1-9 三柱の大災害
母が死んでしまったとき、俺のなかで空洞のようなものができる感覚があった。今でもはっきりと思い出せるそれは、虚無感として俺を様々な事に駆り立てた。
しかし、そうやってやった趣味候補は俺の空洞を埋めることができず、すぐに止めてしまった。
その中でゲームに熱中した時期もあったが、極めるとすぐに飽きて止めてしまった。
『Arcadia online』もそうやって熱中し、個人戦トーナメントで十二連勝するほどになった。俺には特別な力があり、優勝することは簡単な事だった。
そうしてここでも頂点を極めた俺は、アルカディアの世界にすでに飽きかけていた。ほかのものと同じように、一時の娯楽に過ぎないはずだった。
あの人と会うまでは。
俺は四次職スキル、《シャドウショット》を発動させる。続けて《ガーネット・バレット》を発動し、引き金を引く。
が、発射されるべき弾丸はない。
しかし危険を察知していたシュラは前方にゲイ・ボルグを振るう。その瞬間、何かがゲイ・ボルグに弾かれ、一瞬遅れて近くの壁に爆発が起きる。
この《シャドウショット》は一定時間発射する弾丸を目視では認識できなくするスキルだ。更に弾丸の威力も上昇する。
俺は《ラヴァ・ペイン》を発動させ、頭上に四度引き金を引く。
その瞬間、俺の中の何かがはじけ飛んだ。
「さあ! 第二ラウンドだ! 《ガーネット・バレット》」
そして不可視の弾丸を四発発射する。
その一瞬の後、シュラの周囲で突然激しい爆発が起こり、シュラのHPを大きく削る。
俺が『三柱の大災害』と呼ばれるようになったのは、この戦い方のせいだ。《ファイア・ワークス》やその他の《ラヴァ・ペイン》からの連携技は、《シャドウショット》を使うと何もないところに爆発、氷塊、爆雷を発生させているように見えるのだ。
三柱の攻撃が自然発生的に起こるように見えるので、災害に例えられたらしい。
「《ラヴァ・ペイン》」
続けて頭上に引き金を四度引き、更に《ライトニング・ストーム》を発動、シュラを取り囲むように《サンダー・バースト》を展開する。
が、シュラはここで驚くべき行動に出る。
《フラッシュステップ》でその場から移動し、ゲイ・ボルグを何もないところに振り上げるようにして振るう。
ゲイ・ボルグに何かが当たったような音がすると同時に、シュラの周囲で爆雷が巻き起こる。しかしシュラが『弾いた』ことで四つ展開していた《サンダー・ストーム》は三つだけになり、シュラのいる場所まで弾幕を張ることができない。
「ククク……」
愉快だった。俺はさらにシュラの実力を見たくなる。
俺は《ラヴァ・ペイン》を使わず、シュラに向けて真っ直ぐに弾丸を乱射する。
シュラは俺の銃口が向いている位置を見つつ、ゲイ・ボルグを振るい、弾こうとする。
が、シュラは炎の弾丸は弾いたものの、氷や雷の弾丸を弾く事ができず、ダメージを受ける。俺は同時に《ガーネット・バレット》、《サファイア・バレット》、《サードニクス・バレット》を発動していたのだ。
「ハーッハッハア!」
「……っ!」
予期せぬ攻撃方法と俺が突然笑い出した事実に、シュラは驚きつつも急いで回復アイテムを使う。
「なぜだ……! なぜ複数のスキルを同時に発動できる!」
普通、スキルは自分でセットした特定の言葉を言うか、頭の中で念じつつ特定の行動をとることで発動する。だから、一度に発動できるスキルは一つだけだ。
「知りたいか? なら俺の姿をよく見るんだな」
俺はもう敬語を使う事すら忘れて、銃ごと両手を広げる。弾幕が無くなった時にしか見られない貴重な光景だ。なにせ、『この状態』の俺はただ戦う事しか知らない銃撃中毒者なのだから。
俺の眼は黒から血のような真紅になり、体の周りには銀紗のような粒子が舞い始めていた。
シュラは俺が隙を見せていると判断したのか、突進してゲイ・ボルグを振り下ろす。が、俺にはそれが止まってすら見える。最低限の動きでかわし、がら空きの体に銃弾を撃ち込んだ。
シュラはとっさにゲイ・ボルグを横なぎに振るうが、俺はそれも回避する。
俺は《スリップステップ》を使い距離を取りつつ、《ラヴァ・ペイン》、《ガーネット・バレット》、《ライトニング・ストーム》を同時に発動し、乱射する。
シュラは再び防御しようとするが、弾速の違う三種類の弾丸を撃っているためタイミングが合わず、全てを防ぐことができない。
