【34 招待】
アルフェネル様の問いに、わたしは、はい、と頷いた。
「100人の教師がいれば、その中のおおよそ5人は魔法を扱うことができます」
1,000人いれば50人。1万人はさすがにいないだろうけれど、ともかく、既に教師としての教育を受けている相手に対して、魔法の扱い方を伝えればよい、というのはとてつもなく大きい。魔術師が皆、他人に何かを教えるのが得手、というわけではない。そうであれば、既にいる『他人にものを教えることを職業にするひと』に、魔術師になってもらう、というのが話が早い。
「――なるほど、確かにそれは道理です。魔術師を教師にするのではなく、教師を魔術師に。そういうお話ですか」
わたしの話から、先を察してくれている。わたしは、もう一度、はい、と頷いた。
「既に教鞭を執っておられる方たちでしょうから、準備の期間なども必要にはなるでしょうが」
今まさに子供たちに教えている先生を、いきなり引き剥がすわけにはいかない。代わりの教師を雇うにせよ、今いるひとたちでどうにか回していくにせよ、それなりの準備は必要なはずなのだ。
「春分――種蒔祭の祝日が、アルトフェルツの公の機関での1年の始まりに当たります。学校でも、その日を境に――ああ、実際には、種蒔祭の祝日が終わってからなのですが、そこからが新たな1年、ということに。ですから、もうしばらくは余裕があります」
「ああ、たしかに、それならば」
エリューシアの学術院も、学年の区切りは春分、種蒔祭の祝日だった。遠く離れているのに、そして風習も大きく違っているのに、そんな共通点がある、というのは面白い。
秋の半ばに辺境伯領からの手紙を受け取り、エリューシアを発ったのは冬が始まって少し経ってから。冬の半ば、年の境目に当たる冬至の日は、船の上で、だった。
そして今わたしは、結婚しにきたはずの場所で、結婚する気になっていた相手と、春分の先――次の学年へ向けた仕事の話をしている。
――こんなことも後から振り返って、紆余曲折、と言えるのだろうか。
わたしはそっとひとつ息をつき、小さく首を振って、余計な考えを頭から振り払う。今はそんなことを考えている場合ではない。
「――では、種蒔祭までの間に、準備しなければいけないことを考えましょう。わたしは、何をどう教えるかを、整理しておかなければいけません。アルフェネル様には――」
「誰を相手に教えていただくか、ということを考えておく、ということですね。その教師が担当していた授業に穴を開けないような方策も含めて」
「はい。ああ、魔術師としての教育を、どの課程で行うか、というお話を先に――」
わたしの言葉を遮るように、視界の隅で何かが動く。壁際に控えていた従者だった。アルフェネル様が、ふ、と息をついて背筋を伸ばす。ふたりとも、知らず知らずのうちに前のめりになっていたようだった。
「申し訳ありませんが、ユーラリア嬢、そろそろ時間のようです。あなたとの話は、」
言葉を選ぶような半瞬だけの間のあとで、小さく笑みを浮かべたアルフェネル様が言った。
「時間が経つのが速くて困ります。諸々は、お互い、明日への宿題としましょう」
「え、あ……はい。明日までに」
近付いてこようとする従者に、わかっている、とアルフェネル様が手で合図をする。わたしが席を立とうとすると、先に立ち上がったアルフェネル様が、手を貸してくれた。
「ユーラリア嬢、お願いがありまして」
「はい」
立ち上がったわたしに、アルフェネル様が話しかける。
「半月ほど先のお話になるのですが、当家でお茶会を予定しております。――ああ、堅苦しいものではありません。配下の准男爵や騎士の子女……同年輩の者の集まり、ということで」
これがルーチェの言っていたお茶会か、と納得しながら、わたしははい、と頷く。
「お願いというのは、そのことです。出席者たちにあなたを紹介したいのですが、ご出席いただけますか? 顔を見知っている相手だと、私の他は、ラネスやハンス、オルランディ嬢。他にも、以前の夜会の折に挨拶をされていた中で若い者は、おおよそ出向いてくれるかと」
「はい、アルフェネル様、喜んで出席いたします。フラン――フランツィスカも、同席させていただいても?」
「もちろんです、フランツィスカ嬢もご一緒に。場所は――春から秋であれば、この館の庭園を使うのですが、今回は広間のひとつを使います。あの、夜会の会場とは別の、庭園を眺められる広間で」
はい、とわたしはまた頷く。オルランディ家のお屋敷にあった、庭園を眺められるような部屋が、この城館にもあるのだろう。
「詳しい日取りや時間などは、後ほどお部屋に招待状を届けさせましょう。今こうして出席の御内諾をいただいてしまったので、形式的なものになりますが」
「ご招待をお待ちしております、アルフェネル様。フランツィスカも、皆様にまたお目にかかれるのを楽しみにしているかと」
わたしは少し考えて、わたしの望みを口に出す。きっとこのくらいなら、許されてもよいはずだ。
「冬が過ぎたら、アルフェネル様、庭園で催されるお茶会にも、ご招待くださいませ」
束の間、驚いたような表情を浮かべたアルフェネル様は、すぐに笑顔に戻って頷いてくれた。
「ええ、是非、ユーラリア嬢。庭園にご招待できる日を、楽しみにしています」
まずは教師の育成。とは言え、現役の教師を引き抜いて別カリキュラムに回す、という話なので。




