楽しい
春…
この時期は、観光客も増え、桜を見物に来る。
「香月」
もお客さんが来て毎年賑やかになるのだが、今年は、先日まで勤めていた三浦さんが体調を崩して辞めることに。
急遽、バイトを募集してやって来た
「野村俊太」
という、ひとつ下のヤツが職人修行として雇われることに。
だから、大忙しなわけ。
店は、観光客の時が大切なわけで、女将の綾乃さん、旦那さんである実さんも、睡眠時間を奪われながらの時期だ。
私はというと、まだまだだと思っていた高3になり、進路を決めなくては…って時期になってしまいました。
勿論、決まっていません。
でも言えるのは、
この
「香月」
という店が大好きだということ。
主人の実さんが作る
「薫り大福」
は、京都でも由緒ある大福。
七色にデコレーションした餅の色は企業秘密。
普通じゃ出すことが出来ない、とても凄いものだ。
私は、高1の時からこの店に働き始めた。
母がよく、幼い私を連れて買いに行っていた事もあり、綾乃さんとは顔見知りになり、それから、すんなり面接に受かった。
いわゆる、この大福を食べながら育った。
本当に、好き。
私の幼い頃の夢は、ここで働くこと。
けれど、それが叶った今は大した将来も描けなかった
それでも、タイムリミットは近付いていた。
クラス替えがになり、仲の良かった千香子と美奈とははぐれてしまった。
友達のいないクラスになってしまったが、ちょっと気楽でもあった。
新しい友達造りだぁ♪
毎日17時からのバイトだけど、この時期は大変なので学校終わってから直行して一時間はやく、バイトに駆け込む。
まして、実さんも綾乃さんも忙しく、またまだ新人の野村も手をやける。
バイト歴の長い私がしっかりしなきゃ!と変なプライドまで芽生えた。
「邪魔なんだけど!」
大きいダンボールを抱えて、通ろうとした作業場に、あの野村がいたからだ。
「ねぇ、もっと優しく言えないの?」
流し目を使ってこっちを見る。
「何がよ?邪魔だから、邪魔って言ってるの!何が悪いのよ。」
どこまでもつっかかる私。
「別にぃ」
言い方がムカツク。
「ふんっ」
やっと通れた場所にダンボールを置いた。
やっと仕事も覚えるようになったのか、手際もよくなった野村。
仕込みも完璧ではないものの、うまくいっているようだ。
師匠である桐生さんとも、何やら仲良さげ。
見た目がチャラ男だから、てっきりすぐに辞めると思ったのに、辞めるどころかすごい努力家。
実さんの言った通りだった。
けど、未成年なのに煙草は吸うは、暇があればパチンコ、スロット…
やっぱり遊び人。
でも、ご近所の評判やうちの店の人たちの評判は良い。
私を除いてね。
良い顔しちゃって…。
根拠はないが、どうしても、好きにはなれないのだ。私自身もわからない。
やっとの思いで店番に入る。紗英さんは、店の掃除をしていた。
ガラガラ…
店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
二人の声が重なった。
ん?!
見たことある、懐かしい顔
中里先輩だ。
「あれぇ?!」
紗英さんがびっくりしている。
「ごめん!ちょっと寄った」
「なんだぁ、そっかぁ〜」
笑顔の二人。
久しぶりに先輩を見て、ちょっと動揺する自分。
「久しぶり!元気してた?」
先輩が私に声をかけた。
「はい!相変わらずです」
作り笑いみたいな笑顔。
二人は親しげに話す。
仲良い。
諦めたものの、まだこんな感情があるなんて…
すると、裏から
「すぃませんけどぉ〜朝井さん!」
野村がやって来た。
こんな時に。
「なぁ〜に?」
明らかにいつもと違う声になってしまった。
なぜなら、先輩が居るからだ。
いつもの野村への対応にはなれない。
「どうしたんですか?」
目を見開く野村。
「……………」
余裕がない。答える。
「ん?あっ!」
野村は、紗英さんと先輩の姿に気付いた。
「なになに!紗英さんの彼氏?」
私は、そっちのけになった。
紗英さんは照れ臭そうに、
「うん!野村にも紹介するよ!中里君。」
「じゃあ、君が野村君かぁ!紗英から聞いてるよ。なんでも、朝井さんと仲良いとか」
はっ???
「な、なに言ってるんですかぁ?」
大声になってしまった。
「あれ?」
野村はこっちを見て不思議がる。
「え?違うの?」
「違いますよ。紗英さん?」
紗英さんは
「本当のことでしょぉ!朝井〜!」
二人に突っ込まれ矢無をえなく、私は、
「そんなじゃ………」
はっきりしなくなってしまった。
隣に居た野村は
「おかしいんですよぉ!朝井さんって!ホラ、今も下向いて寝ようとしてましたよ!二人がお話してる時」
「違うよ!ちゃんと仕事して…」
「しかも、変に天然でボケ過ぎっていうか…」
「私のどこがボケてんのよ??」
「確に」
紗英さんが、クスッと笑いながら言った。
「そ、そんなぁ〜!紗英さんは、なに言ってるんですか?」
「ムキにならないでよ!怒らないでってばぁ〜」
紗英さんも先輩も笑いだした。そして野村も…なぜか私も笑っていた…
こんなに楽しいのは、いつぶりだろう?
それより、何で楽しいのだろう?
考えたってわからない。
まさか、この二人を前に心から笑えるなんて…
思いもよらなかった。
なぜか、軽くなった心。
まるで背負っていた重荷がスッとなくなるように…