チョコレートと弟
甘いもの好きな小学校一年生の女子が体験した超短編小説です。
短編小説 チョコレートと弟 著作 杉一雄
福岡市に住む彩美が、小学一年生の夏休み前のことである。
甘いもの好きな彩美は、毎日おやつに飢えていた。
母の絹子は金銭的にきびしいしまり屋であった。
二人姉妹の姉美佳と彩美は、学校から帰ると、母がテーブルに用意
しておいた、おやつを食べるのが何よりの楽しみな姉妹であった。
しかしながらおやつは毎日毎日、耳パンであった。
母絹子が週に三度、買物に行くスーパーの軒先を借りている馴染みのパン屋から、自宅の子犬のおやつに上げるという理由でもって、
もらってくる耳パンであった。
それを料理が上手な母絹子が、バターを着けて美味しく味付けし、
フライパンで焼いた。
彩美と美佳は、それに少しだけ苺ジャムを塗って食べていた。
学校で仲良しの朋世は、家に帰るといつも母が、作ってくれる手作りのパンケーキを食べていると、彩美に自慢した。
彩美は母の手作りのパンケーキを、腹一杯食べ過ぎて、お腹を
こわしている夢をよく見ていた。
母は彩美たちを家に置いて、昼から夕方までパートに出て働いていた。
小学校の四年生ながら姉の美佳は、いつも母がテーブルに置いている夕飯の材料とレシピを書いたノートを見ながら夕飯を造った。
彩美は、姉美佳の造る料理を側でみながら育って行った。
大昔、母の絹子の生まれた家は小さな借家であった。
母絹子が中学生の時、その小さな借家から突然に追い出された。
理由は、大家の娘夫婦が、東京から帰郷するというという、大家の
勝手な理不尽な都合であった。
そして現在、父と結婚し、会社の社宅に住んでいる母絹子は、
「絶対に自分の持ち家を建てる」と生きこむ女性である。
母絹子は、子供のころ虫歯が一本もなかったと娘たちによく自慢した。小さいころ貧しかった母絹子は、おやつを食したことがなかったと
彩美たちに告げていた。ましてや、ケーキやチョコレートなどの甘い
菓子を買ってもらったことは、一度もないと告げた。それゆえに、
虫歯が無い健康優良児に選ばれた自慢げに語った。
そのような自分が経験して来たことを、自分の子供らにも善いこと
だとして、彩美らに甘いものを決して与えなかった。
彩美は、朋子が学校の昼休みに話してくれる昨日のおやつの話しに、嫉妬を感じ、その夜、いつも夢で明美と同じおやつを食べていた。
ある日、姉の美佳が、学校の特別行事の委員を務めることになり、
いつまでも家に帰ってこなかった。
彩美は、父と母が時々、夜に甘い音を立てなにか話しているのを
聞いていた。その時にはいつもは怖い母が、とても上機嫌で父と話し、
嬉しいそうな声であった。その声音は、子供心に美味しいチョコレートを二人で密かに食べているに違いないと想像して眠りについた。
姉の美佳が居ないことを幸いに、母が居ないすきに、父母が隠れて
食べている甘いチョコレートをむしょうに食べたくなった。
彩美は、忍び足で父と母の寝室に入って行った。
母絹子が、チョコレートを隠しそうな小さな引き出しを静かに開けた。
そこには父のハンケチが、きれいに折りたたんでしまってあった。
「おかしいな。きっと何処かに甘いチョコレートが隠してあるはず」と、彩美はつぶやきながら、必至に数枚のハンケチをめくった。
そしてハンケチの一番下に、不思議な模様の入ったビニール袋を
発見し、彩美は喜びに勇んだ。
そのビニール袋を、彩美は大人向けのチョコレートに間違いないと
思った。
「遂にチョコレート見つけた」と叫ぶ彩美。
彩美は、姉美佳が帰ってくるとまずいので、袋も開けずに急いで
袋の上から咬んでみた。しかし、それは甘くもなく、美味しいものでもなく変な味がするものであった。彩美は悔しくて涙を流した。
そして、そのビニール袋を、母絹子に判らないように、また元の場所に戻して、また別な箇所を探した。しかし、とうとう甘いチョコレートは発見出来なかった。
時が過ぎて、彩美は高校一年生になっていた。
ボーイフレンドも居る歳となった。
ボーイフレンドのマサルがある日曜日、彩美を映画に誘った。
二人で映画を見た後、コーヒーを飲みに喫茶店に入った。
年頃の高校生らしいエッチな話題に話が及んだ。
マサルが彩美に、
「これは何か知っているか?」と自慢気にビニール袋見せた。
きれいなビニール袋。それはまさしく彩美が、母絹子のタンスから
見つけ出し、咬んだものに似ていた。
甘いチョコレートと勘違いし、咬んだビニール袋と同じような包装の
シロモノであった。
マサルは恥かしげに、彩美には絶対当てられないと言い放った。
彩美は、それがチョコレートではないことは既に経験し、
分かっていた。しかしながら、そのことをマサルに黙っていた。
彩美は、食べられないものの中で、このようにきれいにきちんと
包装したものはきっと大切なものに違いないと思った。
「この袋の中身は大人が使う大切なものでしょう」と答えた。
マサルは意外に{知っているなー}という感じで彩美を見つめた。
「その通り。これはセックスするときに使う大事なものだ」
マサルは自慢げに告げた。
彩美は、なんの事かまったく分からず、
「なぜ大事なものをセックスする時に使う必要があるのよ」と問うた。マサルは「これを使わないと赤ちゃんが生まれるのだ」と、赤い童顔
を一層赤らめて彩美に説明。そして、その袋を取り上げた。
そしてテーブルの下で、廻りの人に見つからないように、その袋を
開けた。そしてテーブルの下で、それに自分の親指を突っ込んでみせた。「こうやって男のモノに袋をかぶせる。精液が女性の中に入って
いくのを防ぐのだ」と自慢げに告げた。
彩美は、ハンマーで頭をなぐられたような衝撃を受けた。
彩美が小学一年生のときに、母のタンスから探し出して、
チョコレート袋と間違えて咬んだ袋。あの袋がコンドームとすると、
あの時に咬んで出来た歯型は、袋に穴を開けたはずである。
随分と年違いの弟が生まれたが、もしかして自分が咬んだことが
原因で弟が生まれたかも知れないと思った。
弟の賢一が生まれたのは、彩美がチョコレート袋を咬んだ日から
十ヶ月後のことだったとテーブルの下で、指を折り数えた。
そして、幼い頃とは言え、父と母に悪いことをしでかしたと
詫びていた。
しかしながら弟が産まれたことに、大喜びした父と母を思い出し、
良いことを為して上げた喜びを感じ始めた。
姉の美佳と違い、勉強の出来が良くなくて父と母に心配を掛けて
きた彩美。
初めて親孝行を仕出かしていたことに歓喜の叫び声を上げていた。
驚きの表情を見せて見詰めるマサルの顔が目の前にあった。
(おわり)
読者の皆様。 いかがでしたか。
面白かったと思う方。
つまらないと思った方。
皆様の生き方、次第の想いだと思います。




