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異国令嬢ユーラリアの日記  作者: しろうるり


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30/44

【30 対手たち】

「冗談は措くとしてもよ」


 ひとしきり笑い終えて、真面目な表情に戻ったルーチェが、話題も同じように元へと戻す。


「あなたがそのつもりなら、ユーラ、知っておいた方がいいことは、いろいろあると思うのよね」


 そうでしょうね、とわたしは頷く。たった今、それで痛い目を見たところなのだから。


「たとえば、どういう人たちがあなたの競争相手になるのか、とか」

「それは……そうね」

「さっきの条件の話、ざっくり言うと『王室に話を通して内外の貴族のお家と縁組みする』か、『家臣の中から誰かを見つける』のどちらか、というお話になるのよね」


 わたしは条件を反芻しながら、もう一度頷く。

 隣国の出身でないこと、他の辺境伯家の縁者でないこと、辺境伯家に領地を接する貴族家の出身でないこと。可否を判断するのは王室だ。

 ルーチェとオルランディ家は引いて見ている、と言っていた。逆に言えばそれは、選ばれうる立場にある、ということでもある。


「家臣の中からだと、家格としてはだいたい准男爵家からになるのよね。アデルフィア嬢もそうだったし、私もそうだけれど」


 准男爵といえば、エリューシアでは、貴族に準じる地位だった。

 王室の紋章官がその地位に相応しいか否かを審査したうえで陛下が叙任する、という建前だったけれど、大方は王室への進物――要はお金で決まる。准男爵の位階を持つのは、だから、その多くがちょっとした成功を収めた平民身分の者になっていた。


 ――そういえば、准男爵『家』って?


 エリューシアの准男爵は当人に認められた称号であって、家につく――つまり、世襲ができるものではない。


「ルーチェ、ごめんなさい、本筋から離れるけれど、訊いてもいい? 准男爵の地位って世襲できるの? エリューシアでは当代限りなのだけれども」

「あ、そうね。ええと――オルランディ家は正確には『辺境伯領准男爵』なの。陛下じゃなくて、辺境伯閣下が叙任の権限を持ってるのね。辺境伯領は広いし、領民も多いでしょう? 辺境伯家だけでどうにかできる規模じゃないのよ」


 120万の領民。エリューシアの侯爵領よっつ分。


「貴族の叙任の権限を持つのは陛下だけなんだけど、騎士や准男爵までは辺境伯閣下が叙任できるのよ。辺境伯に与えられた特権のひとつね」

「そういうことができる『重臣』なのね?」

「そう。辺境伯領准男爵は、普通の准男爵と違って、陛下の家臣扱いじゃない陪臣だから、オルランディ家には宮廷の席は与えられてない。ただ、辺境伯の家臣の中ではちょっと特別なのよ」


 どう考えても、実質的にお金で買える、というような地位ではない。辺境伯家の重臣、ということだ。


「――失礼に当たらなければ、教えて。ザールファーレンの辺境伯領准男爵家っていくつあって、領民の数で言うとどのくらいの規模になるのかしら?」


 わたしの質問に、ルーチェはふふ、と笑った。


「前に付け加える一言が、とてもあなたらしいと思うわ、ユーラ。でも、遠慮しないでね? 私はあなたを友人だと思っているし、これもあなたとの取引のうちに入ることだから。お答えすると、准男爵家は6家。領民の数は8万5千から12万の間くらい。オルランディ家が11万にちょっと足りないくらいね」


 わたしはフランと顔を見合わせる。ルーチェが口にした領民の数は、エリューシアの伯爵家のそれとほとんど変わらない。伯爵家に相当するような大貴族を家臣として抱えられるのが辺境伯家、ということだ。


「――辺境伯領騎士は?」


 はじめてラネス様とお会いしたときの名乗りを思い出す。たしか、ご自身の身分を「辺境伯領騎士」と名乗っていたはずだった。


「辺境伯領騎士家は規模の大小の差が大きいけれど、主だった騎士の家だと、領民の数で3万に届かないくらいかな。王国騎士だと領地は持ってないことの方が多いけど」


 エリューシアだと、男爵あたりに相当する規模になる。小さめの子爵家に匹敵するかもしれない。やはりここでは、何もかもが違うのだ。

 わたしはまたひとつ息をついて頷いた。


「ええと――どこまで話したかしら?」

「ごめんなさい、アルフェネル様の婚約者候補が、准男爵家から、というところまで」


「そうそう。ともかく、そういう准男爵家の令嬢たちがね、候補、ということなの。それで、6つの准男爵家にも大まかな序列があって、オルランディは3番目。うちと6番目――クロイスヴァイン家は、輿入れにあまり積極的ではない方。クロイスヴァインの令嬢とは結構親しいお付き合いがあるから、近々ご紹介するわね」

「ありがとう、お願いするわ」


 味方は、あるいは味方ではなくとも直接見知った間柄のひとが、今のわたしにはあまりにも少ない。少しずつでも、人間関係の輪を広げていかないといけない。


「アデルフィア嬢のお家――ジラルディ家と、それから序列で言うと2番目のグリムフェルス家には、そもそも輿入れできる令嬢がいないのよね。養子でも取れば別だけれど、今のところそういう噂も聞かないから」


 6つある准男爵家のうち、2家は輿入れに積極的な態度を取らず、2家にはアルフェネル様のお相手になりうる御令嬢がいない。

 となると、残りは2家の御令嬢。


「序列1位のブライエルム家と4位のリーゼンヴァルト家は、たぶん積極的に動く、と見られてるのよね。ブライエルム家は准男爵家の中でも自他ともに認める序列1位だし、どっしり構えてる感じかな。リーゼンヴァルトは、序列を上げる機会と捉えてるみたい。どちらの御令嬢も、私が知る限り、教養があって社交も得意。でも――」

「でも?」


 わたしの質問に、ルーチェが笑みを浮かべた。


「リーゼンヴァルトのお嬢様、私はちょっと苦手かな」


 うっすらとした笑み。すこし傾げられた首。今までと変わらない口調。声のトーンだけが、ほんの少し、硬い。

 たぶん、本当は、『苦手』ではなくて――。わたしは、ルーチェの視線を受け止める。


「わたしは――会ってみないと、わからないわね。ただ、」


 言葉を切って、息をつく。これもきっと必要な覚悟に違いない。


「ただ?」

「苦手でも、お付き合いはできないといけないと思うの。そういうつもりなら」


 わたしの言葉を聞いたルーチェの目が見開かれた。


「――そうね、ユーラ、たしかにそうよ!」


 青い瞳が、どこか嬉しそうに光っている。いつものルーチェの笑顔だった。


「ねえアスティ、こうでなきゃいけないと思わない?」

「奥方様になろうとされるのならば、まさに」


 友人主従が愉しげに頷きあうのを見て、わたしもフランと視線を交わす。誰が苦手、かれが嫌いなどと、言ってはいられないはずなのだ――次期辺境伯夫人の椅子に座ろうとするのならば。


江戸時代の超大藩の家老みたいなものだとお考えいただければ(禄高万石超えの陪臣

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