1-10 伝言
「いやー、いい戦いでしたよ。あそこまでストイックな戦闘はそうできるものじゃない。手合せありがとうございます」
俺はヴァルハラに転送されて茫然と座り込んでいたシュラを見つけ、話しかけた。
そう、俺は『転送石』を使い、シュラの復活ポイントまでやって来たのだ。
「嘲笑いに来たのか?」
当然といえばそうなのだが、シュラは不機嫌だ。
俺は、アイテムパックに入れずに持ってきたゲイ・ボルグをシュラの目の前の地面に突き刺す。
「これ、返しますよ。俺が持っていても役に立ちませんし、勝ち取ったのはシュラさんです」
シュラは驚いて俺を見る。
「いいのか? 誰かに売れば大金になるだろうに。それにお前は俺に勝った」
「どちらにせよ、俺は言いましたよね。俺が勝ったら、言う通りにしてもらうって。受け取ってください。このままじゃ誰かに取られてしまうかもしれませんよ?」
俺は渋るシュラに対し、約束を盾に強引に受け取らせる。そこまでして、シュラはゲイ・ボルグをアイテムパックに収納した。
「で、要件はそれだけじゃないんだろう? 俺は何を話せばいいんだ?」
「今は、何も話さなくていいです」
「は?」
俺の発言に、シュラは訳の分からないといった声音で返す。
「明日、団体戦のトーナメントがありますよね? その力量とゲイ・ボルグがあればきっと優勝できます。そしたら、俺たちにヒーローインタビューをさせてください。それだけで結構です。あと、俺と戦ったこともできれば内密にしてほしいです」
「なるほどな、取材のアポイントメントという訳か……それじゃ、俺も負けるわけにはいかないな」
シュラは立ち上がると俺に向き直る。
「さっきのお前……と名前を何と言ったか?」
「シンジ、です。週刊どらゴン通信の名前と併せて覚えてください」
俺が苦笑しながら言うと、シュラは鷹揚に頷いた。
「そうか、シンジ。『君』と戦ってみて、君の言っていたことがよく分かったよ。ただ強さを求めたものが、あそこまで恐ろしいものだなんて、初めて知った」
「そうですか。そう言っていただけると本望です。ただ強さを求めて、一人だけで戦うとああなるのかも知れない。あれじゃただの戦闘狂だ。
シュラさんにはそうなってほしくないんですよ」
アルカディアの世界に飽きかけた俺の考えを変えたのは、他ならぬクイーンだった。あの時、クイーンは俺に決闘を申し込み、勝ったら番組のスタッフになることを約束させられていたのだ。
そして今、俺はこうしてクイーンのやった事をまねてインタビューの約束を取り付けた。
「そうか、だったら俺も何を間違えていたか、ちゃんと考えてみようと思う。世話になったな、明日また会おう」
そう言って立ち去ろうとするシュラに、俺はもう一つ話すべきことを思い出し、慌てて言う。
「そうだ、『電光石火』のギルドマスターから伝言を預かっているんでした」
シュラは足を止めるが、振り返らない。
「何だ?」
「『お前は今でも電光石火だ』だそうです。ギルドのエースがいなくなるって結構大変みたいですよ?」
「そうか」
シュラは最後まで振り向かず、その場を後にした。
「さてと、後は……」
エリと合流して事情を説明しなければならない。『あれ』を見せてしまったから、いろいろと聞かれることだろう。
そう思うと暗澹たる気持ちになった。戦いの途中でいろいろと厨二病発言をしてしまった気がする。
あの時も言っていたが、俺はこの世界のシステムを超越することができる力を持っている。元々簡略化されている信号のせいで体感時間は通常の二倍になっているが、あまりにも脳の演算能力が発揮されると、脳の信号にシステムが付いていけず、処理落ちのような現象でさらに体感時間が延びるのだ。まあ、あの力はそれだけではないが。
クイーンはそういう能力を持っている人の事を《デスペレイト》と呼んでいる。まさに世界を掌握する暴君そのものだと。
だが、俺の場合どういう訳か《デスペレイト》の力を発揮しているときに性格が変わってしまうのだ。クイーンに言わせれば、脳の演算能力をフルに使ったせいで闘争本能を抑えきれなくなっているらしいが、自分がそんなに戦闘バカだとは認めたくないかぎりだ。
俺は一つため息を吐き、転送石を使って水上都市ヴィネルに向かった。
「うわ、ここで三つもスキルを発動しているよ……。シンジ君も無茶するなあ……」
俺がスタジオに入ると、ナツキとエリが何か映像を見ていた。ここから見る限りでは……さっきの戦いの映像だった。エリは本当に全て撮っていたのだ。