「俺はこの世界のシステムを凌駕する存在だ。貴様の攻撃など、俺には止まって見える。さらにこのような攻撃をイメージするのも容易い。貴様が一秒掛かる思考も俺にとっては一瞬だ」
俺が言う間に、シュラは銃撃を受けてHPを大きく減らす。
「どうした? 俺にもっと面白いものを見せてくれよ。銃口の向きと勘で攻撃を防ぐなんて技術、他では見られないからな。いや、それだけではないか、半年前の俺の戦いを見ていた感じだな。それでも俺のような《デスペレイト》でもないのに、よくやる」
シュラは俺の言葉に乗ったのか《フラッシュステップ》で接近。どんどん饒舌になっていく俺とは対照的に、シュラはどんどん無口になっていく。
「《デザイアー・ファング》」
そしてシュラはソルジャーの四次職スキルを発動させる。今度は右手の袈裟切りの動作だ。
「甘い」
俺は接近してくるときのシュラの動き方でその動作を予知し、かわす。
「置き土産だ」
俺は《スリップステップ》でその場を離れつつ、《ラヴァ・ペイン》と《サードニクス・バレット》を発動。雷の弾丸を起爆剤にして爆発を浴びせる算段だ。
だが、ここにきてシュラは神業を披露した。その場でジャンプし、ゲイ・ボルグを大きく回転させ、上から降り注ぐ炎の弾丸を明後日の方向に弾く。結果、雷の弾丸は何にも当たらずシュラの脇を通り抜けていった。シュラはダメージを負っていない。
ああ、愉快だ。
「そうだ! その力だ!」
俺は獰猛な笑みを浮かべ、今度は《ラヴァ・ペイン》と《サファイア・バレット》、《サードニクス・バレット》を同時に発動させ、全て頭上に打ち込む。
氷の弾丸と雷の弾丸は同時に炎の弾丸と衝突し、雷と氷塊が時間差で降り注ぐ。
シュラはもうなりふり構ってられないのか、雷に対しては黙ってダメージを受け、後に振ってきた氷塊の一つをゲイ・ボルグで弾き、俺に向かって飛ばしてきた。
「素晴らしい!」
俺は言いつつ、《ガーネット・バレット》で氷塊を撃ち落とす。
その直後、シュラはゲイ・ボルグを上に振りかぶった。
……これは、投げる動作だ。
俺は意外な攻撃方法に驚きつつ《スリップステップ》で横方向に移動。奇襲のつもりであろう攻撃をかわす。否、かわしたつもりだった。
が、予想通り投げられたゲイ・ボルグは、その穂先がいくつもの矢に分離し、広範囲にばらまかれる。
俺にはその様子がはっきりと分かったが、あまりの矢の密度と範囲にかわすことができない。
とっさに《ガーネット・バレット》を前方に乱射。爆発の余波で矢を防ごうと試みるが、前方の矢しか防げず、斜め横から飛んでくるいくつもの矢が俺に突き刺さった。
「……こんな隠し玉を持っていたとは、これでこそ、だ。流石はノーブル・ソルジャー。それとアストラル・ウェポンの力か」
俺は回復アイテムを使いつつ、誰にともなく言う。
ますます、愉快だった。
見ると、投げたはずのゲイ・ボルグはすでにシュラのもとに戻っていた。あの矢は、シュラ自身のスキルではなくゲイ・ボルグ特有の能力だろう。面白い要素が入ったものだ。
「さて、《パワーショット》」
俺はわざとスキル名を口に出して発動し、シュラに向けて乱射する。
シュラはもはやお約束とばかりに銃弾を弾くが、突然頭上から炎の弾丸が降り注ぎ、まともに受ける。
「……!」
「ハッハア! かかったようだな。口に出している技だけが発動していると思うなよ。これに気付いたら、もっと俺を楽しませてくれ!」
言って、《サードニクス・バレット》と《サファイア・バレット》、《ライトニング・ストーム》を同時に発動する。《サードニクス・バレット》はシュラの足元に、《サファイア・バレット》はシュラの頭上に、《ライトニング・ストーム》は直接シュラに向ける。
それに対し、シュラは《フラッシュステップ》で雷の弾丸に自らぶつかっていく。そしてゲイ・ボルグで弾丸を弾き、俺に接近する。足元をすくうように槍を振るい、続けて振り上げる。シュラが元いた場所に雷と氷塊が落下したのは、その時だった。
しかしシュラのいずれの攻撃も、俺は最低限の動作で回避し、銃撃で反撃する。
「俺にそんな攻撃は効かないぞ?」
俺がささやくと、シュラは危機感を感じたように《フラッシュステップ》を発動。俺を通り抜けるようにして距離をとり、回復アイテムを使った。
