1-4 彼の目指したもの
「musashi98……か。君には残念だろうが、俺たちの知り合いにこのユーザーネームの者はいない」
「そうですか……。ご協力ありがとうございます」
俺は三十代ぐらいに見える長身の男に頭を下げ、別のギルドマスターに会うべく、その場から立ち去ろうとする。
「待ちたまえ」
が、このギルドマスターは俺を引き留める。
「何ですか?」
「いや、もしかしたら君が探している人物が所属していたかもしれないギルドの事を思い出してな。『電光石火』というギルドのマスターが、腕利きのソードマスターが一方的にギルドを抜けて失踪してしまったと嘆いていたのを聞いたよ」
「本当ですか!」
クイーンが推測するに、シュラはどこかのギルドから抜けてジョブチェンジを行い、更にサブネームを変えている可能性が高いのだ。
あの腕から考えて、後衛職から前衛職に転職はしていないだろうし、あの戦い方からしてソードマスターであった可能性も高いだろう。
「ああ、君が望むのなら『電光石火』のギルドマスターと連絡をとるが、どうだね?」
「はい! お願いします」
「分かった。今メッセージを打つから、期待しないで待っていてくれ」
男はメニューウィンドウを開き、誰かにメッセージを撃つ。
思わぬ収穫だった。高跳びしたであろう一ユーザーを抱えていたギルドを探すのにはしらみつぶしに当たっていくしかないと考えていたが、ギルドマスター同士のネットワークも侮れないものがあるようだ。
ちなみにギルドとは読んで字の如くユーザー同士の集まりを意味し、対人戦をメインとするこのMMOではほとんどのユーザーがどこかしらのギルドに所属していた。
そのためその数は膨大であり、俺自身も目的のギルドを見つけることはほとんど不可能だとも思っていた。
だが、このギルドマスターが言う『電光石火』は、目的のギルドである可能性が高い。
はずれである可能性も十分にあるが。
そこまで考えたところで、ギルドマスターが口を開いた。
「連絡が着いた。取材を受け入れるそうだぞ。なんでもmusashi98が所属していたようだ。待ち合わせ場所は、ヴァルハラの『月光塔』と言っている」
「ありがとうございます! とても助かりました」
「ああ、週刊どらゴン通信の記者なのだろう? 俺もあの番組のファンでな。そのスクープに協力できるのなら、本望というものだ」
「そうですか……。そう言っていただけると光栄です」
「頑張ってくれたまえ」
「はい」
そうして、俺はこのギルドマスターに別れを告げ、待ち合わせ場所である『月光塔』まで急いだ。
「あいつがムサシだって! そうか……あいつはああいうことがしたかったんだな……」
俺がシュラの正体について話すと、『電光石火』のギルドマスターは驚き、そしてすぐに納得したような表情になった。
ちなみにムサシというのはシュラの元サブネームであり、『電光石火』でのエースであったソードマスターの名でもある。
「どういう事ですか?」
「あいつはな、『三柱の大災害』に憧れていたんだよ。それで双剣使いになったぐらいだし、スピード重視の戦い方もその受け売りだ。
まああいつは銃を上手く扱えないって言ってたから、悔しかったのかもしれねえな」
「それで、今は時の人になったと」
「まあ、そういうことになる。今のあいつはあの双銃使いより上に行っちまった感じがするけどな。『孤高の短槍使い』なんて呼び名も着いちまったぐらいだし」
「確かに、そうかもしれませんね……」
少し誇らしげなギルドマスターに、俺は苦笑しながら答えた。
「確か、『三柱の大災害』は個人トーナメント戦を十二連勝してたんだっけか。あいつはどこまでやってくれんのかね」
「シュラさんは団体戦のトーナメントで戦っていますからね、相当難しいじゃないでしょうか?」
単純に考えて六対一なのだ。個人戦を勝ち抜くよりはるかに難しい。
「そうだな、もし負けちまっても仕方がないってもんだ。その時は俺があいつをこのギルドに連れ戻してやろうかな。エースがいなくなっちまって、こっちも苦労してんだ」
「そうですか。シュラさんは突然このギルドを抜けてしまったわけですが、お怒りになっていますか?」
「怒っていないと言えば嘘になるな。ああいう事をするんだったら、俺らにも伝えてくれればいいのによ。
まああいつらしいと言えばあいつらしいな。夢を追いかけるってもの、男として悪くはないさ。もし挫折しちまっても、俺らが受け入れるだけだよ」
「なるほど……その点において、あなたはシュラさんを信用しているのですね?」
「そうだな。なんてったって、あいつは俺らの仲間だからな」
仲間……か。
「では、ノーブル・ソルジャー、シュラさんに何か言っておきたいことはありますか?」
「さっき言っちまったような気もしなくはないが……そうだな……」
その後にギルドマスターが言った言葉を、俺は一字一句間違えずに覚えた。
「シュラさんの所属していたギルドに、ですか。よく見つけましたねえ、どうやったんですか?」
俺が『電光石火』のギルドマスターに会って話した事を知ると、エリは半分呆れが入ったような驚きを見せた。
