2-1 引き抜き作戦
「はい、お疲れ様でーす」
「お疲れ様です!」
番組のスタッフの一人が言うと、スタジオにいる全員が答える。
今週も無事放送が終わった。あたしはその安堵感から肩の力を抜く。たかがネットゲーム内のニュース番組だとしても、司会は結構緊張するのだ。
「今日も何とかなりましたね、先週は国対抗イベントの特集でしたから、見劣りしないか心配しました」
エリが安堵の表情を浮かべながら話しかけてくる。あたしは微笑を洩らしながら応えた。
「ネタのボリュームに関してそんなに心配しちゃだめよ。番組ではアクセントが大事だって、シンジ君も言ってたでしょ?」
「まあ、そうですね。でも、できればシンジさんとシュラさんが戦っている所を放送したかったな……」
あたしはそんなエリの言葉に思わず吹き出した。
「そんなことしたら、ノーブル・ソルジャーじゃなくてシンジ君の特集になっちゃう」
「確かに、そうですね」
エリもつられて笑い出した。
それから今回の放送についていくつか感想を述べ合った。そうしているうちに、エリが不意にメニューウィンドウを開く。
「あ! シンジさんが来た!」
エリはそういうと、あたしに一声かけてからその場を後にする。その顔はとてもうれしそうな笑顔に彩られていた。
アルカディアのメニューインドウの機能の一つに、近くにいるユーザーのサブネームをと職業を表示するものがあるのだ。それでエリはシンジ君が来たことを確認したのだけれど、開いたタイミングでシンジ君の名前が出ていたということは、エリはシンジ君が来るタイミングを予想したという事だ。
「ぜえええったい。あの二人はできてる……」
エリがあんな笑顔を見せるのは、ほとんどシンジ君がらみのことだけだ。シンジ君は昨日までエリに《デスペレイト》であることを隠していたけど、それ以外だったらあの二人はかなり打ち解けている。しかも取材ではいつも一緒だ。
「私もそれには賛同しますよ、お嬢様」
いつの間にかあたしの横に立っていたレイが答えた。
「ほーんと、そうよね。でも二人とも照れ屋で鈍感だから全然お互いの気持ちに気づいていないのよねえ。取材ではあんな鋭さを持っているのに、なんだかなあ……」
「脇が甘いとはまさにこの事」
男女がそうやって恋に落ちるか落ちないかの狭間にいるのを見るのはとても楽しいものだけれど、あの二人の場合はどちらも自分の気持ちにすら気づいていないのだ。
そんなんじゃ恥ずかしがったりする場面は当然発生するはずもなく、つまらないにもほどがあった。
「いつか絶対、あの二人はくっつけてやる……」
「人の関係に干渉するのはあまりよくありませんよ、お嬢様」
あたしはそう言ったけれど、レイの言ったことももっともだ。人のそういう関係はある一線を越えるまでは干渉せずに見守るのが一番なのだ。
あーもー。じれったいなあ。
「なんか面白い話ないかなあ」
あたしはそう言って、おもむろにメニューウィンドウを開く。すると一件のメッセージが入っているのが分かった。
差出人は、クイーン。
内容は、スタッフ全員の会議があるから水上都市ヴィネルのスタジオに来いとのこと。
「召集が来た。行くわよ、レイ」
「御意」
そうしてあたしとレイはスタジオの別室に移動する。
おおっと、自己紹介が遅れたわね。
あたしは週刊どらゴン通信の司会をつとめている、ヴァルハラ所属の魔導師。サブネームは『ナツキ』。
そこにいるのは、同じくヴァルハラ所属の拳闘士、サブネームは『レイ』。あたしの執事みたいなことをやっている。
まあ、とりあえずよろしく。これから会議だから、あたしは行くわ。
「今回集まってもらったのは他でもない。戦闘員の引き抜きを行うためよ」
会議の開始を、クイーンはこの言葉で飾った。
これを聞いたスタッフは皆驚いた表情を見せ、シンジ君に限ってはため息すら吐いていた。
レイはいつもと変わらず、あたしの後ろで直立不動だ。
「今回のターゲットは、地底都市グレイドの個人対抗トーナメントを十連勝中の両剣弓使い、サブネームは『シェリイ』。そのリミットブレイクスキルの特性から、アルカディアネットでは疾風乱舞の戦姫と呼ばれているユーザーよ」
戦闘員の引き抜きは、これが初めてではない。ごくまれだけれど、シンジ君のときのようにあまりにも勝ち続けているユーザーをスタッフに加えているのだ。
クイーン曰く、大会優勝者で同じ人の名前が続くのはつまらない。だそうだ。
とはいえ、現在そんな引き抜きでスタッフに加わったユーザーはたったの二人。MMOで頂点を極め続ける人なんてほとんどいないのだ。
一人はシンジ君。そしてもう一人はあたしの後ろに立っている、執事気取りのレイだ。確か、彼が個人対抗バトルロワイヤルで勝ち続けていたときには、『死の災厄』とかいう呼び名がついていたっけ。
「一人のユーザーの存在に干渉するのだから、心して当たって。分かっているとは思うけれど、引き抜いたことが他のユーザーにばれないように慎重に行う必要がある。
まずは情報収集から始めましょう。各々、彼女について近況を調べていって。だたし、くれぐれも内密にね。
それと、シンジ」
「はい、なんですか?」
クイーンがシンジ君を呼ぶと、シンジ君は露骨に嫌そうな顔をして返事をする。
「あなたには、実際にシェリイと戦って情報を引き出してもらうわ。この前の件もあるし、あなたならできるでしょう?」
「それは、俺に闘技大会に出ろということですか?」