「ふん。もっと戦っていたいところだが、《シャドウショット》もそろそろ切れる。終わりにしようじゃないか、その槍で、この銃弾でな!」
俺は言い、《ラヴァ・ペイン》、《サファイア・バレット》、《ガーネット・バレット》、《サードニクス・バレット》、《ライトニング・ストーム》を同時に発動、様々な方向に乱射した。
対して、シュラは大きく跳躍しつつ、ゲイ・ボルグを振り回す。直進していた弾丸のいくつかが弾き飛ばされ、壁に衝突していく。爆発したものがシュラにダメージを与えるが、気にしない。
そして、そのままゲイ・ボルグを俺に向かって投擲する。
大量の矢となったゲイ・ボルグが、俺の放っていた弾丸の軌道を次々と変え、《ラヴァ・ペイン》との衝突を回避する。
俺はその様子に獰猛な笑みを浮かべつつ、これまで放っていた《ラヴァ・ペイン》と当たるように炎の弾丸を数発放つ。
《ファイア・ワークス》弾幕が矢のほとんどを阻む。いくらかの矢は俺にダメージを与えたが、それでも合計してHPの二割を減らしただけだ。
「《デザイアー・ファング》」
が、背後からスキルを発動する者の声を認めて、俺はとっさに振り返る。見ると、シュラがゲイ・ボルグを横なぎに振るっているところだった。
《デザイアー・ファング》は俺のHPの九割を減らす威力を持っている。このままいけば、シュラは俺を倒すことができただろう。
が、タイミングが悪かった。
シュラがあと少しで俺に槍を届かせられるか否かというところで、氷塊がシュラに降り注ぎ、突っ込んだときに減らしたHPを一気にゼロにしたのだ。
「残念だったな、俺の勝ちだ。ゲイ・ボルグの投擲で俺の気を引き付け、貴様自身は背後にまわり、戻したゲイ・ボルグで攻撃する。素晴らしい戦術だが、ダメージを甘んじて受けたのが仇になったな」
丁度、《シャドウショット》の効果時間が切れる。
HPがゼロになったシュラは、光となって消える。出身国であるヴァルハラに転送されたはずだ。
そこに、持ち主を失ったゲイ・ボルグが残される。
「……はあ」
俺の眼は真紅から黒色に戻り、放たれていた銀紗のような粒子も消え失せる。
オブジェクトとして残ったゲイ・ボルグを掴み、その情報を取得した。
「攻撃力無視効果に、この攻撃力か。半端じゃないな。
それで、これを持っっているとダンジョン内でソルジャーの者に攻撃された場合、どちらかのHPが切れるまで転送石を使えない、か。そういえば番組でそんなこと言ってたな……どうりであの人たちは逃げられなかったわけだ」
アルカディアにおける闘技大会以外での対人戦闘は、街以外の場所ならばどこでも行える。ダンジョン内にいる限りは、たとえチームを組んでいたとしても攻撃判定があるのだ。
他のユーザーを撃破した場合、レベルが10以上開いていないのならそのユーザーがダンジョン内で手に入れたアイテムを奪えることもあって、人によってはプレイヤーキルでアイテムを収集することもある。
普通は倒される前に『転送石』を使われるのが落ちだが、もし撃破してアイテムを奪った場合、向こう一週間の間倒したユーザーに『仇』として登録され、現在地を探知されてしまう。さらに、『仇』のユーザーを撃破した場合、そのユーザーの経験値を一定量奪うことができるのだ。
まさに、対人戦闘を奨励するかのような、アルカディアらしいシステムだ。
無論シュラを撃破した俺はあのパーティーの分のアイテムも奪っている。後で郵便システムで返すつもりだ。そして気の毒だが、ゲイ・ボルグは諦めてもらうしかない。
「あの、シンジさん?」
俺が心の中でシュラの短槍の餌食になった人に対して哀悼の意を表していると、エリが少し気まずそうに話しかけてきた。
「ごめん、エリ。これから俺は男同士の話し合いをしなきゃいけないから、行くよ。スタジオで待っていてくれ」
「え、ちょっと!」
俺は言うと、エリが止めるよりも先に『転送石』を使い、ヴァルハラへと向かう。
……気まずかったからじゃないぞ。決して……。
本気を出した途端、厨二病発言連発のシンジでした。これを書いているときの作者のテンションも最高潮だったりします。
次回は十三日の二十時に投稿予定。十話と十一話を同時に投稿します。
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