1-3 接触→決裂
「シュラさん……ですか……。すいません、この店には来ていませんねえ」
「そうですか……ご協力ありがとうございます」
もう何件目になるだろうか。優勝してから三日間、アルカディアネット(アルカディアにおける情報共有用のネットワーク掲示板の通称)であれほど話題になっているソルジャーは、彼の所属する国であるヴァルハラ内のどのユーザー経営店にも寄っていない。
アルカディアでは、一定の追加料金を払う事によって店を出すことができる。アルカディアのお金には二種類あり、一つはゲーム内でよく手に入るお金。通称一般硬貨と言うが、これは敵を倒したりアイテムをユーザーの経営していない店に売ったりして手に入るものだ。もう一つは大会で優勝したり、課金したりすることで手に入る特別なお金。通称クリスタル硬貨と呼ばれるこれは現実のネットマネーに換金することができる。そのため希少価値の高いアイテムは後者のほうで取引されることがよくあり、そうしたお金をこういった露店で稼ぐユーザーもいる。無論、換金する人もしかり。
換金するお金を支払うのはゲームを作った会社なのだが、この仕組みを見れば分かる通りほとんどの出費は課金する人からだ。
ジョブチェンジなどができる特殊アイテムはクリスタル硬貨を支払わないと入手できないので、それで儲けている額もけっこう多いとか。
まったく、ボロい商売だよなあ。
それはともかく、ユーザーのやっている店に寄らないというのは奇妙だ。モンスターを狩るならば回復アイテムは必要だし、(もちろん無人のアイテム屋もあるが)新しい装備をチェックするもの結構大事なのだ。武器製造スキルを持ったユーザーが、たまに画期的な機能を組み合わせた装備を作ったりすることで、それを装備したユーザーが闘技大会で優勝することもありうる。
またしても、謎は深まるばかりだ。
ここ三日間は一人で調査をしていたが、そろそろ他のスタッフにも協力を依頼したほうがいいだろうか。
俺はそう思って、顔見知りのスタッフの数人に協力の依頼をするため、メッセージを打った。
「そうですか、どの店にも寄っていないと……。もしかしたら、彼にはサポートしてくれる仲間がいるのかもしれませんね」
「あー、そうか……その発想があったか……」
エリの意見に、俺は頭を掻く。俺にとっても、あのソルジャーにとっても、他の仲間を頼るのは得策と言えた。
俺が協力を仰ごうとメッセージを送った数人の内、そのほとんどから他の取材で忙しく協力できないという返答があった。
ノーブル・ソルジャーの事に気を取られていて忘れていたのだが、今週は国対抗でのイベントがあったのだ。
『飛行船レース』と呼ばれるこのイベントは、それぞれの国の中で材料を持ちあって一つの巨大な飛行船と言う名の戦艦を造り、それを用いてレースを行うというものだ。途中で攻撃することも可能なので、戦艦にどれだけ砲台を積むかとか、スピードをどの程度出すか考えるのも戦略の一つだ。
勝利した国は、幻想宮殿という期間限定マップを独占でき、レアアイテムをたくさん入手することができる。どのレベルのユーザーにも恩恵があるこのイベントには、毎回たくさんのユーザーが参加するのだ。
それだけに、週刊どらゴン通信のスタッフも、かなり忙しくなる。
結果、俺が協力を要請することができたのは、偶然仕事がなかったエリだけだったのだ。
「それでしたら、誰かと一緒に狩りをしている可能性が高いですね。あのレベルの人が行きそうなダンジョンを捜索してみませんか?」
「だな。く……本当にノーブル・ソルジャーには謎の戦士っていう呼び方が似合うな」
俺がそう言うと、エリは苦笑する。
「そうですね、他から見たらかっこいいですけど、探すとなると大変そうです」
「まあ、クイーンには分からなくてもそんなに問題はないって言われてるから、気楽に探していくか」
「はい!」
「エリ! そいつに攻撃を引き付けてくれ!」
「了解です!」
ダンジョン、アルスター遺跡内で道を塞ぐように現れた、石版に腕と頭が生えたモンスター、ガルムモノリスに対してエリは召喚していた雷属性の精霊、ゴールドエレメントを突撃させる。
ガルムモノリスは顔にその突撃を受け、激しく散る雷でいくらかダメージを受ける。だが、すぐに体勢を整えるとかぎ爪の生えた腕で反撃する。
しかし物理防御の高いゴールドエレメントは、もともとガルムモノリスが魔法に特化しているステータスであることも相まって、致命傷にまでは至らない。
「《ガーネット・バレット》」
