《1》頭でっかち魔術師
「今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める・・・」
ぶつぶつぶつと薄暗い石造りの部屋に独り言が呪詛のように廻り廻る。
ノラ・クラークは魔術学院に在籍している十七歳の少女だ。淡いくるくると癖のある栗毛に愛らしい大きな緑の目をして、本の少し同世代の少女と比べて、小さい。童顔と相俟って年相応に見えないのが悩みというから、なんとも微笑ましい。そんな彼女が高尚な魔術書片手に、なにやら鬼気迫る形相で魔方陣をゴリゴリ床に描いていた。唇から止め処なく溢れ出てくる独り言が、異様な空気に拍車を掛けている。
もう一度言おう。ノラ・クラークは魔術学院に在籍している。若干十一歳にして『レイモンドの魔導書』を解読し、国最高の魔術学院に入学を許された『天才であった』。いや、今でも『天才である』、と言った方がいいだろう。
十二歳で卒業資格レベルの試験に合格(ちなみに学院入学は十三歳から、卒業は十八歳以上である)し
十三歳で学院長と討論をするようになり
十四歳で学院内にある魔法・魔術・魔導、全ての書物を読破
十五歳で書いたレポートが国立魔導研究所で大論争を呼び
十六歳で王宮から顧問魔術師にならないかと要請があった。
真に輝かしい経歴の持ち主である。まあ、実際こんな手合いの人間がいたとして、だ。完全無欠の超人でないのは、うん、ある意味世の中が上手い具合に出来ているということなのかもしれない。・・・本人にとっては不幸にしかならないが。
「今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回失敗したら辞める今回、今回、こん、こっ、これがっ、成功っ、でき、でっ、出来なきゃ、辞めさせられる!!!」必死だった。いつの間にかだらだら流れる涙が頬を伝い次々魔法陣へと吸い込まれていく。
最高位魔術師並み知識があっても、彼女が卒業出来ない理由。
彼女は魔法も魔術もどんなものであっても、これまで一度たりとも発動成功したことがなかった。
筆記は満点、実技はからきし。そんな彼女を他の生徒は指を指して『頭でっかち』と嘲笑った。