「……」
文字通り俺が大暴れしている映像を見て、終始茫然とする。
「あ、シンジさん。おかえりなさい。何かやって来たようですけど、説明してくれますよね?」
エリが俺のいることに気が付き声をかけてくる。
「ああ、分かった。これからすべきことも含めて、全て話すよ」
俺はどうにでもなれというような気持ちで、シュラにどのようにして取材を受けさせるよう説得したのか、その経緯を話した。
また、シュラの武士気質では、戦いながら話をした方が情報を吐かせやすかったこと。アストラル・ウェポンを手に入れた後なら、きっと戦ってくれること。そして負かすためには《デスペレイト》の力を使う必要があり、その時の性格の変化をエリに見せたくなかったことなど、全て話した。
「まあ、今となってみればクイーンが俺にシュラさんの取材を依頼した理由も分かる気がする。あの人はあの頃の俺を知ってたみたいだし。下調べをしてないっていうのはどこまで本当だったんだか……」
「なるほど、そういう事だったんですね……」
「あまり驚かないんだな?」
「はい。実際シンジさんの戦う様子を見てましたし、驚きはあの時に出尽くした感じですから。
それに、シンジさんがあの『三柱の大災害』だったってことも、あの時よく分かりました」
「トライディザスターなんてかっこつけた呼び名、言うのが恥ずかしいぐらいよ? ねえ、シンジ君?」
エリが話した後、ナツキがからかうように言う。
「ほんとだよ。まったく、『孤高の短槍使い』の時もそうだけど、アルカディアネット内の誰があんな呼び名を考えるんだか」
俺が肩を竦めつつ言うと、エリとナツキは笑い出した。
そして次の日、ノーブル・ソルジャーことシュラは城塞都市レムルスの四次職クラス団体対抗トーナメントに出場した。
結果は見事優勝。そのあとのヒーローインタビューもこっちの記者が行い。上手くいった。
俺はその様子を離れた場所から見ているだけだったが、シュラにはあの時のような殺伐とした雰囲気はなく、その代わりに王者としての風格があることがはっきりと分かった。
インタビューの時も俺が聞きたかった言葉を話したし、俺個人の目的も達成された。
そして今、俺は役割を終えた後の満足感から来る疲れを癒すため、アルカディア内で経営されているとある店にいた。
「そんなわけで、《デスペレイト》の力を解放して、暴走状態の俺を見られちゃったってわけだ」
俺は出された紅茶をすすりながら、カウンターの向かい側にいる男に長々と話していた。
「なるほど、でも数人にはそのことを知られているのだから、別によかったのでは?」
男はこの喫茶店のマスターであり、俺が《デスペレイト》であることを知る数少ない友人だ。たまに店によって来る人が話した事を聞かせてくれることもあり、最初は情報元としての付き合いだったのが、今ではこんな風に気安く話すような関係になっている。
「そりゃ、そうだが……」
「シンジさんも男だね。やっぱり綺麗な女の子には自分の悪いところを見せたくないって事だろう? エリさんを意識している証拠だよ」
なんか最近そんなことばかり言われているような気がする。俺はため息を吐き、話題を変えた。
「この紅茶、美味いな。今度はどっから仕入れてきたんだ?」
マスターはおや、という風に眉を上げたが、俺の質問には答える。
「近くの農大で研究のついでに茶葉の発酵の実験をやっている人がいてね、上手くいったのがあったって言うからスキャンしてみたんだ。実験サンプルをそのまま飲むのは気が引けるからね。
でも、それが結構いけてたから、ここでも出すことにしたんだよ」
SCSを使ったMMOなどのサービスでは、一部の人が専用の機器を買って食品の成分などをスキャンし、バーチャル空間上で再現することが多々ある。
もともとアルカディアにあるサンプルを使って、疑似的な料理をすることも可能だ。
当然味わうことができるのは味覚だけで、空腹は満たされないが。
この店のマスターはいろいろなところからお茶を仕入れてきては、いいものがあったら客に提供するスタイルをとっているのだ。
「そうか、それはいい拾い物をしたって感じだな」
「ええ、本当に」
俺は紅茶をすすり、ついでに時間を見る。
「……っと。そろそろ時間だ。モニターのチャンネルを変えてくれないか?」
「うん。もう十時だね。君の言った話がどんなふうにまとめられているか、見ようじゃないか」
マスターが店につけられているモニターを操作すると、丁度番組が始まるところだった。