2-7 女王様に隠し事はできません。
「あのなあ……」
作戦の結果をシンジ君に映像つきで説明したところ、彼は肩を震わせる。
「これじゃあ俺が完全に付きまといみたいじゃないか! 悪評が立ってこれからの取材に影響が出たらどうするんだよ!」
「うるさいわね、そのぐらいの悪役だったほうが、彼も彼女を守る大義があるってもんでしょ? それとも何? あなたはそんなことにも気付いていなかったわけ?」
「おまえなあ……!」
シンジ君がその眼の色を今にも変えそうな勢いであたしにつっかっかって来るか否かで、唐突に軽快なメロディーが流れだす。
「あ、クイーンからのチャットだ」
番組のスタッフは皆、クイーンには絶対服従だ。それはあたしも例外ではなくて、ボイスチャット申請が来たときに取りそびれないよう、専用のメロディーを流すように設定している。
シンジ君もその事を知っていたので、渋々といった様子であたしから離れ、そして虫の居場所が悪いようにどこかに行ってしまった。
「もしもし?」
『突然悪いわね、そっちの作戦の首尾はどうなの? 庭園大蛇のギルドマスターと、シェリイをどうにかしようとしているんでしょう?』
いきなりそう言われてあたしはどきっとする。そういえばクイーンには今回の作戦のことを話していない。なのに、クイーンは『作戦』のことを聞いた。
「ええっと、どうしてそれを……?」
チャットの向こうで、含み笑いが聞こえた。
『私を誰だと思っているの? 部下がしている仕事をチェックしないで、番組のプロデューサーは務まらないわよ』
それはプロデューサーとしての域を超えていると思います。という言葉は飲み込んで、あたしは改めて驚愕する。今回の作戦は当の本人に知られてはまずいので、ほとんどあたしたちだけで行ったのだ。それなのにそれが筒抜けとは、なんとも、ね。
「……そうですね。それで、作戦の事ですが、おおむね順調ってところです。シェリイさんは完全にイオンさんに恋心を持っていますし、イオンさんもシェリイさんを嫌っているわけでもない。シェリイさんが熱い視線を存分に向けていれば、いつかは気が付くでしょう」
あたしが簡潔に報告すると、チャット越しに含み笑いが聞こえてきた。
『なんというか、あなたらしいと言えばあなたらしいのだけれど。一つ、大切なことを忘れていないかしら? 私は、貴方たちにどんな命令を下したか、よ』
「!」
そしてクイーンがそう言った瞬間。あたしに背筋が凍るような衝撃が走る。今回の作戦の目的。そして、それがいかに重要な事か。
くわばら、くわばら。とっても悪いことに、あたしはそれを完全に失念していた。シェリイとイオンの恋愛関係に興味を持ちすぎたせいで、シェリイの引き抜きという事を完全に忘れていたのだ。
「あ、あ……あの……」
自分の失態からくるあまりの衝撃に、あたしは何か言葉を探すけれど、それはすぐに破裂する泡のように言葉の形をとらない。
再度、含み笑いが聞こえる。
『反省するのはいいことね。あなたがそんなに動揺するところなんてなかなか見られないから、ちょっと得した気分よ。あなたも、可愛いところがあるじゃない。
それで、私が強引に止めずにこうやってチャットしているのには、訳があるのよ?』
クイーンの穏やかな言葉に、あたしは少し安堵するけれど、クイーンの考えていることが分からず、眉をひそめる。
確かに、クイーンの戦闘の手腕ならば不意を打ってあの場にいる全員を撃破することは十分にできただろう。しかし、目的を見失ったあたしたちの作戦を、クイーンは黙認した。
『端的に言わせてもらえば、あなたたちの作戦は上手く使えばシェリイを引き抜く以上の成果を上げることができるという事よ。シェリイの恋が叶えば、彼女はもうトーナメントに出ることはほぼないと言っていいでしょう。
そして場合によっては、恩を売ることだってできる。なにかあったら、協力してくれるように要請できるようになるかもしれない。まあ、これは今後の結果しだいだけれど。
それと、あとは分かるわよね?』
クイーンの突然の振りに、あたしはしばし困惑する。けれど、その語気に含まれたいたずらな空気を読み取って、あたしはそれに行き当たる。
「個人戦トーナメントを十一連勝する人物の恋愛を、スクープすることができるってことですね!」
『ええ、この上ないネタになるでしょうね。もし恋愛が成就すれば、相手も快く放送を許可してくれるでしょうし』
クイーンの楽しそうな口調に影響されて、あたしも口元を歪める。
『指示は、三つよ。一つ目は、シェリイにトーナメント参加を止めさせること。二つ目は、シェリイたち、もとい、『庭園大蛇』のメンバーとなんらかのコネクションを作ること。三つ目はシェリイとイオンの恋愛をスクープすること。わかった?』
「はい! 絶対、上手くやって見せます!」
あたしの張り切りように、クイーンは苦笑混じりに答える。
