【39 ティーパーティー(2)】
フランが何かを言う前に、わたしは努力して一歩だけ、足を動かした。フランと彼女――シャルロット嬢の間に入るように。息を吸い込んだフランの動きが止まる。そっと吐かれた息を背中で確かめて、わたしは、どうにか作った笑みをシャルロット嬢に向けた。
「……シャルロット様、『魔女』も『女妖術師』も、あまり使わないのです。男女関わらず『魔術師』か……強大な魔法を扱うのなら『魔導師』と」
「まあ、そうなのですね? 教えてくださってありがとうございます、ユーラリアさま」
ふわふわとかわいらしい顔立ちに、それを強調するような装い。表面だけ聞けば、言葉にも棘はない。少々幼い印象の彼女が、普段使わない言葉を知らなかった、というだけのことだ――表面上は。共通語を扱えるのなら、『魔女』や『女妖術師』ではなく、いちばん一般的な『魔術師』が最初に出てくるはずなのだ。
失礼に当たるかもしれないと思ったから指摘はしなかったけれど、『魔女』も『女妖術師』も、けっしてよいニュアンスの言葉ではない。人をたぶらかして道を誤らせるような、あるいは自ら道を誤るような、そんな女性の魔法使いを、そのように呼ぶことが多いのだ。
「ユーラリア様、あまり案内の方をお待たせしては」
危うい雰囲気に気付いたのだろう、ルーチェが助け舟を出してくれた。
「はい、ルシール様。――シャルロット様、それでは、また、後ほど」
「ユーラリアさま、ルシールさま、また後ほど」
お互いに一礼して、シャルロット嬢と分かれ、わたしたちは侍女の後ろについて、また歩きだした。
シャルロット嬢を一目見たときに直感したのは、妹のコーネリアと似ている、ということだった。彼女がそのままいくつか年齢を重ねたような、ふわふわとかわいらしい印象。その印象を自分で使いこなしながら、言いづらいことをはっきりと口にする。
表面上は棘がない言葉なのに、どうしようもなく心を暗くさせるような毒が、中に籠められている。
わたしはコーネリアが苦手だった。たぶん、彼女とも、よい関係を築くのは難しいだろう。付き合わなければならない、と考えると、それだけで心が重くなる。
そのまま少し歩いて廊下の角を曲がってから、口元を扇子で隠したルーチェが、侍女にも聞こえないほどの小声で、ぽつりと言った。
「――苦手なのよ」
「奇遇ね。わたしも」
口元を隠したままちらりとわたしに視線をくれたルーチェの、その目が笑っている。苦手な相手がいるのは仕方がない。でも、同じ苦手を共有できる友人もいる。
わたしは少しだけ気を取り直して、廊下を歩いてゆく。隣の友人もそうであればいい、と思いながら。
※ ※ ※ ※ ※
案内された会場の広間は、ルーチェが教えてくれたとおりにテーブルが配置されていた。
窓からは、冬の庭園がよく見える。
奥に、背の高い、青みがかった葉を持つトウヒの樹。その手前、やや背の低いスノーベリーの白い実は、まるで大粒の真珠が枝に乗ったようだ。地面の近くを彩っているのは、たぶんシクラメン。紅色から白へのグラデーションが、鮮やかな色合いを添えている。奥行きをうまく使った庭園の様子は、冬だというのに華やかだった。
アルフェネル様は、暖炉から程よく離れた席の側に立っている。わたしたちの他に招待客はまだいない――わたしたちが最初に案内された、ということのようだった。アルフェネル様が、手ぶりでこちらへ、とわたしたちを呼ぶ。
「先に、ご挨拶をしてもいいかしら?」
ルーチェが侍女に尋ね、侍女がはい、と頷いた。
「お招きくださりありがとうございます、エーレンハルト様」
「おいでいただきありがとうございます、オルランディ嬢。今日は肩肘を張らない席です。楽しんでいってください」
アルフェネル様もルーチェも、こういう場で要求される振る舞いをそのままに体現しているようだった。わたしにはこれほど上手くできるだろうか、とすこし不安になる。
「ユーラリア嬢」
「はい」
「おそらく、皆、ここへ挨拶に来てくれると思います。その折に、あなたを皆に紹介したいのですが、差支えはありませんか?」
「はい、もちろんです、アルフェネル様」
そういったことも考えてのテーブルの配置だろうから、わたしに断る理由はない。招待客と一通り挨拶ができるのなら、それは歓迎すべきことだとも思う。