「ええ、いつも物わかりがよくて助かるわ」
「いいんですか? 俺は半年前の事がありますし、出場したら騒がれる可能性がありますけど……」
そう心配する割には、シンジ君は少し嬉しそうだ。
やっぱりさ、彼、戦闘狂だよね。
「それを利用するのよ。戦闘で本気になればなるほど、探りを入れられているのに気が付かなくなる、彼女には本気になってもらわないと困るのよ。けど、あなたは本気を出しちゃだめよ? 勝ってしまったら元も子もないんだから」
「はあ、なるほど、分かりました」
シンジ君は嬉しいような、残念なような、また少しほっとしたような複雑な表情をする。
「それじゃ、計画を開始するわ。シンジは急いでトーナメントにエントリーしてきなさい。他の者は、各々の方法で情報収集を開始すること。来週の分の取材も忘れないようにね」
クイーンが言ってその場を締めくくると、番組のスタッフの面々はメッセージを打ったり、その場を後にしたりした。
「ナツキ、レイ、ちょっといいかしら?」
あたしたちそれに習おうとした時、クイーンに呼び止められた。
「はい」
あたしが返事をしてクイーンの元へ近づくと、クイーンは何か悪いことでも計画するように小声で言った。
「あなたたちには、シンジとシェリイが戦闘しているところを撮ってもらいたいの。いくらあのシンジが戦闘するとはいえ、一人の分析だけでは足りないわ」
「はい、じゃあ、いつものように撮ればいいんですね」
「ええ、席は取っておいたから、レイとエリを向かわせましょう。あなたはモニタリングをお願い」
アルカディアの闘技大会の観戦席は基本的に自由席であり、当日の早いもの順だ。しかし大会で優勝するか、課金をすると手に入るクリスタル硬貨を支払って、いい席を指定で取ることができる。
「ええっと、レイは分かりますけど、どうしてエリを?」
「ああ見えてエリは撮影が上手よ。それに、シンジと行動を共にしていることが多いから、彼の戦闘時の動きをよく知っているわ。激しく移動しながらの攻防になるかもしれないから、彼女が丁度いいのよ」
知らず知らずのうちに、あたしも口の端を吊り上げていた。シンジ君とエリの仲がいいのは、クイーンも分かっている。
「なるほど、それなら必要ですね」
「狂犬を捉えるのは鎖ではなく、一人の女性、か。竜をも倒した英雄も、人の心の前にはなすすべもないもの」
あたしの返答に、レイがいつものようによく分からない解釈を話す。
「でも、せっかくならもう一方向からも撮影しておきましょうよ。今回は引き抜きなんですから、万全をきすべきじゃないですか?」
あたしの提案にクイーンは少し考えるそぶりを見せ、答えた。
「そうね、それならソラをその役割に回しましょうか。多分まだスタジオ内にいるでしょうから、あなたから声をかけて頂戴。でも、これ以上は人員を増やしちゃだめ」
「了解です」
そうと決まれば、行動あるのみ。あたしはクイーンのもとを後にし、計画を練るために仲間と合流することにした。
おまけ
個人対抗トーナメントについて
地底都市グレイドで行われる個人対抗トーナメントでは、レベル30からレベル69までの二次職クラス戦と、レベル70からレベル119までの三次職クラス戦、レベル120以降の四次職クラス戦があります。
二十時から二十三時の間に開かれ、予選では一回戦につき十分の時間で区切って行われ、勝ち抜けば最高十回の戦闘をすることになります。
そして勝ち残った四人のユーザーが決勝トーナメントに進み、そこからは時間無制限で一回ずつ試合が行われます。
優勝までには計十二回もの戦闘をするだけあって、かなりハードなトーナメントになっていますが、勝ち抜けるたびに経験値をもらえ、更に優勝すれば貴重なアイテムを手に入れることができるため、毎度たくさんのユーザーが参加します。
第二章投稿による第一章内設定の変更点。
作者の力量不足により、アルカディアにおけるいくつかの設定が変更になっています。
一つ目は、お金の設定。変更前はアルカディア内のお金は百分の一の割合で換金できる設定でしたが、二種類のお金が存在する設定に変更しました。一つはゲーム内で普通に手に入り、アイテムの売買に使える『一般硬貨』で、もう一つは課金をしたり闘技大会で優勝することで手に入る『クリスタル硬貨』、これは俗に言う課金アイテムを買ったり、ユーザー間の売買でも扱うことができます。
二つ目は、生産職の廃止です。変更前は装備品を作ることができる(第一章ではそれで商売をしたりする設定だった)生産職は、その代わりになる『武器生産スキル』を持つユーザーという立ち位置になりました。つまりは、全職業装備可能スキル、『スロットスキル』の一種になったというわけで、自分で戦って集めたアイテムを、特定の場所で使用し装備を作ることができるという設定になりました。第二章ではあまり登場しませんが、今後使う予定です。
第二章は、シンジではなくナツキ視点でお送りします。若干Sというか他人の恋路を見るとほうっておけない。そんなちょっとクセのある性格になる予定です。
この後は次回予告とは少し違った展開になります。シンジ君は干渉はしますが巻き込まれないです。というかもっとひどいことに……。
私自身が受験勉強で忙しく、まとめて投下だと埒があかないと判断したためこれからは週一で投稿します。
というわけで次回は五月五日の二十二時に投稿予定です。