【31 覚悟(上)】
「ユーラ、あなたの心づもりはよくわかったわ。ふたりだけで遠い国まで来るのだもの、そのくらいの覚悟なのよね」
ルーチェの言葉に、わたしは頷く。もとより、帰れるものとは考えていない。
「ふたつ、あなたに伝えておくことがあるの。いいかしら?」
「もちろん。どんな?」
わたしの返答に、ルーチェがにこりと笑う。
「まずひとつめ。最低でもふたり、あなたと次期辺境伯夫人の椅子を争う相手はいるけれど、あなたはとても有利な位置にいる、ということ」
「……?」
わたしは首を傾げた。新参なのだから、どちらかと言えば不利な位置、なのではないかと思う。
「ここ一週間、ユーラ、あなたはアルフェネル様とどのくらいお話をしたの?」
「毎日の夕食は一緒にいただくし、それから夕食後のしばらくは授業だけれど……だから、1日あたり2時間くらい?」
「それが答えよね。私、アルフェネル様とは一言も会話してないわ。当たり前だけど」
「――あ」
フランと顔を見合わせる。あまりにも当然の前提すぎて、意識していなかった。
「あなたは毎日アルフェネル様とお話をする機会があるわよね。それも、専属の教師としてだから、ほぼ1対1なわけでしょう? 私たち、この間みたいな夜会なりお茶会なりがないと、お顔を見る機会さえないのよ」
まずは顔を見知ってもらうだけで一苦労、お話をするにしても当たり障りのないところから話を始めなければいけない。何か話したいことがあったとして、そこに辿りつくまでにも貴重な時間を使わざるを得ない。わたしは? 毎日必ず、言葉を交わす機会が用意されている。
「この先、お茶会と夜会を交互に、月に1回ずつ開催するとして、私やほかの准男爵令嬢がお話できる時間って、半年かけてもあなたの一週間分にはならないわよ」
一週間で十数時間。ほかのひとたちは、半年かけてもその時間には及ばない。それも、他のひとたちがいる前でのお話と、ふたりだけでのお話では、密度も違ってくるだろう。どれだけの有利になるか、さほど考えなくても理解できる。
「知り合ってからの時間は短くても、あなたは圧倒的に関わり方が濃いのよ。私たちにはできないお話があなたにはできるし、そのための時間まで用意されているんだから」
「そうね、たしかに」
「濃密すぎて、かえって避けられる、みたいな懸念点もないわけじゃないけど……アルフェネル様とお話ししてて、隔意みたいなものは感じる?」
わたしは束の間、視線を逸らして考える。アルフェネル様の普段の様子がよくわからないから、隔意のある態度を取られていたとしても、わたしにはわからないかもしれない。
「正直なところ、よくわからないのよね」
視線を戻して、そう答える。本心だった。
「他人行儀というか、よそよそしい態度を取られていたとしても、わたしにはわからなさそう。そもそも、今までそのあたりをあまり気にしていなかったのよ。――わたしはいつも、お話しできることを楽しみにしてるから」
頷きながら聞いていたルーチェは、わたしが付け加えた一言を聞いて、首を横に振った。
「……心配して損した気分だわ。ともかく、そういうことよ。ユーラ、あなたがお話ししてわからないなら、あなたが気にするようなことはないんだと思う。心配するほどあなたの立ち位置は悪くないの」
そんなものかしら、とは思うけれど、案外そんなものなのかもしれない。
「伝えておくことのもうひとつはね、近々お茶会がある、っていうこと。辺境伯家の主催で、家臣や縁者の令嬢や令息を集めて」
「それって」
「准男爵家はみんな揃うわよ。わたしのところにも招待状が届いたから、あなたにも閣下か奥方様からお話があるんじゃないかしら」
社交の場であり、出会いの場であり、アルフェネル様のお相手に、と考えているなら、貴重なお話の機会でもある。わたしもまた、皆に紹介されることになるかもしれない。
「以前は、毎年何度か、というのが通例だったけれど、ここ2年くらいは開かれてなかったのよね。久々だから、皆、楽しみにしてるんじゃないかしら」
中断の理由は聞かなくてもわかる。主催する辺境伯家に不幸が続いたから。社交のすべてが中断されるということはなくても、規模の大きなパーティを開けるような状況ではなかった、ということだ。
頷いたわたしに、ルーチェは、ふふ、と笑いかける。
「ご当人がお忘れのようだから、言っておくわね?」
「――何を?」
忘れていたことなどあったかしら、と首を傾げたわたしに、アスティと目配せを交わして、ルーチェが言う。
「気を付けた方がいいと思うのよ。アルフェネル様の隣を狙っている御令嬢はたくさんいるけれど、あなたの隣を狙う御令息だって、きっと少なくはないわ。あなたはまだ、婚約の申し込みをされたわけじゃないんだから」
※ ※ ※ ※ ※
「気を付けた方がいい、って言われてもさあ」
その日の夜、与えられた私室のベッドの上で、わたしは枕を抱えている。
夕食もそのあとの授業も、アルフェネル様にどんな顔をして会えばいいのか、よくわからなかった。
「お加減が、よくないのですか?」
授業が始まってからしばらくして、アルフェネル様はそう尋ねた。
「いいえ、その――はい。少し」
では今日は切り上げましょう、とアルフェネル様が仰って、授業はそこまでになった。アルフェネル様がフランを呼んでくれて、わたしはフランに伴われて自分の部屋に戻ってきた、というわけだ。
「お嬢様、今日は仕方ないと思いますけれど」
「うん」
フランの言わんとするところはわかる。
「明日になれば、少しは落ち着いてお話しできると思うの」
今日の今日では、やはり時間が足りない。一晩休めば、そして冷静になって振り返ることができれば、そうそう醜態を晒すこともないはずだ。
「お嬢様」
先ほどとはすこしトーンの違うフランの声に、わたしは顔を上げた。
「横になったままで結構ですから、仰向けになっていただけますか?」
「ん」
枕を手放し、ごろりと天井を向いて転がる。
「お肌の手入れが、まだですから」
毎晩のお決まりを、フランはこんなときでも欠かさない。こんなときだからこそ、なのかもしれないけれど。
魔法薬とハーブの精油を混ぜた化粧水を、フランが用意してくれている。こちらへ、という声のままに、わたしは、ベッドに腰かけたフランの膝に頭を乗せた。
「ルシール様も触れておられましたけれど、お嬢様、ここから踏み出すなら、相応の覚悟が必要かと」
「覚悟、ねえ」
わたしは目を閉じて、ふう、と息をつく。覚悟なら、エリューシアを発つときに、済ませてきたつもりだった。結果的にそれは、いささか的外れな覚悟だったのだけれども。
「どうしてもアルフェネル様の心を射止めなければ、という話?」
「それもありますが――最悪の場合を考えるならば、ということです」
ひざまくら回です(まがお
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