2-2 決意した瞳
「あ、ナツキだ。ボクに何か用?」
あたしがあと数メートルで触れられるというところで、その少女はこちらを振り返った。
ちっ……ばれたか。
後ろから近付いて脅かそうと思った結果がこれだ。今回は座りながらメニューウィンドウで何かの映像を熱心に見ていたのでいけると思ったのだが、どうしてもソラは背後にいることを感知してしまう。
「今回の引き抜きの為の情報収集に協力してほしいの。クイーンには許可をとってあるから、あとはソラしだいよ?」
女の子にしては短めの黒髪に、小動物的な印象を与える茶の眼のソラは、ボーイッシュな服装と相まって遠目からだとほとんど男の子にしか見えない。それも、身長が低いせいで実年齢から五歳ぐらい年下のだ。
ソラは立ち上がって、聞く。
「何をすればいいの?」
「明々後日の個人トーナメントで、シンジ君が今回の対象と戦うでしょう? その時に、『いつもの方法』で映像を取ってほしいの」
「なんだ、そんなことか。いいよ、ボクは観客席の上の方から撮る。それで、ナツキはどうするの?」
「あたしはレイとエリが観客席の前のほうで撮っているのをモニタリングしているわ。できればソラのもモニタリングしておきたいけど……」
「いいよ。後でアドレス送っておくから、届いたらメッセ返して。大会の時にはリンクが繋がっているようにしておく」
「助かるわ。じゃあ当日はよろしくね。でさ、さっき見ていた映像って何?」
ソラは突然の質問に瞬きをしたが、すぐに思い出したようにして答える。
「ああ、クイーンから今回の計画を聞いてから、ちょっと前に撮ってたシェリイさんの戦闘の様子を見ていたんだ」
なるほど、ソラも情報収集に余念がなかったようだ。
「それ、あたし『たち』にも見せてよ。大会の時にシェリイがどんな動きをするのか見ておきたいわ。ねえ、レイ?」
「そうですね、お嬢様」
あたしが問いかけると、あたしとソラの間にレイが姿を現す。
その突然の登場に、ソラは、
「わあああ!」
悲鳴をあげて後ずさった。
あたしの場合はすぐに気づくのに、レイはソラに探知されたことは一度もない。《ハイド》を使っているとはいえ、背後でも気づくソラの感知能力を欺くレイの気配の消し方には、もはや感心するものがある。
「そんなに驚かなくても……」
あたしが言うと、ソラは顔を真っ赤にして抗議の視線をレイに向ける。
この反応が面白いからあたしもソラの背後を狙ったりしているんだけど、まあ結果は先の通りで。
ソラには極度の対人恐怖症みたいなものがあって、一定距離以内に人が近づくとパニックになってしまう。感知能力はその裏返しのようなものだ。
「じゃあ、気を取り直して、さっきの映像見せて」
「う、うん……えっと、先週の闘技大会の決勝戦の様子を……」
ソラは頷くと、アイテムパックからモニターを出し、映像を出力する。
試合会場で向かい合うのは、緑の長い髪をなびかせる、『疾風乱舞の戦姫』ことシェリイと、ハンター(魔弓使い)の女性。どちらも一人で激戦を潜り抜けてきただけあって、すごい風格だ。
試合が始まると同時に、ハンターがスキルを発動させ、五本の矢を一斉に放つ。
シェリイはそれを両剣の刃で全て弾く。
「うわあ。なんかこの前の短槍使いみたいね……。番組の放送でちょっとは見てたけど、これは予想以上だわ……」
あたしがそう言っている間に、シェリイは一気にハンターに接近。両剣を回転させ、攻撃を仕掛ける。
ハンターのほうだって黙ってはいない。移動スキルを発動させ、距離を放しつつ更に攻撃スキルを発動。上空に打ち上げた火の矢が雨のようにシェリイに降り注ぐ。
シェリイはそれを頭上で両剣を振り回すことで防ぐ。
「武器に高ランクの魔法反射属性が付いている。普通の者には気休め程度だが、ここまでくると鉄壁とも言えるな」
