2-3 出会いは奇しく
「ねーさー。夏輝の言っている人が誰かに恋をしてたとしても、どう考えたら闘技大会で優勝し続けるなんて思いつくの?」
ベッドに寝ころがり、文庫本に目を通しながら、その小柄な少女はあたしに問いかけてくる。
背が低く、起伏に乏しい体型であることを差し引いても、彼女は『美少女』以外に形容する言葉が見つからないほどの美貌を持っていた。一言でいえば、すごく、可愛い。背中を丸々覆い隠す長い髪は世の女性が嫉妬しそうなほどつややかで、その大きな瞳と相まってまるで人形のようだ。もし共学の高校に通っていたなら、告白する男子生徒が絶えなかっただろう。そのぐらいである。
「本人の立場になってみなければ分からないけれど、一言でいえば恋は盲目ってところかしらね。彼女は大真面目に考えたんだわ。アルカディアのコミュニティなら、大会で優勝したら必然的に有名人になれる、そして、相手の目に触れたいと考えているのよ。
もしその人に直接思いを伝える勇気がないのなら、そういった間接的な手段を取るかもしれないわ」
少女は読んでいた本をパタンと閉じると、理解しかねるという風に唸った。
「でもさー、そんなのっておかしくないかなあ。前感覚体感型のゲームっていっても、あの姿だってアバターでしょ?」
確かにそうだ、アルカディアのアバターがいくら本人に近いとはいえ、アバターはアバターでしかないのだ。極端な言い方をすれば、アルカディア内で仲良くなったとしても現実世界で仲良くなれるとは限らない。ゲームをしている自分と現実の自分は生きている世界が違うのだから、別人とまではいかないがやはり決定的な違いがある。
「まあ、ああ言ったのはあたしの勘が九割だもの。あんな言い方しておいて難だけど、ぶっちゃけありえないかなーとも思ってる。だって、そうやって男を振り向かせようと思っているとしても、あんなやり方は『ずれている』わ」
少女は理解したのかしていないのか、ふーん、と喉を鳴らす。
「これ、読み終わった。次の貸してよ」
「はいはい、相変わらず、そらは本を読むのが速いわね」
そう言ってあたしは本棚から一冊本を取りだし、その小柄な少女、そらに渡す。
「でも、夏輝はそれ全部読んだんでしょ? それだったら私より夏輝のほうが、えらい」
そらはよく分からない解釈を言って、本に目を通し始める。
さて、問題です。この少女がアルカディアの世界に入ったら、どんな女の子になるでしょう?
そう、あなたはもう正解を知っているはず。この少女、『篠崎そら』は、アルカディア内では週刊どらゴン通信の一記者、エデン所属のスナイパー(長銃使い)、『ソラ』なのだ。
こんな美少女がアルカディアでは男の子みたいなスナイパーだとはちょっと想像がつかない。まあどちらも可愛いことには変わりないけど。
あたしとソラが出会ったのはアルカディア内で、その頃あたしはまだ番組の司会などやっておらず、まあまあレベルの高いギルドに所属していた。そのギルドで一緒に活動していたのがソラだったのだ。
あたしはその時高校一年生で、ソラは中学三年生。当然、ソラは受験が理由で夏休みが始まったぐらいからアルカディアから姿を消した。
その直後、奇しくもあたしの所属するギルドではちょっとしたいさかいがあって、解散することになった。ソラが帰ってくるとしたら元々の居場所がなくなるので少し残念に思ったけれど、MMOではよくあることなのでそこまで気にはしなかった。
とはいえ、その出来事があたしのアルカディア内での活動に大きな変化をもたらしたのは事実だ。
クイーンに初めて会ったのもその頃で、あたしは巻き込まれるような形でレイの『引き抜き』に立ち会ったのだ。
あの時のレイは、本当に手段を選ばない男だった。闘技島のバトルロアイヤルでずっと勝ち続けてきた彼は、誰もが考えもしない手段で相手を貶め、漁夫の利を得、そして倒していく策士だったのだ。
策に落ちれば、相手は一瞬でも躊躇する。それは致命的な隙なのだと、レイはよく言っていた。
レイはあの時もクイーンに対してそのスタイルを崩さなかった。あろうことか、偶然通りかかっただけのあたしを、クイーンの攻撃の盾にしようとしたのだ。
