力と人脈があるユーザーが『王』となり、国を引っ張っていく。
自分の考えで国が動くのは爽快なのだろうが、それだけ大変な役割らしい。俺にとっては間違っても引き受けたくない役職だ。
だが、その『王』が箝口令を敷いているとしたら、厄介だ。
「これは自分で行って確かめるしかないか」
俺はため息を吐き、その場を立ち去ろうとする。
その時、影から男の声が響く。
「孤高の短槍使い……か。孤独ゆえに高みを目指すのか、はたまた高みにいるからこそ孤独になるのか……」
聞き覚えのある声だった。そしてその言動も、俺には心当たりがある。
「レイか。何の用だ?」
俺が声を放ると、何もない場所から黒いローブを着た男が姿を現す。
「後輩がしっかり仕事をしているか見に来て悪くはなかろう? あの狂犬がどうしているのか……とな。だがなかなか苦戦しているようでないか」
「その呼び方は止めてくれ、これでも性格は直したつもりなんだ。まあ、でもその通りだ。クイーンも無茶な依頼をするもんだよ」
「そう言う割にはいろいろと見つけているようでなはいか。『電光石火』と言ったか? あの短槍使いの所属していたギルドは」
「見てたのか?」
「壁に耳あり、障子に目あり。我々の職業に隠し事ができないのは百も承知であろう」
俺はため息を吐いた。レイの職業である『シャドウ』は暗殺者職の一つであり、素手で戦う故にリーチが短く、火力もそこまで高い訳ではない。しかし、暗殺者職の特権、『隠蔽』というスキルがより強化されており、他のユーザーやモンスターから見られないようにしたまま様々なアクションを行うことができるのだ。
当然、その対策のためのアイテムもあるのだが、街中で使う人はなかなかいない。だからこそ、レイはこの能力を取材に用いているのだ。
「だがシンジとエリはなかなか良いパートナーだと見受ける。彼女がシンジに着目していないところに気が付き、シンジがそれについて考察する。なかなか見られない良い相乗効果だとは思わないか?
まるで絆で繋がれた男女のようではないか?」
「そ、そんなことはないよ。俺もあいつも、レイのような情報収集はできないし、まだまだだ」
「だが、毎回共に調査しているのも事実」
先輩のからかいに辟易して俺はため息を吐く。
「言いたいことはそれだけか? だったら俺は行くぞ?」
踵を返し、その場から立ち去ろうとするが、レイの言葉に立ち止まる。
「ヴァルハラ王は箝口令など敷いていない。だが、短槍使いを連れ立ったパーティーがアルスター遺跡に多くいるのも事実。彼らはとあることに気が付き、それを独り占めにしようとしている。シンジがもう少し神話に詳しかったのなら、気づいていた事だろう」
「っ! それって……」
俺が振り向くと、レイの姿はどこにもなかった。
「また手玉に取られた感じだな……」
だが、俺は釈然としない気持ちとともに、素直でない先輩に感謝することにした。
「……短槍使いが、ね」
俺はこれからの予定を考え、歩き出す。
おまけ:ローグ職の転職経路
一次職
・ローグ(略奪者)
使用武器:短刀
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
ウォーリア系よりもスピードに優れた戦闘が可能。
二次職
・シーフ(盗賊)
使用武器:短刀
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
モンスターからだけでは無く、ユーザーからアイテムを盗むスキル(ダンジョン内で拾ったアイテムに限る)を持ち、移動速度や攻撃速度が上昇する《ヘイスト》を覚える。
・アサシン(暗殺者)
使用武器:短刀
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
シーフよりも戦闘に特化した能力を持つ。モンスターやユーザーから自身の姿を隠す《ハイド》を覚え(隠れている間には攻撃はできずスキルも使えないが)、闇討ちにはもってこいの職業。
三次職
シーフから分岐
・シーフロード(盗賊:短刀使用)
使用武器:短刀
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
素早さが全職業中トップ。相手をかく乱するスキルを多く覚え、より盗賊としての性質が高まっている。
・トラッカー(戦爪使い)
使用武器:戦爪
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ、耐久力
モンスターを狩ることに特化したシーフ。戦爪によるスピーディな戦い方が可能で、モンスターからのアイテムドロップ率を上げるスキルを持っている。
・バンディット(盗賊:投刃使用)
使用武器:投刃
上昇しやすいステータス:筋力、精神力
刀を投げ、遠隔捜査することで戦うシーフ。腕を振ることで刃がそれについていくが、接近さえされなければ無敵である。
アサシンから分岐
・ドロッパー(暗殺者:忍刀使用)
使用武器:忍刀
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
忍刀による一撃必殺がトレードマーク。様々な強化スキルを自身に掛け、それを解放、消滅することで即死級のダメージを与えることができる。
・シャドウ(暗殺者:拳使用)
使用武器:ナックル
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ
《ハイド》がさらに強化され、姿を隠したままでも攻撃できるようになるスキルを覚える。ナックルは射程や威力こそ短いが、《ハイド》を使っての戦闘では様々な効果を発揮し、戦闘をサポートする。
・キューショナー(鉄線使い)
使用武器:鉄線
上昇しやすいステータス:筋力、素早さ、精神力
刃のついた鉄線をムチのように操り、変幻自在な戦い方が可能。中距離では剣系や槍系の職業に対して圧倒的な強さを持つ。
次回も二十時に投稿予定。シンジ君が引き続き単独行動をします。
暗殺者職のスキル、《ハイド》は細かくは設定を決めていません。なので今後の展開次第で変わりそうです。
皆様のご意見、ご感想をお待ちしております。