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週刊どらゴン通信!  作者: 世鍔 黒葉@万年遅筆
第二章 「疾風乱舞は愛の疾走」
17/23

2-5 背後にはご注意を(意味ないけど)

「自分が何をしそうになったか、分かっているわよね?」


「……はい」


 あたしとクイーンの前には、地面に正座したシンジ君が気まずそうにいる。


「何が『そう何度も言われなくても、重々承知してますよ』、よ。あの時と全然変わってないじゃない、狂犬(マッドハウンド)のシンジ君?」


「……」


 見て分かる通り、今シンジ君は説教の真っただ中だ。今回はエリが止めたから何とかなったとはいえ、ちょっと前までシンジ君は暴走したことでいくつかの作戦を台無ししたことがあった。前科付なのだ。


 そしていいように罵られるシンジ君を、あたしの後ろにいるレイは何を言うでもなく薄ら笑いを浮かべながら見ている。


 しばらくシンジ君を説教して、話すこともなくなってきた頃、突然、少し高いオブジェクト座っていたソラが声を上げた。


「うーん、やっぱりだ。完全に見てるよねえ……」


「どうしたの?」


 あたしが気になって聞き返すと、ソラはそこからぴょんと飛び降り、こっちに来る。そして、モニターの画面を見せた。シェリイとシンジ君が戦っていたときの映像だ。


「ほら、ここ。シェリイさんがさ、こっちを向いてるんだよね……」


「……え?」


 ソラの言葉にモニターに映る画像を見ると、確かに、シェリイが一瞬こっちを向いているのが分かる。


「まさか……ばれていたの……?」


 あたしは慌ててレイとエリが撮った映像を確認する。ソラは観客席の端っこから撮っているのだから、それに気づいていたとしたらエリが撮っていたことも当然知っているはずだった。


 しかし、あたしの焦りとは裏腹にレイの映像にも、エリの映像にも、シェリイは見向きもしていなかった。


「どういう事かしら?」


 そう言って、あたしは自分がひどく馬鹿げた心配をしていることに気が付く。闘技場での試合を撮影している人など、ざらにいるのだ。ソラのカメラの方を向いていた事に関して驚き、焦ってしまったけれど、それ自体は特に問題はないのだ。


 しかし、これはこれで奇妙だ。ソラのカメラは特定のスキルを使わなければ確認することすら難しい位置にある。自分が『撮られている』という事を意識しなければ発見はまずできない。それに、そう思っていたとしたら当然エリのカメラにも気付いているはずだ。


 さらに、ソラのカメラを完全に捉えるには『視界拡張スキル』と呼ばれる、例えば《鷹の目》のような即席望遠鏡などのスキルを使う必要がある。


 しかし、シェリイが相手にしていたのは狂犬的な災害、シンジ君だ。わざわざスキルを使ってまでよそ見する意図が分からない。


 シンジ君は今戦闘不能状態だし、クイーンは用事があると言ってどこかに行ってしまった。ソラにもこれの原因はさっぱりわからないし、レイに関しては、


「射撃者同士がそのスコープ越しに目が合うなど、まさに戦慄の極み」


 など訳の分からない事を言っていた。


「これは、どうしたものかしらねえ……」


 とにかく、目的はシェリイの引き抜きにある。この問題は少しほっておいて、情報を集めたほうがいいだろう。


 シェリイは恋い焦がれる者がいることをすでに白状しているのだ。いくらでも調べようはある。


 ちなみに、あのまま今回の大会も優勝した当の本人にうちの取材班がシンジ君との戦闘の時に言ったことをもう一度聞いたのだけれど、そしたら彼女は顔を真っ赤にして脱兎のごとく逃げて行ったという。転送石も使わず、明らかに動転している様子だったらしい。


 その出来事から、彼女の言ったことが本当であるという見解がスタッフの大半を占めている。


 一つ間違えば大惨事だったとはいえ、シンジ君はなかなかいい成果を上げていた。流石にそろそろかわいそうになって来たから、ちょっと労っておこうか。と、真っ白な灰のようになっているシンジ君を横目にそう考えだした時、丁度部屋にエリが入って来た。