俺はその隙を逃さずスキルを発動させ、両手に持った銃から炎をまとった弾丸をガルムモノリスに浴びせる。弾丸は着弾すると爆発し、ガルムモノリスをのけぞらせた。
ユーザーが覚えることができる攻撃スキルは、元々の攻撃にいろいろな属性をつけたり、技の威力を強化したりすることができる。俺は銃を扱う職業だから、必然的に銃系統のスキルを多数覚えているというわけだ。
ちなみにユーザーのレベルが上がるごとにどれか一つのスキルのレベルを一つ上げることができる。《ガーネット・バレット》はそれなりにレベルを上げているから、高い威力を持っているのだ。
これまでの攻撃ですでにガルムモノリスのHPは半分を切っており、このままの状態で攻め続ければ確実に勝てる流れだった。
が、その瞬間。ガルムモノリスはあろうことか俺やゴールドエレメントではなく、一番HPの少ないエリに体の向きを合わせ、手に光を集め始める。
やばい、あれは回避が難しい魔法だ。よりによってエリを狙ってくるとは……詠唱体勢に入ったら対象は変更できない、リコーラーのHPであれをくらうのはまずいぞ。
しかも今のガルムモノリスのHPでは詠唱が終わるまでに止めを刺せそうにない。
『本気』を出せばその限りではないだろうが……。
俺は焦りつつもガルムモノリスの挙動を観察する。よく見ると、かぎ爪状の手には球体の火球ができつつあった。どうやらガルムモノリスの魔法攻撃は、これまでも何度か使ってきたように射撃系のもののようだ。
だとしたら守れるチャンスはあった。
「エリ! いったん下がれ!」
「は、はいっ!」
「行くぞ! 《ラヴァ・ペイン》」
エリが慌ててガルムモノリスから距離を取るのを見ながら、俺は立て続けにスキルを発動させる。上方向に打ち上げるように何度も引き金を引くと、その度に銃口が紅蓮の光を一瞬帯びるが、発射されるべき弾丸はない。
「《ガーネット・バレット》」
すぐにガルムモノリスとエリの間にいくつもの炎の弾丸を撃ち込む。俺が弾丸を放つのと、ガルムモノリスが火球を放つのは同時だった。
そして炎の弾丸の射線上に、天井から別の炎の弾丸が降り注ぎ、衝突した。炎の弾丸がぶつかり合うと、通常の数倍の威力の爆発が巻き起こり、ガルムモノリスが放った火球を阻む。
これは俺が編み出した双銃技だ。《ラヴァ・ペイン》は上空に弾丸無き銃撃を行った後に目標に向かって炎の弾丸が降り注ぐ攻撃スキルであり、それに《ガーネット・バレット》の弾丸をぶつけることで、普段の数倍の威力と範囲を持つ弾幕を張ることが可能となる。
火球を防がれたガルムモノリスは、魔法を放った直後ということで動きを止めている。
俺はその隙に、ガルムモノリスを無力化することにした。
「《サードニクス・バレット》」
今度は雷の弾丸を放つスキルを発動させ、乱射する。弾丸はガルムモノリスに着弾すると、その地点に雷を落とす。
そして狙い通り、雷の弾丸をたっぷりとくらったガルムモノリスは、状態異常、麻痺に陥り行動が制限された。
「エリ! 今だ!」
「はいっ!」
エリが持っている本を光らせ、ゴールドエレメントに魔法を使う指示を出す。
魔法陣をそのまま三次元化したような幾何学形のゴールドエレメントが体を激しく回転させ、魔法の詠唱を開始する。
俺は万が一麻痺が解けてしまったときの保険のために、更に攻勢に出ることにした。
「《サファイア・バレット》」
氷の弾丸をわざとガルムモノリスの足元に放つ。弾丸は着弾すると同時に氷塊を出現させ、ガルムモノリスの移動を阻害する。弾丸を直撃させてダメージを与えることも忘れない。
氷塊のせいでガルムモノリスが立ち往生している間に、ゴールドエレメントの魔法詠唱が終了した。
「いっけえ! 《マグネティック・ボルト》」
エリが言うと同時にガルムモノリスの足元に魔法陣が現れた。直後、地面の砂塵が渦を巻いて浮き上がり、ガルムモノリスを囲む。
そして砂塵の渦を貫くように大量の雷が落下し、一気にガルムモノリスのHPをゼロにした。
ガルムモノリスが光となって消えるのを見て、俺は銃の構えを解く。
「ふう、さすがにレベル150のダンジョンの巨大モンスターだけあってしぶとかったな」
俺とエリはここ二日、レベル150のダンジョンをいくつか捜索して回っていた。
「よく言いますよ。ほとんどダメージもうけていないのに」
「まあ、な」
俺が言うと、エリはふふっ、と微笑を洩らす。
「でも、さっきは助かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。貴重な回復役のエリを失う訳にはいかないしな」
