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異国令嬢ユーラリアの日記  作者: しろうるり


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29/44

【29 条件】

 侯爵領よっつ分となると、もうそれはひとつの貴族領と言うに留まらない。ため息のように口に出した言葉に、ルーチェが頷いた。


「まさにそれ。辺境伯の直轄領だけじゃなくて、陪臣の所領も結構あるからね。ちょっとした国みたいなものよ」


 貴族の夫人というよりは、小国家の王妃、という方が近いのかもしれない。たしかにそれは、ある種の覚悟が必要そうな話ではある。


「そういう事情だから、普通は家同士で話がまとまって、当人には選択肢がないのよね。実際、アルフェネル様もお兄様もそうだったし。でも、今回はアルフェネル様ご本人のご意向が重要なところ、っていうお話で」

「……どうして?」


 それほど重要な立場であればなおのこと、領内や領外から辺境伯ご本人や奥方様が選びそうなものだけれども。


「もちろん条件はあるわよ、いろいろと。でも、共同統治者って考えたらさ、結局は『自分が辺境伯領を治めるときに、誰に隣にいてほしいか』っていう話になるわけじゃない? 幼い頃に決まるのなら、それはもう、閣下や奥方様にご判断いただくほかないわけだけど」

「今は、アルフェネル様ご本人のお考えがあるから、っていうことね」

「御明察」


 ひとつ息をついて、わたしはテーブルの上のティーセットに視線を落とした。


「いくつか、教えてほしいことがあるのだけれど、ルーチェ」

「何なりと、ユーラ。私が知っていることなら」

「婚約者の条件、わたしに教えられる限りで教えて」


 わたしの質問に、ルーチェが少しだけ頬を緩めた。


「次代の辺境伯夫人に相応しい知識と教養の持ち主であること、というのは前提として」

「ええ」

「隣国の出身でないこと、他の辺境伯家の縁者でないこと、辺境伯家に領地を接する貴族家の出身でないこと。決まりごとを正確に言うと、『王室の許しを得られること』なんだけどね。実質上、そういう話なのよ」

「……どういうことかしら?」


 示された条件の繋がりが、聞いただけではよくわからない。わたしの疑問に、ルーチェが頷いて説明してくれる。


「辺境伯家って、隣国と対峙することを期待されて国境近辺に配されてるわけでしょ。だから、その隣とよしみを通じるようなことがあっちゃ困るのよ。姻戚関係で同盟を結ぶなら、王室が直接、ってことね」


 なるほど、とわたしは頷いた。たしかにそれは、道理として理解できる。


「あとのふたつは――辺境伯家そのものが大貴族家ということは言ったと思うけど、その関係ね。領民の数で言っても、王室の直轄領の規模は辺境伯家3家を合わせたものには及ばないから」

「辺境伯家は強くなければ困るけど、辺境伯家同士がまとまったり、より大きくなるのも、それはそれで困る?」

「そう。だから辺境伯家同士の縁組が認められることはないし、辺境伯領が実質的に拡大するような縁組も駄目なのよ」


 強大であらねばならないけれど、強大でありすぎてはいけない。それは国の形を――王室が頂点に立つ国の形を危うくする。いろいろな確執があるのだろう。余所者であるわたしには、にわかに把握できないような。


「でも、それを尋ねるっていうことはさ、ユーラ」


 テーブルに頬杖をついたルーチェが小首を傾げた。お行儀がいいとは言えない仕草だけれど、今はもう気にならない。そんなことを気にしている場合ではない。

 彼女の表情に、なにかを面白がるような色が浮かんでいる。


「アルフェネル様の婚約者の座を射止めたい、っていうことで、いいのかしら?」


 ルーチェ自身は引いて見ている立場と言ってはいたけれど、他にも婚約者の座を望む令嬢は少なくないに違いない。


 ――そういう人たちを押しのけてでも?


 覚悟を決めなさい、と言われた気がして、小さく息をついた。わたしを見つめる青い瞳を見返して、ゆっくりと頷く。

 ルーチェが楽しげに微笑んだ。


「いいわ、応援するわよ。やれるだけやってみて、」


 そこで少し考えるように言葉を止めて。


「駄目だったら、そのときにまた考えればいいんじゃない?」


 ――駄目だったら、か。


 帰る場所のないわたしは、そのとき、何をどうすればいいのだろう。


「私も同意見です、お嬢様」


 黙って話を聞いていたフランが、ぽつりと言った。

 なにかを吹っ切って前を向こうとするときの口調だった。


「ねえユーラ、あなたからさっき聞いただけだから、私も確かなことは言えないけれど」

「ええ」


 ルーチェが別の話を切り出す。


「このお話って、ある種の政略結婚って考えられている、ということよね? あなたのお国では」

「そう思います」


 わたしのかわりに、フランが答えた。


「魔石の取引先から持ちかけられた婚約話、ということですから、まさに。お国の大事ということで断るわけにいかず、いい加減な人物を送り出すわけにもいかず、魔法の素養と教養と研究の実績があって適齢でお相手のいないお嬢様が選ばれた、と」

「フラン、あなたね」


 事実を拾えばまさにそのとおりなのだけれども、あまりにあけすけな言葉ではあった。『お相手のいない』だなんて、余計に過ぎるというものだ。


「要は、極端な話、魔石の取引が今までどおりきちんと行われればそれでいい、というお話でしょう?」


 たしかに、趣旨としてはそういうお話だった。極端に縮めてしまえば、というところではあったけれども。

 ルーチェの方を見て、わたしはゆっくりと頷く。


「大丈夫、辺境伯閣下は、娘を遠い異国に送ってきたお家をないがしろにするようなお方じゃないわ。婚約が成ろうと成らなかろうと、そこは心配しなくていいと思うのよ」


 気にした風もなく、ルーチェが話を続ける。


「だから、嫌ならやめちゃっていいし、その気ならやるだけやってみればいいじゃない?」

「少なくとも今は、やめる、という選択肢はないかと――ねえ、お嬢様?」


 にこりと笑顔を浮かべたフランが、もう一度割り込む。


「……フラン?」

「アルフェネル様、お嬢様の好みのど真ん中なので」

「フラン!」


 やめてよもう、と振り上げた手を軽くいなしてフランが続ける。


「はじめてお会いしたあとの浮かれぶり、ご覧いただけないのが残念なくらいでした」


 すました顔で言うフランにルーチェがあらあらと上品に笑い、その隣でアスティが俯いて笑いを堪えている。


 頬と耳が熱くなる。

 それでも、不思議と不快さは感じなかった。


女子会なのでこういう話題になったりもします。女子会なので。

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