「丁度良かった、エリ、シンジ君がちょーーっと落ち込んでるから、慰めてやって」


 あたしが手をひらひらと振りながら言うと、エリはシンジ君の方を向く。なんとなく事態を察したようだった。







 番組のスタッフは皆、それぞれが得意とする方法で情報収集を行っている。シンジ君のように戦いで無理やり情報を吐かせる人もいれば、人脈を使って人づてに情報を集めていく人もいる。


 そして、あたしたちが得意とするのは、闇討ちならぬ『闇撮り』だ。レイの職業のスキルである《ハイド》を使い、対象に気付かれないように尾行するのだ。


 本来、《ハイド》を使っての尾行は、VRMMOであるこのゲームでも結構難しい。リアルな体感感覚を再現するために足音はいわずもがな、呼吸などの空気感まで再現している。いくら姿を消しているとはいえ、いや、姿が見えないからこそ呼吸音や足音は本人の感覚に容易に昇ってくる。一般人に気配を消すなどという芸当は到底できるはずがないのだ。


 これは、レイが常人ではないからこそできるある意味異常な取材方法だった。


 それに、今回はソラという『撮影の狙撃手』がいる。スナイパーの専用装備である長銃のスコープをカメラの望遠レンズ替わりに使う事によって、通常とは比べものにならない長距離からの撮影を可能としていた。長銃の扱いが元々上手いソラは、その撮影の腕もかなり高い。


 という訳で、あたしたちは『疾風乱舞の戦姫(サイクロン・プリンセス)』、シェリイを完全に尾行していた。


 現実世界でやったなら、完全に犯罪行為だ。それも盗撮とストーカーを併せ持つという卑劣極まりない犯行。


 とはいえ、現代社会はこれと同じような事を全国民に課しているはずだった。なぜなら、街中にはいたるところに監視カメラが取り付けられ、誰かが悪いことをしようものならたちどころに身元が判明してしまう。


 現実世界でさえ、そんな監視体制が敷かれているのだ。いまさら気にすることはない。


 と、言うのは完全なる言い訳だ。


 まあ、バレなければいいのよ、バレなければ。


「流石はうちのスタッフね。予定の時刻に本当に現れるなんて、びっくりしちゃうわ」


『自分がこれやられたら、嫌だろうなあ……』


 あたしが言うと、ソラも別の意味であたしと同調する。


『お嬢様、シェリイが建物に入ります』


 レイが言ったので、あたしはレイの撮っている画像を映すモニターに意識を移す。建物は現代風な喫茶店の様式で、音楽が流れればディスコに早変わりしそうなくらいの広さはある。そこには十人程度の男女がおり、見たところこの建物はギルドを組んだ者達のたまり場みたいな場所のようだ。


 レイもシェリイについていきつつ侵入し、引き続き撮影を行っている。


『おや、シェリイじゃないか。丁度良かった、これからみんなで新ダンジョンを攻略しにいくんだけど、一緒に来ない?』


 最初にシェリイに話しかけたのは、赤い長めの髪を持つ長身の男だった。シェリイより少し年上の、大体二十代前半ぐらいだろうか、さわやかな感じで、イケメンと呼んでも差し支えはなさそうだ。


『あ、はい! 行きます!』


 答えるシェリイは少し嬉しそうだ。


 他のユーザーたちも、シェリイを歓迎する。どうやらシェリイはよくここに来るようだ。というかそれは当たり前のことで、シェリイはこのギルドのメンバーだった。


 疾風乱舞の戦姫が所属するギルドか……結構強いんだろうな。







 シェリイが所属するギルドが向かったのは、先月解放された新ダンジョン、エルシド要塞だった。この前シンジ君とシュラが戦った古めかしい遺跡とは対照的に、この場所はSFチックな景観をしている。要塞と言うより、とてつもなく大きな浮遊戦艦を思い浮かべたほうが近いかもしれない。


 今のところ最高の170レベルダンジョンだけあって、出現する敵は強力だし、なりより数が多い。シェリイたちが通常パーティー二つ分、つまり十二人という大人数で来たのも頷ける。


 そして、当然、レイもそれについてきていた。ソラは流石に無理だったが、レイの職業は攻撃さえしなければ敵に襲われないので、尾行は容易だった。目の前の敵に集中しているから、気づかれる可能性は限りなく低い。