普通、相手に止めを刺した場合、アイテムを奪ってしまう上に『仇』として位置情報を知られてしまうのだ。それを覚悟しなければ、プレイヤーキルはできない。よって、普通のユーザーならそんなことをされたら躊躇する。
そう、普通のユーザーならば。
クイーンは、その時躊躇すらしなかった。レイはあたしを盾にしている間に《ハイド》を使い直し、隠れる算段だったのだが、それは一瞬で崩れ去ることになる。
クイーンは何のためらいもなく、ほとんどのユーザーを一撃で葬り去るようなリミットブレイクスキルを発動させ、あたし共々レイを撃破したのだ。
何も分からないままレイと共にヴァルハラに転送されたあたしに、クイーンは笑顔でこう告げた。
「あなた、無所属ね。うちの団体に入らない?」
今思えば、とてもとても図太い発言だった。相手を撃破しておいて、謝りもせずに勧誘を行ったのだから。
でも、あたしがそう思う前に、レイがあたしに謝ったのだ。何度も頭を下げ、本当に反省した様子だった。更にクイーンに負けたら番組のスタッフになると約束があったことであたしの気は完全に呑まれ、その場の流れで番組のスタッフになったのだ。
それから半年以上が経ち、思わぬ形であたしはソラと再会することになる。
現実世界のあたし、『北条夏輝』は、この近くでは名の知れたいわゆるお嬢様学校に通っている。あたしの実家は少し離れたところになるから、学校内の寮があたしの家替わりだ。
一月ごろ、推薦入試で早めに合格が決まった生徒が、ごくまれにだが入学する前にこっちの寮に入ってくることがある。今年はそんなことをした生徒はたった一人しかいなくて、その女子生徒の名前が、篠崎そらだった。
あなたがこの『そら』を見てあの『ソラ』だとすぐには気が付かなかったように、あたしも彼女がソラだなんて全く気が付かなかった。だって、あのソラは自分の事を『ボク』って言うけど、このそらが寮で紹介されて自己紹介した時の一人称は『私』だったのだ。
けれど、そらの方ははそうではなかった。ここに入って来て、近所の挨拶周りみたいな感じであたしの部屋にやってきた時、彼女はにこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「あ、夏輝だ。本当にこの学校にいたんだね。アルカディアでは魔法使いだったけど、ここではお嬢様だ」
その話し方、その笑顔に、あたしの記憶はあのソラであることを敏感に感じ取ったけれど、あたしの頭は完全に混乱した。だって……。
こんなに可愛い子があの男の子みたいなスナイパーのはずがない! と、あたしの理性が猛反発するぐらい印象が違ったんだもん!
以来、そらは寮内のあたしの部屋に頻繁に遊びに来ていた。アルカディアでは結構仲良しだったあたしたちは、同様にここでも仲良くなったのだ。
「ところで、あの疾風乱舞の戦姫が想ってる人って、どんな人なのかなあ。夏輝がいうように間接的な手段を取ってるってことは、多分一目惚れでしょ?」
「でしょうね。だったらイケメンなのかも。これはますますスクープのしがいがありそうだわ。シンジ君には頑張ってもらわなきゃね」
意気揚々と言うあたしに、そらは少し呆れの入った笑みを浮かべる。
「あのさ、夏輝もそうだけど、どうしてマスコミって恋愛関係が好きなのかな。そっとしてあげておいた方がいいと思うなんだけどな、だって何聞いても大体答えないじゃん」
「そういうものなのよ。恋愛っていうのはそれ自体がおめでたいものだし、明るい話題なのよ、暗いニュースばかりでも嫌でしょう? それに、聞かれて困っている様子を見るのはとても楽しいわ」
そらはふーん、と返し、ぼそりと言った。
「そういうのを悪趣味って言うんじゃ……」
次回は五月十二日の二十二時に投稿予定。ついに作戦が実行されます。
レイやシンジの過去の話は、外伝とかでできたらいいなと思っております。
しかしゴールデンウィークだというのに休みがほとんどなかった……。まあ好きでやっている部活ですが、小説は体力がないと書けないんですよね……。