実はHPがゼロになっても、そこで手に入れたアイテムを失って近くの街に戻るだけなのでそこまで問題はなく、俺一人でも進めない事はないのだが、せっかく協力してもらっているのにはぐれてしまうのは避けたかった。
「そうですね、死なないように頑張ります」
「ああ、俺も守ってやるから頼むぜ。んじゃ、捜索を再開するか」
「はい!」
そうして、俺とエリはダンジョン内を捜索する。
途中、何回か戦闘があり、少なからずダメージも負ったが、回復魔法スキルを使うことができ、使い魔で戦うためにMPを節約できるエリがいたことで特に問題なく進むことができた。
クリスタル・ドラゴンを召喚しなかったのもそのためだ。あの龍の火力は半端ではないが、その分召喚にMPを多く消費するし、機動力も高くない。
「それにしても、シンジさんの《ファイア・ワークス》っていつ見てもすごいですね。どうやったら落下してくる玉に銃弾を当てられるんですか?」
「どうやったらって言われてもな……慣れだよ、慣れ」
「……」
そしてアルスター遺跡の深部に差し掛かったころ、俺は黒い鎧を纏い、兜で顔を隠し、整然と佇む短槍使いを発見する。
サブネームは、『シュラ』。間違いなく、あのノーブル・ソルジャーだ。
殺伐とした雰囲気を醸し出している。
「シンジさん、あの人は・・・」
「ああ、装備も変わってないし、目的の人物だろう」
俺とエリはアイテムパックからカメラを取りだし、シュラに接触を試みる。
「あの、この前天空都市レムルスの闘技大会で優勝した、シュラさんですよね」
エリが声をかけると、シュラははっとした様子でこちらを見、短槍を構えた。
「誰だ」
「待ってください。あなたと戦うつもりはありません。俺たちは、『週刊どらゴン通信』の記者です。取材のために、あなたを探していました。話を聞かせてもらえないでしょうか?」
俺はそう言うが、シュラは武器の構えを崩さない。
「お断りだ」
そしてそう言うと、踵を返してここから離れようとする。
「え! ちょっと、待ってください!」
止めようとするが、素早さのステータスが俺よりも高いらしく、追いつくことができない。
その時、シュラの前に巨大なコウモリのようなモンスターが姿を現す。
「ちっ!」
その道を塞ぐ巨体にシュラは舌打ちしたが、迷うことなく突っ込んでいく。コウモリはその爪の生えた足で蹴ろうとするが、シュラは短槍で難なく弾く。
そしてそのまま、真っ向から短槍の乱舞でコウモリを攻撃し続ける。コウモリのほうも噛みつこうとしたり羽で払おうとしたりするが、それらはすべてシュラの短槍によって防がれていた。
そしてそのまま、コウモリのHPがゼロになる。シュラはコウモリが光となって消えるのを見届けることなく、そのまま走って行ってしまった。
俺とエリはそのあまりに常識離れした戦い方に唖然として、追う事もできなかった。
「なんだか……すごく強引な戦い方ですね。スキルも使わずに正面から押し切ってしまうなんて」
「そうだな……それにしても、なんて槍の速さだ。なにか新しい武器かスキルでも開発されたのかもしれないな。だが、それだけじゃない。敵の攻撃を見切る集中力も半端ではないし、プレイヤースキルもかなりのものだ。
もしかして……デスペレイトなんじゃ……」
「なんですか? デスペレイトって」
俺が最後に呟いた言葉を、エリが聞き返す。
「いや、特に意味はないんだ。とにかくすごい人だなってこと」
「そうですか……」
本当は《デスペレイト》には別の意味があり、俺が初めて聞いたのはクイーンからだ。しかしそれを説明すると俺にとってまずいことが起こりかねないので、説明しない。
「でも、逃げられちゃいましたね。一応彼の戦っている光景はカメラに収められましたが、また振り出しにもどって探さないといけませんね」
「いや、そんなことはないさ」
「え?」
エリが意外なほど驚いてくれたので、俺は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「musashi98。シュラのユーザーネームだ。こいつを手がかりにすれば、もともとシュラがどういう人物だったのか分かるかもしれないぞ」
サブネームと違い、ユーザーネームは大会の時などに呼ばれることはなく、直接会って確認するか、フレンドに登録しないと分からない。
シュラのユーザーネームが確認できたのは少しの時間だったが、俺は記憶力のいい方なので難なく覚えられた。
