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異国令嬢ユーラリアの日記  作者: しろうるり


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【37 予習(下)】

「なんとなく、雰囲気は想像がついた?」


 尋ねるルーチェに、ええ、と応じる。

 交際相手を探すための場。もちろん、幼い頃から相手が決まっている、ということもあるだろう。でも、そういう形で縁を結ぶひとだけではない。そういうひとたちのために、領主が場を用意している、ということだ。


「席の移動は自由、って言ったじゃない? でも、女性の側から男性のテーブルに出向くことってあんまりないのよね。敢えてやるひとも、いないわけじゃないけど」

「そのあたりは、エリューシアでもあまり変わらないわね。『大胆』って言われちゃう」


 隠然と、あるいは堂々と、女性はしとやかであれ、慎み深くあれ、ということを言うひとは多い。女性だって、積極的でありたいとき、というのはあるはずだし、実際にあるのだけれど。


「それでね、そのあたりの制約を少し緩和するのがここ」


 ルーチェが指したのは、先ほどわたしが空いている場所、と言ったあたり。


「立ち話ができる場所、って言ったじゃない? ここだともう少し構えずにお話ができるから、気になっているひとをここで捕まえる女のひともいるのよね。あと、テーブルで腰を落ち着けてお話しするのが『交際の申し込み』とかその前段階だとすると、こっちでお話しするのはもう少し軽い感じ」

「ご挨拶とか、少し話だけしてみたい、とか?」

「そうね、そんな感じ。打ち解けたら、空いてるテーブルに移動して、みたいなこともあるのよ」


 実際のところは参加してみないとわからないけれど、ルーチェの説明で、なんとなくの雰囲気は掴める。まったく情報を持たないままで出席するよりは、最低限、知るべきことを知っておいた方がいい。当たり前のことではあるけれど、予習は重要なのだ。


「この前も言ったと思うんだけど、ユーラ、あなたの隣を狙いたい男のひとも、いておかしくないのよね。あなたが目移りすることはなくても、対応を間違えると、ちょっと面倒なことになるわ」


 夜会のときには、酔った年嵩のひとに、少々失礼なことを言われた。あのときは、ラネス様が割って入ってくれたから、わたし自身が角を立てるような真似をせずに済んでいる。似たようなひとがいないとは限らないし、ラネス様がまた助けてくれる保証もない。


「丁寧にお断りするのが基本だと思うけど……いきなり『そこには座らないでください』なんて言えないわよね?」


 わたしが出した例は、やはりいささか極端だったらしい。ルーチェとアスティが顔を見合わせて笑った。


「さすがにね? あなたの言う通り、その気がなければ丁寧にお断りするのが基本。あまり気を持たせるようなことをすると、先方にも悪いし、周りから見た印象も良くはならないから」


 そのあたりはエリューシアとあまり変わらないのだろう。あちらでも、成人してからお相手を探すのなら、お茶会や夜会は重要な場だった。わたしはそういった場にあまり馴染めなくて、だからお相手も見つかっていなかったのだけれども。


「ご忠告はしっかり憶えておくけど、役に立つ場面があるかしらね? わたし、自慢じゃないけど、エリューシアではお付き合いをしたい、って言ってくれる相手がいなかったのよ?」

「お嬢様自身が積極的でなかった上に、あちらの男性がお嬢様の魅力を解さなかった、というだけです」


 黙って聞いていたフランが、前触れもなにもなく割り込んだ。


「フラン?」

「まあ、自分よりも優秀な女性を、優秀だからという理由で受け入れられないような度量の男に嫁ぐ羽目にならなくてよかった、と思っておりますが」

「……フラン?」

「澄ました顔して凄いこと言うわねー!」

「でも、わかりますよ、それ。相応しいお相手と一緒になってほしいと思いますものね!」


 ルーチェとアスティが、ころころと笑いながらフランの言葉に同意する。


「フラン、それ絶対に人前では――」

「もちろんです」


 完璧な笑顔を作ったフランが、その笑顔のままに会釈する。それを見たルーチェとアスティが、また笑った。

 フランのこういうところを見るたびに、勝てないな、と思う。フランはいつだってわたしの味方でいてくれるから、わたしが勝てなくてもなんの問題もないのだけれども。


※ ※ ※ ※ ※


 ひととおりの予習が済むと、あとは気楽にお茶とお菓子の時間になった。貸していただいたティーセットは、小鳥をモチーフにしたものだった。どの器にも、細密画のような繊細な絵付けで、倒れた木や苔むした岩の上で遊ぶ小さな鳥の姿が描かれている。


「コマドリね、これ」

「御明察。前にお茶会にご招待いただいたときに、同じものを見たのよね。テーブルの数はいくつだったか詳しくは思い出せないけど、全部、同じようなデザインで違う小鳥のティーセットだったわ」


 ルーチェの言葉に、わたしは目を見開く。今更驚くようなことでもないのかもしれないけれど、こういう絵付けの磁器を、絵柄を変えてひとつずつ別のものを注文する、というのは、相当な財力が必要になるはずだ。


「そういえばね、ユーラ、このティーセットって、声をかける口実にもなるのよ」

「……どういうこと?」

「テーブルごとに別の鳥がモチーフになるでしょう? だから『あちらのテーブルではこういう鳥の器を使っていましたが、こちらは? 少し近くで見せていただいても?』って」


 いろいろなことを考えるものだな、と思う。テーブルごとに絵付けの違うものを使うのは、話題の提供という意味合いもあるのかもしれない。そういう場だから、と考えると、あまり不自然な話でもない。ともあれ、なにがしかの話題を持ってテーブルに来るひとがいるのなら、きちんと対応をしなければいけない、ということでもある。


 お茶とともに供されたお菓子は『四分の四(カトルカール)』という名前で呼ばれる焼き菓子だった。粉と砂糖とバターと卵、4種類をそれぞれ同じ量だけ使って作るから、そういう名前になったのだという。クルミを練り込まれた生地がしっとりと焼き上げられたそれは、お茶会のお菓子としてはある種の定番。


「東方語だと『四分の四』だけど、こっちだとなんて言うの?」

「『四分の一(クォタニティ)ケーキ』ね、西方語は」


 語源は、たぶん同じ。離れた土地であっても、だいたい皆、考えることは似通ってくるのだろう。


 それをきっかけに少し西方語のレッスンをしてもらい、一通りのお話が済んだところで奥方様にもう一度ご挨拶をして、ルーチェは帰っていった。


どこかで聞いたような名前のケーキが。

ヤード・ポンド法がない世界なので「パウンドケーキ」がね……。

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― 新着の感想 ―
私は異世界ものだと、そういう日本語に訳されてるんだなって思って読んでるので、パウンドケーキとかサンドイッチも気にならないですけど、 あとがきを読むと、作者さんがそうやっていろいろ考えて書いてくれてるん…
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