「偶然だよ。他のギルドマスターがたまたまシュラさんの所属していたギルドのマスターと知り合いでさ、取り次いでくれたんだ」
「そうですか。そんなこともあるんですね……」
「いい教訓になったよ。たまには独自の調査だけじゃなくて、そういった人脈も大切にしないとな」
「人脈と言えば、クイーンさんっていつも新しいスクープを持ってきますけど、いったいあの人はどんな人脈を持っているんでしょうか?」
「確かに、あの女王様の情報網は半端じゃないよな。どこまで繋がっているのか、考えるだけでも恐ろしいよ」
俺が肩をすくめて言うと、エリは微笑を洩らした。
「ところで、いろんなギルドを探しているうちに、この前のトーナメント戦の決勝戦でシュラさんとあたったチームがいるギルドの人と接触できたんですけど……」
「本当か。彼らはなんて言っていたんだ?」
「鬼神のようだった、と言っていましたよ。どの攻撃も簡単に弾かれてしまうので、まるで壁を相手にしているようだったって。
でも、彼らはちゃんとシュラさんの弱点を見つけていましたよ」
「鬼神に弱点……ねえ」
「はい。何度かドロッパーの人がダメージを与えることができたらしいんですけど、《観察眼》のスキルでHPの変化を見たところ、普通のソルジャーよりもHPの減りが多かったようです。多分防御力を減少させる代わりに素早さか筋力を上げる防具を装備していると言っていました」
「防御を犠牲にして全てを攻撃に集中したのか。攻撃は最大の防御、とはよく言ったもんだな」
とはいえ、回復アイテムが限られているトーナメント戦において、前衛ならばある程度の耐久力は必要だ。そう考えると、シュラが団体戦で優勝したのはほとんど奇跡と言っていいいようなものだった。
「というよりは、シュラさんがその言葉自体のステータスを再現したとも取れますね」
「確かに、『修羅』なんて物騒なサブネームを名乗っている時点でそういう言葉もよく知ってそうだな。インタビューできたら是非聞いてみたいところだ」
「問題は、彼が取材を受け付けてくれそうにないって事ですね」
「そうだな。ギルドのメンバーにも連絡せずに絶縁しているから、協力しているやつもいないみたいだし、完全に一人で活動していると見て間違いないだろう」
「そうですね、協力者がいたら、他の仲間を頼った方がいいことを知っているはずですからね。なんだかシュラさんって……孤独ですよね」
孤独、それは戦いにおいてある意味一つのアドバンテージでもある。
第一に、戦いの時に周りを気にせず戦うことができるのだ。アルカディアの戦闘では仲間にも攻撃が当たるので、魔法使い職は下手に広範囲魔法を使うことができないし、使うのであったら、前衛職がそこをフォローする必要がある。
そこが集団戦の醍醐味でもあるのだが、なかなか神経をすり減らすものなのだ。
一人であれば防御やHPの低い後衛職を守る必要もないし、存分に広範囲スキルを使って暴れまわることもできる。
だが、それは戦略的にはある程度理にかなっていても、人間という生物の性質上どうしても弊害が発生する。
孤独である、という事自体が、本人に無意識下で負担を強いていくのだ。
「なあ、エリ。三柱の大災害っていう通り名のユーザーの話を知っているか?」
「あ、はい」
俺がいきなり話を変えたので、エリは少し困惑した様子で頷く。
「ええと、半年前まで個人トーナメント戦をずっと勝ち続けてきたレンジャーの人のことですよね。サブネームが『バーツ』でしたっけ。あの人、すごかったですよね。運営側のイベントのボスモンスターも結構な数倒していましたし、対人戦でも三分以上彼の前に立っている者はいないと言われてましたからね。
でも、いなくなっちゃいましたね」
「そうだな、それで、あいつはどうしていなくなっちまったと思う?」
俺が問うと、エリは首をかしげながら真面目に考える。調査中はなかなか鋭い考え方をするエリだが、こういった質問には疎く、そういう時の考えかたは年相応の女の子のものだ。
「家の事情、とかですかね。彼は学生だったようですし……」
エリらしい答えだ。だが、答えはもっと個人的なもので、あの時は本当にそうなるはずだったのだ。
「孤独だったからだよ。MMORPGの醍醐味は他の人とコミュニケーションを取りながら共にゲームを楽しむことにあるんだ。それをあいつは一人だけで、ただのゲームとしてプレイしていたんだ。飽きないはずがないんだよ」
「それじゃあ、シュラさんもそうなる可能性が……」
俺は鷹揚に頷く。
「ああ、あのままじゃ勝っても負けても、シュラさんは孤独なままだ。本当の意味でアルカディアの世界を楽しめていないんだよ」
「……『引き込む』つもりですか?」
「いや、クイーンが動こうとしないんだったら、俺もそれに従おうと思っている。それに、シュラさんには帰るべきギルドがあるからな」
「……」
どうやらエリは混乱しているようだ。まあこれは男特有の問題だから、エリが疎いのも無理はないか。
「できれば、シュラさんには元のギルドに戻ってほしいところだな。『電光石火』のギルドマスターには繋がりがあるし、取材もしやすくなるだろう。
