【35 最初の目標】
部屋に戻ったわたしは、フランにふたつの話をした。
ひとつはお茶会の件。フランにも出席してもらうのだから、心づもりをしておいてもらわなければいけない。とは言え、ルーチェから聞いていた話でもある。
「半月、となると、少々時間がありますが」
「そうね。1回か2回、ルーチェに会っておきたいわ、できれば」
お茶会での細かいマナーの話を聞いておかなければいけない。できれば、以前のお茶会の様子なども知っておきたい。アルフェネル様はたぶん、家庭教師として異国から来た、という形で、わたしを紹介してくれることになるだろう。
わたしが恥をかいて済む程度ならばまだしも、周囲を不快にさせたり、あるいは辺境伯家まで巻き込んで反感を買われるようなことになってはいけない。わたし自身としての不利益はもちろんのこと、辺境伯家にまでご迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「それと、少しでも、西方語を聞いたり話したり、できるようになっておきたいのよね。1回2回のレッスンじゃ、厳しいと思うけれど」
幸いにして、全く触れたことがない言葉というわけではないし、基礎になる単語や文法の知識も少しはある。ただ、会話には経験が必要で、わたしにはそれが足りていない、ということなのだ。
「お茶会が半月後、ということですから、お会いになるのは5日後と10日後、ということでよろしいですか、お嬢様?」
「そうね、5日後はこちらにご招待できればベスト。奥方様に確認しなければいけないわね。その後で、お茶会の前にもう一度、どちらかのお屋敷でお話ができれば」
フランが、かしこまりました、と頷く。
「服は、そうね、こちらへお招きできるようなら、お茶会に着て出る予定のものを見てもらいましょう。何か問題があるようなら、そこで言ってもらえた方がいいと思う」
「はい。辺境伯閣下に最初にお会いしたときのものをベースに、小物のアレンジを考えます」
「あちらへ出向くときのはお任せするわ」
「はい、フランにお任せくださいね」
どちらにしても、奥方様にお話をして、友人を招くお許しを貰わなければいけない。
「明日の早いうちに奥方様にお会いして、お願いしてみる。具体的な動きは、お返事をいただいてからね。それから、アルフェネル様との授業のことなんだけれども」
お茶会の話を切り上げて、もうひとつの伝えるべきことに話題を移す。
「教師の養成制度まで、ですか……」
わたしの話を聞いたフランは、にわかには信じがたい、という表情になった。
「でも、全領民の子供を対象にした教育制度がある、というお話だから、不思議ではないと思うのよ」
「ええ、私も道理だとは思います。教育を義務とするのであれば、必要なこと、とさえ。ただ、それにしても、そこまで進んでいるというのは――」
「驚きよね。ただ、魔法を広める側としては、心強い話だと思うのよ」
ザールファーレンの教師たちが培ってきた教育の方法が、魔法を広めてゆくのにそのまま使えるかどうかはわからない。でも、人にものを教える、という点では共通するはずで、修正が必要であるにせよ、一からすべてを組み上げるよりはずっと早い、という推測はできる。
「はい。お嬢様がひとりしかいない、というのは絶対的な前提ですから。その上で、どう効率的に根付かせるか、というところを考えると、やはり教師なのですよね」
わたしはひとりしかいなくても、わたしの知識の中の必要な部分を、わたしよりも上手く他人に伝えられるひとを生み出せるのなら、それはひとりのわたし以上の力を発揮する仕組みになるはずだ。
「アルフェネル様は、そのあたりについて、どのように?」
「協力してくれそう。どこからどれだけの教師を集めるか、というあたりを調整してくれるみたい」
そのあたりはお父上、辺境伯閣下との相談は必要になりそうではあるけれど、調整のために動いてくれるであろうことは間違いない。
「それなら、お嬢様は教えることに専念――とは言っても、それもそれで大変でしょうが」
「そうね。学術院の教養課程だと3年。今回は、扱えるだけじゃなくて、教えられるようになってもらう必要がある、というのと、ひとまず魔法に集中してもらえばいい、というのが違うところね。明日にでも、もう少し整理してみる」
わたしの言葉に、フランはどこか悪戯っぽい表情で笑い、頷いた。
「そうなさってください。寝不足は、美容にもよくありません」
※ ※ ※ ※ ※
翌日。
少々緊張しながら――素性をルーチェに教えてもらってから、閣下や奥方様とお話しするときはいつも緊張してしまうのだけれども――ルーチェの招待のことを切り出したわたしに、奥方様はふたつ返事でお許しをくださった。
お礼を言うわたしに、奥方様は、なんでもないことですよ、と上品な笑みを向けてくださる。
「あなたに使っていただいているお部屋へ、あなたのご友人をお招きする、ということでしょう? ひとこと言っていただければ、いつでも、差支えなどありません」
お茶とお菓子の用意までしてくださる、というお話で、これはこの前お渡しした化粧品のお礼、ということらしい。わたしとしてもずっとお世話になるだけでは心苦しいから、当面は適宜、化粧品をお渡ししていくことになるのだろうと思う。
もう一度お礼を言って下がったわたしは、部屋で早速、ルーチェに宛てた手紙をしたためた。
その日のうちに、使いの方に手紙を届けてもらい、翌日には快諾の返事が来た。お客様はルーチェとアスティのふたり、日取りはこちらの希望のとおり。
段取りが決まってしまえば、あとは準備をしてその日を迎えるだけだ。
アルフェネル様とのお話も、教える側と教わる側が逆転したのは、あの一日だけだった。次の日からはむしろ、どちらが教え、どちらが教わる、という形ではなく、どういうやり方がいちばん良いか、という議論のような形になったのだけれども。
年端も行かず、基本的な読み書きや計算の能力がなく、そして様々なことの学び方に慣れていない相手に対して、魔法を教えることはできない。正確には、全くできない、というわけではないけれど、ひどく効率が悪い。時間はたっぷりとかかってしまうのに、大きな効果は期待できないのだ。
「そうすると、初等学校から魔法の授業を、というのは現実的ではない?」
「そう思います。初等学校の卒業時に魔法の素質を見て、素質があれば魔術師のための課程に回ってもらう、というのがよいかと」
アルフェネル様とわたしとの間で、そんな会話が交わされた。いきなり辺境伯領全体で課程を変える、というのは難しいし、そもそも教師がまだいない。
「諸々考えるに、わたしの最初の目標は『初等教育を終えた子供たちに、魔法の基礎を教えられる教師を育てること』ということになりますね」
わたしは、メモに視線を落としたまま、そう言った。確認のために口にした言葉のつもりだった。でも、アルフェネル様からの返事がない。おや、と思って視線を向けると、アルフェネル様がわたしを見つめていた。
「……どうか、なさいましたか?」
「ああ、いいえ、何が、というわけではないのです。『最初の』なのだな、と」
「……? まずは、教師を育てなければ、わたしひとりでは何もできませんから」
「仰るとおりです、ユーラリア嬢」
そこの前提が食い違っているわけではないらしい。では何が、とすこし考えてみたけれど、わたしには思い当たるところがなかった。もとより、そんな些細な疑問をゆっくりと考えていられるほどの余裕があるわけではない。わたしはすぐに、そのやり取りを脇へ置いて、実際的な会話に戻ったのだった。
アルフェネル様のようすが……?