そうこうするうちにちらほらと招待客が広間に通され、一組ずつアルフェネル様への挨拶を始めた。わたしはその側に立って、アルフェネル様に紹介されるままに皆に挨拶をしている。遠来ということで労うような言葉をかけてくれる方もいれば、挨拶だけの方も、そしてどこかよそよそしい態度を取る方もいる。
「お招きありがとうございます、エーレンハルトさま」
何組目かが、シャルロット嬢だった。
無難に挨拶を交わし、わたしが紹介されようというところで、彼女がわたしに向き直る。
「先ほど、もうご紹介いただいたのです、エーレンハルトさま。広間の外で、ルシールさまとお会いして。お噂も伺っておりますわ、遠い東の国からいらしたと」
「ああ、もうご存じでしたか。御令嬢方は話がはやい」
「魔術の教師、と伺いました。魔女様の授業、わたくしも一度受けてみたいものですわね」
「『魔術師』です、シャルロット様」
さすがに二度目は指摘しないわけにもいかない。笑顔がひきつらなかったか、あまり自信は持てなかった。
※ ※ ※ ※ ※
そんなちょっとした事件はあったけれど、わたしは、アルフェネル様から皆に紹介され、予定の時間には招待客が皆揃った。
アルフェネル様が立ち上がり、よく通る声で短い挨拶を送る。
「方々、招待に応じてくださってありがとう。今日は形式張らない場だ。友と親しく話すもよし、誰かとより間柄を深めるもよし、新たな相手とひとときを過ごすもよし。皆さん、楽しんでいただきたい」
挨拶が済むと、早速、ポットに入れられた紅茶とお菓子が運ばれてきた。わたしたちのテーブルのティーセットの鳥はアオカケス。青とグレーの羽が美しい鳥が、ティーカップやソーサーの間を飛び回っているように生き生きと描かれている。
お菓子は『四分の四』、以前手土産に持たせていただいた焼き菓子、それに何種類かの小さなタルト。
ティーポットからカップに紅茶が注がれると、爽やかな香りが広がった。一口含むと、香気とともに上品な渋みが感じられる。
「サザンアイランズ……でしょうか?」
「ご存じで。ミスティマウンテンの夏茶です」
帝国南洋属州、その南端の島々で育つというお茶の葉は、紅茶にして淹れたときの爽やかな香りで有名だ。詳しいひとは詳細な産地や摘んだ時期までを言い当てるという。社交について、熱心とは正反対の態度で過ごしていたわたしは、どうにか大まかな産地に触れるくらいのことしかできない。
それでも、美味しい紅茶を飲み、美しい冬の庭園を眺めながら、他愛のない話をするのは心地よい。
※ ※ ※ ※ ※
そんな心地よい時間は、あまり長くは続かなかった。
ティーカップの紅茶を飲み終えると、アルフェネル様がわたしに声をかける。
「私は皆を招いた立場なので、皆のテーブルを回って挨拶をしてこなければなりません。申し訳ありませんが、何かあったら従者かラネスを呼んでください。彼にも、このテーブルのことは気に掛けておくように、と言ってあります」
わたしが、ありがとうございます、と頷くのを見て、アルフェネル様は席を立った。
途中から席の移動が自由、というのは、それが合図になるのだろう。皆の主家の一員で、この場でいちばん身分の高いアルフェネル様が席を立ってあちこちへ顔を出して回ることで、皆もそのようにしてよいのだ、ということを示すのだ。
わたしはひとまず、自分の席に腰を落ち着けたままでいる。事前にフランと話して決めたことだった。
本当は、ルーチェのいるテーブルに移動できればいちばん気が楽なのだけれど、そうするとわたしは他のひとたちとはあまりお話ができない。顔を広めることが目的のひとつなのだから、それを拒むようなやり方はあまりよいとは言えない、というのが、わたしとフランの結論だった。
誰が来るのかしら、そもそも誰かが来てくれるのかしら、と考えていたのは、結果として、ほんの短い時間だった。
「アウレーゼ嬢?」
視線を上げると、背が高く、引き締まった身体つきの男のひとがふたり。たしか、騎士家の方、と紹介されたおふたりだ。
会釈するわたしに笑顔を返して、ふたりはわたしたちのテーブルについた。ひとりはわたしの正面に。もうひとりは、わたしとフランの間に。
ちゃんと繰り返すし、別種のトラブルだってちゃんとあります。