『ええ、期待しているわよ』
緑の長い髪を持つ女性は、手にした両剣を振るい、その場にいる敵を次々と切り伏せていく。両剣はSF的な雰囲気を多く持つビームサーベル的なもので、それ自身が発光して鮮やかな剣線を描き出す。バトンかなにかのパフォーマンスみたいだ。
「相変わらず見事な剣捌きよねー。ほーんと、現実世界ではなにをやっているんだか」
『意外と普通な人かもしれないね。だって、シンジも普通の高校生でしょ? あれだけの銃の腕をもっているのにさ』
「確かに。あの人に対する恋の仕方はすごーく普通の乙女、って感じだったわね」
今日もあたしはソラとレイと共にシェリイを監視している。もし接近戦闘主体の職業だったらなにか戦闘のヒントみたいなものを得られたかもしれないけれど、レイはともかくあたしは魔法職のメイジだし、ソラは遠距離攻撃職のスナイパーだ。
『いくら引き込むための情報収集をするからって、狩りのやり方まで見なくてもいいとおもうけどな……』
MMOでは避けては通れない道、モンスターを効率的に倒すことで経験値を稼ぐ『狩り』はそれだけで本人の戦いの癖を見ることができたりする。なぜなら戦闘を何度も繰り返すある意味単純作業なので、深く考えずに戦っているからだ。そうなれば当然攻撃はワンパターンになるし、たまに不意を打たれると反射的に使う手段も分かる。
「まあ、それはソラの言う通りかもね。なんていうかもう完全に条件反射的な狩り方だし、そろそろあたしも飽きてきたわ」
そろそろシェリイの狩りが始まって一時間近くが経つ。レイは分からないけど、あたしもソラも完全に飽きていた。
と、その時。突然シェリイがソラのカメラの方向に向き直り、こっちに近づき始めた。
「! ソラ、シェリイがそっちに近づいてきてる。位置を変えて」
あたしが言うと、ソラは大急ぎでその場から離れる。少し入り組んだ地形になっている地底界のマップは、地形を上方向から見たなら迷路のように見えるだろう。
何個かの曲がり角を曲がり、ここなら大丈夫だろうと一息ついたところで、あたしはレイにシェリイの居場所を尋ねた。もう一度ソラのカメラにシェリイの姿を収めさせるためだ。
やれやれ、焦ったなあ。
『な、ナツキ……』
あたしがひとまず胸をなでおろしたところで、ソラの焦ったような声が聞こえた。それにつられてソラのカメラを見ると、一人の女性がドアップで映っているのがわかる。
それが何を示すのかを悟って、あたしは思わず顔を引きつらせた。
『小さなカメラマンさん? 私に何か用かしら?』
疾風乱舞の戦姫、シェリイはソラの目の前に立っていたのだ。
『あ、あわわわ……』
その威圧的なたたずまいに、ソラは言葉を返せずにいる。
「ソラ! はやく転送石を使って帰って来なさい」
と、あたしも叱咤するけれど、ソラには完全に聞こえていないようだった。その先の言葉を言おうとして、あたしはそれが無意味であることを悟る。
『あ、あ、あの……』
このように一定距離まであまり知らない人に近づかれると、ソラはパニックになってしまう。それはあたしたちにとっては衆知の事実だったけれど、それが今絶対的な窮地を助長していた。
断片的な言葉をしか発しないソラに対して、シェリイは不思議そうにソラの顔を覗き込む。そして一言。
『あれ、女の子ね……』
それからシェリイはどこか困ったような表情をして、ソラに尋ねた。
『あなたさ、この前の個人対抗トーナメントの時に私を見ていたわよね?』
その言葉に、あたしは背筋が凍る思いがした。やはり、シェリイはあの時、ソラが撮影している事を知っていたのだ。
質問に呼応するように、カメラの画像が上下に揺れる。ソラは頷いてしまったのだ。
『じゃあ、私が=三柱の大災害と戦っていた時も、いたわよね?』
これにも、ソラは頷く。それに対して、シェリイはため息を吐いた。
『うーん、やっぱりというかなんというか。あの時イオンが来たのはちょっと不自然だと思ったのよねえ……』
それからシェリイは、とどめとなるであろう質問を投げかけた。
『あなたさ、私と同じギルドに所属している、レダっていうブリンガーの娘、知ってる?』
ソラは頷く。
『やっぱりか……。レダならやりそうなことだと思ったけど、まさか本当にねえ……。ま、いっか。レダは後で締め上げとくとして、あなた、名前は……ソラっていうのね。どうせレダに頼まれて渋々やっているんでしょう? 嫌な感じの男だったら問い詰めてやるところだったけど、こんなに可愛い女の子だったら……仕方がないわね、見逃してあげる』
そう言って、シェリイ笑顔でその場から離れていった。
ネットの動画投稿サイトとかでよくある表現、あたしはその言葉を呟く機会が今であることを感じ取って、思わず言う。
「可愛いは正義って、ほんとね……」
次回の投稿は六月九日の二十二時。撮影しているのを見つかってしまったナツキたちの運命は……。