「さすがシンジさんです。抜け目ないですね……わたしも見習わなきゃ」
「適材適所ってやつだよ、エリも司会者やってるしさ」
「でも、わたしだって……」
「それでも覚えたかったら、ゆっくり身に着けていけばいいさ。俺だって、入ったばっかりの頃は先輩に教わってばっかだったぞ」
俺が半年前の事を苦々しく思い出しながら言うと、エリは微笑を洩らす。そういえば番組のスタッフとしてのエリは俺の後輩だが、歳は同じなはずだった。それなのに絶対に敬語を崩さないのは彼女の律儀な性格のせいだろうか。
いや、そういえばエリが敬語で喋っていないところを見たことがないな。
「そうですか……。じゃあ、これからもよろしくお願いしますね」
「ああ。それじゃ、引き続き調査を行うぞ」
「はい!」
そうして、俺とエリはノーブル・ソルジャーの情報を更に集めるため、ヴァルハラの街へと『転送石』を用いて移動する。
そういえば、シュラさんはこれを使わなかったな。元々持っていなかったのか? いや、レベル150のダンジョンを散策するのに『転送石』を持っていかないというのは奇妙だ。
また一つ、謎が増えた。
おまけ:シンジのステータス
レベル:150
所属:クロノス
ジョブ:冒険者職業 レンジャー(双銃使い)
習得済みジョブスキル(職業固有のスキル。レベルが上がるごとに任意のスキルのレベルを上げることができる。それぞれの限界レベルは10)
「一次職スキル」
・シューターソウル(レベル10)
永続スキル。レベル30までの遠距離系の武器(弓、銃)装備可能。遠距系武器装備時、攻撃力上昇。一次転職を行った後必ず習得。
・パワーショット(レベル10)
MPを消費し、強力な弾丸を放つ。攻撃系スキルはレベルにより威力が上昇する。
「二次職スキル」
・ガンマスタリー(レベル10)
永続スキル。レベル70までの短銃、機関銃を装備可能。レベルによって銃系統の武器を装備時に攻撃力が上昇する。二次転職を行った後必ず習得。
・ガーネット・バレット(レベル20)
炎の弾丸を放つ。確率で異常状態、火傷(一定時間HP回復不可)にする。
・サファイア・バレット(レベル10)
氷の弾丸を放つ。着弾地点には一定時間氷塊が出現し、物理的な障壁になる。
・サードニクス・バレット(レベル10)
着弾すると雷が落ちる弾丸を放つ。確率で異常状態、麻痺(一定時間スキル使用不可)にする。
「三次職スキル」(レベル70で三次職転職を行った後、専用のアイテムを使うことで習得可能。レベルは10まで)
・ツインガンナー(レベル25)
永続スキル。両手に短銃を装備可能。レベルが上がるほど短銃系の威力と連射速度が上昇する。三次転職を行ったあと必ず習得。
・ラヴァ・ペイン(レベル20)
上空に向けて弾丸を打ち上げたあと、対象に向けて炎の弾丸が降り注ぐ。
・フローズン・ブレイク(レベル16)
敵を貫通する高速の氷の弾丸を発射する。
・ライトニング・ストーム(レベル10)
着弾すると広範囲に電流をまき散らす弾丸を発射する。確率で異常状態、麻痺にする。
・デュアルバレット(レベル10)
一定時間、弾数と消費MPを二倍にする代わりに一度に二発の弾丸を放てるようになる。一度使うとしばらく再使用はできない。
「リミットブレイクスキル」(レベル120でリミットブレイククエストを行った後、専用のアイテムを使うことで習得可能。レベルは無い)
・リミットブレイク
スキルの限界レベルを上回って上げることができる。リミットブレイククエストを行った後、必ず習得。
・シャドウショット
一定時間、放つ弾丸を見えなくし、威力を上昇させる。一度使うとしばらく再使用はできない。
「習得済みスロットスキル」(専用のアイテムを使うことで覚えられるスキル。使用する回数にしたがってレベルが上がっていく。個数は最大で四個。レベルは20まで)
・観察眼(レベル20)
対象のレベル、装備、残りHPなどが分かる。スキルレベルが高いほど、自分と相手のレベル差が少ないほど多くのステータスを見破りやすい。
・鷹の眼(レベル20)
望遠鏡を覗くように遠くの物を見ることができる。スキルレベルが高いほどより遠い物を観察可能になる。
・スリップステップ(レベル20)
MPを消費し、滑るように任意の方向に移動することができる。スキルレベルが高いほど、移動速度と最大移動距離が上昇。
・プリベント・パラライズ(レベル20)
レベルにより麻痺状態を確率で防御する。現在100%防御。