 先陣をきって突き進むのは、両剣を持ったシェリイと、死神のような大鎌を持った長身の男だ。長身の男はさっきシェリイに最初に話しかけた人と同一人物で、仲間に指示を出していることからもギルドマスターであることがうかがえる。


「大鎌? そんな武器系統ってアルカディアにあったっけ?」


 隣でレイの取っている映像を見ながら、ソラが首をかしげる。


「大鎌っていう系統はないと思うけど……何か別の武器系統の特殊武器なんじゃない?」


 あたしが仮説を言うとソラはふーんと言って、モニターにまた集中する。


 シェリイが隊列の前に躍り出て、両剣を縦横無尽に振るう。敵には何対か銃撃を行うものがいたけれど、例によって銃弾は弾かれ、その隙にシェリイは敵を倒していく。


 と、その時、天井から不意に巨大な機械風のゴーレムが落ちてきて、シェリイに両手打ちをくらわせる。視界外からの突然の攻撃にシェリイには防御しきれず、かなりダメージをくらい、さらにその衝撃で転倒してしまった。


 それを逃さす、ゴーレムはシェリイに殴りかかる。ダンジョンに出現するこういった巨大な敵は、大体が高い攻撃力を持っている。しかもこのダンジョンはシェリイのレベルよりも10レベルぐらい高いから、これをくらったら撃破されてしまうだろう。


 その時、ゴーレムの前に立ちはだかる者があった。大鎌を持った、長身のギルドマスターである。彼は大鎌を横に構えてゴーレムの攻撃を防御した。流石に全ての衝撃を持ちこたえることはできず少し体勢を崩すが、すぐに体勢を立て直し、攻勢に出る。


 ゴーレム系統の敵の厄介なのは、高い防御力を持っている所だ。一番ダメージを与えやすい場所は頭部なのだけれど、自らの腕で最優先に防御されるのでなかなか大ダメージを与えられない。


『《サンダー・ストライク》』


 ギルドマスターは大きくジャンプし、大鎌を思い切り振り下ろす。ゴーレムはそれを察知して腕で頭を守った。


 しかし、その腕が頭を守りきることはなかった。鎌という武器の性質上、腕の防御を回り込むようにして、突きだした穂先が頭部を直撃したのだ。


 大鎌が命中すると同時に、その場所に激しい雷が発生する。どうやらこのゴーレムの弱点属性だったようで、ゴーレムは大きくのけぞる。


 これは、確か槍使い(ランサー)のスキルだ。という事はあの大鎌は短槍の特殊系統武器なのだろう。


 ゴーレムがよろめいている間にギルドマスターは離脱し、仲間が離れた場所から銃弾や魔法を集中的に浴びせ、ゴーレムを倒した。


『大丈夫か? シェリイ』


 転倒したまま動けないでいるシェリイに、ギルドマスターは手を差し伸べる。


『ごめんなさい、油断してたわ。助けてくれてありがとう、イオンさん』


 シェリイはその手を取り、立ち上がりながら言う。ギルドマスター、イオンは微笑を返し、シェリイと共に戦線に飛び出していった。


 ……なんていうか。今完全に惚けてたよね?


 言葉だけだったら分からないところだった。でも転倒してからもイオンって人に完全に見入ってたし、謝った時の表情も……。


 うん、きっと、そうだ。


 このあともイオン率いるパーティーはダンジョン内を突き進んだけれど、結構深いところまで来てから流石にアイテムが切れ始め、さらに一人が敵に倒されたためにダンジョンの散策を切り上げることになった。




おまけ:アルカディアに存在するカメラ類について。

 風景が凝られている(という設定の)アルカディアでは、専用のアイテムを使って撮影を行うことができるようになっています。

 静止画を取るカメラと、動画を取るビデオカメラが存在し。アルカディアネットなどを使ってリアルタイムで共有することもできます。

 ナツキたちは、この機能を利用して取材を行っているわけです。しかし番組内でこの動画を無許可で流すと問題になりかねないので、必ず本人に許可を取るようにしていたりします。


次回の更新は五月二十六日。今度はナツキたちが単独で作戦を実行します。

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