レイが感嘆したように言う。
どちらも凡人とは逸脱した動きだった。戦況は激しく移り変わるものの、力の拮抗した戦いが続く。
『《ゼピュロス・ブレイド》』
しかし、均衡はシェリイがリミットブレイクスキルを発動したことで崩れ去る。
続けてシェリイがハンターに接近し、両剣を回転させると、その刃の軌道に合わせて、衝撃波が放たれた。シェリイの二つ名の由来となった攻撃補助スキル、《ゼピュロス・ブレイド》の効果だ。
ハンターは移動スキルを使い何とかよけるが、シェリイは更に両剣を振りかざしている。普通の両剣なら決して届かない距離でも、刃から衝撃波を発する《ゼピュロス・ブレイド》の効果中ならば容易く届くのだ。
避けきれない事を悟ったハンターはせめてもと五本の矢を同時発射して牽制するが、両剣から放たれる衝撃波で全て撃ち落とされる。そしてその刃がハンターの体に到達し、一気にHPを削った。
矢は全て防がれる上、衝撃波による中距離攻撃がある。そんな相手にハンターの女性は不利と判断したのか、移動スキルを多用し逃げ回るようにして距離を保つようになる。
普通の前衛職ならばこうされると非常に戦いづらいのだけれど、シェリイの職業であるディバイダーは、ハンターと同じ弓使いの職業なのだ。
『《ディバイド・アロー》』
よって、シェリイも当然、遠距離スキルを持っていた。
シェリイは両剣を弓のように構え、出現した矢を発射する。
ハンターもそれは知っていたようで、すぐさま移動スキルを発動し回避行動をとった。
が、放たれた矢はハンターの移動を先読みし、過たず命中する。移動スキル中にHPを減らされたという事実にハンターは動揺し、一瞬隙を見せた。
シェリイはその一瞬の内に移動スキルを発動させ、急接近。両剣を回転させ、衝撃波での乱舞をハンターに浴びせる。
矢をくらっていたことでHPを減らしていたハンターは、その攻撃にひとたまりもなくHPをゼロにされ、光となって消え去った。
「なるほど、防御力の低いディバイダーでも、当たらなければどうという事はないってことね……。ここまで鮮やかな剣捌きだったら、もてはやされるのも無理ないわ」
「名は体を表す、とはまさにこのこと。疾風の吹きあれる暴風雨のような攻撃だ」
「後衛職が相手だとその場から動かずに防御するんだ。回避行動はあまりしないから撮影はやりやすいかな」
映像を見終えて、それぞれが感想を述べる。
それにしても、あそこまで優勝し続けられる集中力はどこから来るのかしら? シンジ君も言っていたけれど、そろそろ半年も優勝し続けることになるから、飽きが来たりしてもおかしくはない。
でも、あの眼はマンネリ化など感じさせない強い意志を持っていた。何か目的意識がなければ、あんな眼はできないはずだ。
ゲーム内で頂点に上り詰めようと、現実世界では何の得にもならない。楽しむためにやっている限りそれは変わらないし、製作者からしてもゲームとはプレイヤーを楽しませるためにあるものなのだ。
だから、あの使命感のある眼がどうも腑に落ちない。
そこであたしはピンと来た。文字どおり、女としての勘が一つの結論を導く。
そうだ、ゲームのそんな現実も見えなくある理由が、一つあったじゃない。もしそうなら、あんな目つきになるのも無理はない。
「そうだわ……間違いない。彼女のあの真剣な目つきは、恋する乙女の目つきよ!」
あたしが思わず口にすると、レイとソラがこちらを見る。レイはあたしの言っていることを瞬時に理解し、頷く。ソラは対照的に何のことか分からない様子だ。
「ふふふ……なんだか楽しくなってきたじゃない。疾風乱舞の戦姫の恋する相手がアルカディア内にきっといるのよ。引き抜くのも大事な仕事だけど、いいスクープになるとは思わない?」
あたしの言葉に呼応してレイは薄ら笑いを浮かべ、ソラは引き続き困惑し表情を浮かべた。