それに、ああいう人はほっとけないんだ」
俺がそう言うと、エリは意外そうな顔をした。
「シンジさんがそこまで調査する人に肩入れするなんて、珍しいですね」
「そう言われると俺が薄情者みたいな感じだな……。まあ、でも確かにそうかもしれない」
「でも、三柱の大災害のことをそこまで知っているということは、今のシュラさんみたいに肩入れしていたんですよね? しかもあの人が活躍していたのって、シンジさんが番組のスタッフになる前ですし、知り合いだったんですか?」
「まあ、な」
俺はこの質問に対しては答えをはぐらかした。
「それはともかく、問題はこれからどうやってノーブル・ソルジャーの情報を集めるか、だ。出身も分かったし、目的もなんとなく分かった。だがどうやったらあんな戦い方ができるのかが分からない。
元のギルドにいたころの話も聞いてしまったから、あとは本人に直接聞いてみないことには、これ以上の情報は望めそうにないな」
またしても強引に話題を変えた事に対して、エリは少し怪訝な表情をしたが、俺が話を戻す気がないと判断したのか、話を合わせてくれる。
「そうですね。でもシュラさんはあんな態度を取ってしますし……」
話が堂々巡りしそうだ。何かいい方法はないかと二人で唸りながら考える。
「そういえば、どうしてシュラさんはアルスター遺跡にいたんでしょうか」
「普通に考えれば、経験値稼ぎのためだよな。あそこはレベル150ダンジョンだし、あのレベルのソルジャーなら何とか敵を倒して進める難易度だ」
アルカディアでのユーザーのレベルアップシステムは、他のRPGと変わらす、敵を倒すか、イベントに参加することで得られる経験値が一定量溜まることでレベルが上がる。
「でも、わたしたちがシュラさんに会ったときって……」
「ああ、何かを待っている感じだったな。経験値稼ぎをしていたんだとしたら少し変だよな。何か目的があってあそこにいたっていうのが妥当だな」
「あのダンジョンに何か新アイテムでもあるのでしょうか?」
「ありうるな……時間で復活するタイプのボスがいるのかもしれない。そいつが低確率で落とすアイテムを狙っているのだとしたら、合点がいく」
「それじゃあ、さっそく情報収集ですね」
「ああ、また二手に分かれて探ろう」
おまけ:マジシャン職の転職経路
一次職
・マジシャン(魔法使い)
使用武器:魔法杖
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
魔法を使って戦う。筋力や耐久力が低く、MPが無いと戦えないが、その分火力が高い。
二次職
・ウィザード(魔術師)
使用武器:魔法杖
上昇しやすいステータス:魔力
攻撃魔法を主に使い、高い火力で敵を焼き払うのが役目となる。
・クレリック(聖職者)
使用武器:魔法杖
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
回復魔法や補助魔法を多く覚え、特に前衛へのサポートが役目となる。自身も強化できるので、マジシャンで覚えた魔法で戦うことも可能。
三次職
ウィザードから分岐
・メイジ(広範囲魔法使い)
使用武器:オーブ
上昇しやすいステータス:魔力
ウィザードからより魔法での戦闘に特化した魔術師。防御面は弱いが、広範囲、高威力の魔法攻撃は強力。
・ブレイバー(魔剣使い)
使用武器:鞘
上昇しやすいステータス:魔力、素早さ
鞘からMPを消費して魔剣を召喚し、戦う。防御面は弱いが、素早さが飛躍的に上昇する上、ウォーリア職をも凌駕する接近戦闘での火力を持つ。
・ベアラー(魔人使い)
使用武器:指輪
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
魔神を自らに憑依させ、その力を以て戦う。憑依していられるのは一定時間だが、その間は防御も含めた全ステータスが大幅に強化され、圧倒的な火力を持つ。
憑依する魔神は転職時に一種類のみ選択可能。変更は自由だが専用のアイテムが必要。
クレリックから分岐
・ビショップ(聖魔使い)
使用武器:魔法杖
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
聖属性攻撃魔法を覚え、戦闘も補助もできるようになったクレリック。聖属性魔法は詠唱が長いが、それだけ威力が高い。
・プリースト(聖法使い)
使用武器:聖水
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
補助魔法が多く覚え、補助に特化したクレリック。補助魔法は性能が高いものが多く、それらを使ったパーティーの戦闘力は大幅に上昇する。
・リコーラー(魔物使い)
使用武器:グリモア
上昇しやすいステータス:魔力、精神力
捕らえた魔物の魂を本に封じ、好きな時に召喚することができる。補助魔法を召喚した魔物に掛けることができるため、魔物の戦闘力は一プレイヤーと変わらないほどにできる。
八日の二十時に次話投稿予定。